届かぬ想い
「おに・・・チョコレートさん!私と付き合って下さい!」
おっさんチョコレートがソフトクリームを片手に商店街を散策していると、20歳位の透き通るような肌の可愛いらしい女の子から突然の告白を受けた。
おっさんチョコレートは学生時代からこの手の告白を受けた経験が何度もあった。
その全ては悪戯や罰ゲームであった為、その度におっさんチョコレートは傷つき、悔しい思いをしていた。
こんな思いは二度としたくなかったので、少女を初めから疑って掛かり、慎重な行動を取る事にした。
「ボクはモテモテだからそう簡単には付き合えないで御座るよ。
まぁ、第5夫人の椅子が今空いているからそれでも良いなら考えてやってもいいで御座る。」
「付き合っている方がいらっしゃるんですね・・・」
少女の表情が一気に曇った。
「・・・でしたら、ご無理を承知でお願いします。一日だけ私とデートして貰えませんか?
その一日であなたの事は諦めて、二度と目の前に現れて困らせる様な事はしませんから。どうかお願いします。」
おっさん野球帽はその言葉を聞いて、生娘の様な顔をしてそこまでして自分を嘲笑いたいのかと心の中で思った。
「それじゃ仕方ないな一日だけ恋人気分を味合わせてやる。心の広いボクに感謝するで御座るよ。」
「いいんですか!?これで長年の夢が叶います。ありがとう御座います!」
おっさんチョコレートはデートと称して、自分を騙そうとしている女を返り討ちにしようと企んでいた。
二人は長い時間話し混んでいたので、おっさんチョコレートが持っていたソフトクリームは手の上でドロドロに溶けていた。
おっさんチョコレートはソフトクリームでドロドロになった手をペロペロと舌で舐め回した。
そして唾液で綺麗になった手を女の子の目の前に出して言った。
「恋人なら恋人らしく手を繋がないといけないで御座るよ。」
「はい、そうですね。」
少女は嫌な顔一つせず、おっさんチョコレートの手を握った。
おっさんチョコレートはこれで怖気付くだろうと思っていたので、手を握られた瞬間、手がビクンとなってしまった。
おっさんチョコレート自身、女性と手を握るのが初めての経験だった。
二人は暫く一緒に歩き他愛も無い話をした。
女の子は今まで男性と付き合った経験も無く、好きな人と遊園地に行くのが夢だと言った。
「その夢なら直ぐに叶えられるで御座るよ。遊園地なら直ぐ近くにあるし、今から一緒に行くで御座るよ。」
「いいんですか!?」
少女は嘘偽りなく心から喜んでいる様子だった。
その顔を見ているとおっさんチョコレートも何だか嬉しくなった。
遊園地は休日という事もあり、家族連れで賑わっていた。
二人が園内を歩いていると、すれ違う人々が皆、こちらを見てクスクス笑っていた。
そして、すれ違い際に子供を連れた一家の声が耳に入った。
「ママ。この遊園地、アトラクションはショボいけどディズニーランドの気分が味わえるね。
だって、美女と野獣が歩いているんだもん。」
「あら嫌だ、あれは野獣じゃなくて豚さんよ。」
おっさんチョコレートは何も聞こえていない振りをしたが、悔しくて少女の手を握る手が強くなっていた。
少女が遊園地に行きたいと言ったのは、美しい自分と、それに不釣り合いな太った男が隣を歩いている事により、
おっさんチョコレートを周囲の笑い者にする為だったと思った。
だとしたらこの作戦は大成功だ。
何も知らず、のこのこと遊園地に連れて来た自分は何て愚かで馬鹿な男なんだと情けなくなった。
すると、少女はおっさんチョコレートの手を放し、踵を返して駆け出した。
そして先程、おっさんチョコレートを侮辱した家族の目の前に立ちはだかった。
「あの人の事を何も知らない癖に、あなた方にとやかく言われる筋合いはありません!」
おっさんチョコレートを馬鹿にされ、おっさんチョコレート以上に悔しがった少女が怒りで唇を震わせながら叫んだ。
「なんて下品な子なの!」
家族連れは周囲の視線を感じて、駆け足で逃げる様に去って行った。
「すみません。私が遊園地に行きたいと言ったばかりに、嫌な思いをさせてしまって・・・」
この時、おっさんチョコレートは噓偽りの無い少女の純粋な優しい心を知った。
そして、そんな少女をずっと疑いの目で見ていた自分は、見た目以上に薄汚れていると感じて情けなくなった。
「何も君が謝る事では無いよ、それより謝るのは寧ろ僕の方なんだ。
君の事を疑って、彼女が居るって嘘をついたりしてごめん。本当は生まれて一度も彼女が居た経験が無いんだ。」
「そうだったんですね・・・、それより遊園地を一緒に楽しみましょう。」
少女がおっさんチョコレートの腕に手を回して笑顔で言った。
それから二人は時間を忘れて遊園地を本当の恋人の様に楽しんだ。
おっさんチョコレートも人生でこんなに笑顔になれたのは初めてであった。
日が西に沈みかけ、閉園時間が迫まった頃、二人は最後に観覧車に乗る事にした。
二人は観覧車に乗り込んで互いに向かい合って、お互いに照れてしまい、思わず吹き出してしまった。
おっさんチョコレートは少女の笑顔を見ながら、この幸せな時間がずっと続いて欲しいと思っていた。
少女もおっさんチョコレートと同じ気持ちであった。
「観覧車がこのまま終着点に着かなければいいのに・・・
折角、再会出来たのに今日で最後だなんて・・・」
少女が悲しそうに、潤んだ瞳でぽつりと呟いた。
「ボク達、前に何処かで会った事があったのかい?」
少女は一呼吸置いて二人の思い出を話し始めた。
「チョコレートさんと私の出会いは今から10年前、今日みたいな暖かい日差しの日だったわね。
その頃の私は今と違って、体が弱くて、盲目で目も見えなかったの。
学校の中でも目が見えないからって周りの子達から揶揄われていたり、
良いものやるから手を出しなって言われて手を出すと、その手の上に虫の死骸を置かれたり、そんなのしょっちゅうだったわ。
自分だけが、何でこんな辛い思いをしなくちゃいけないんだろうって、ずっと病院の庭で隠れて泣いていたの。
そんな時にチョコレートさんが現れて、いつも面白い冗談を言って私を笑わせてくれたね。
私が虐められていたり、困った時には直ぐに駆け付けてくれて。
頼もしい兄ちゃんが出来たみたいで、私、嬉しくて、その頃チョコレートさんの事をずっとお兄ちゃんって呼んでたわね。
それから、私の角膜の手術が決まってアメリカの病院に暫く行く事になった時には、一人で鶴を一万羽折ってくれたね。
その一万羽鶴、今でも大事に私の部屋の中に飾っているのよ。
アメリカに行ってからもずっと手術が成功するか不安がってた私を電話で励ましてくれたね。
本当にその電話で勇気付けられたんだよ。
手術が成功して真っ先にお兄ちゃんに電話して、早くお兄ちゃんの顔を見てみたいって言った時、お兄ちゃんは寂しそうに・・・
君は僕を白馬の王子様みたいに思ってくれているみたいだけど、理想と余りにもかけ離れた僕の姿を見て君はがっかりすると思う。
君を悲しませたく無いし、そんな悲しんでいる君を見るのが僕は何よりも辛い。
このまま再会しないのが、お互いにとって一番だと思う。
そう言ってお兄ちゃんは私の気持ちを聞かないまま電話を切っちゃって・・・
私、日本に帰って来てからはずっと、あの日言えなかった気持ちを伝える為、お兄ちゃんを探し続けたの。
だから、今日こうしてお兄ちゃんと再会出来て、やっとあの日言えなかった私の気持ちが伝えられるって・・・
お兄ちゃんに声を掛ける時、本当は変な女と思われないか、不安と恐怖でずっと震えてたんだから~」
おっさんチョコレートは少女の話を聞きながら10年前の事を思い出し、涙を流していた。
心の奥に大事に仕舞っていた10年前の記憶が、堰を切った様に溢れ出していた。
その頃おっさんチョコレートは、モンゴル相撲の修行の為、モンゴルに留学していたのであった。
ホームステイ先の遊牧民の家で満足に食事を与えられなかった事と、辛い修行の日々を思い出し、おっさんチョコレートは涙を流していたのだった。
そして、これまでの人生で誰からもお兄ちゃん何て呼ばれた経験も無かったのだった。
少女は完全に人違いをしていたのだった。
観覧車はが一周し、終着点へと着いた。
二人は観覧車を降り暫くの間見つめ合った。
「約束の一日が終わっちゃったね・・・」
「約束は約束だ、これから僕達は二度と逢う事は無い。
僕は50代の女性が好きだからね。君とはここでお別れだ。」
少女の瞳から一滴の涙が頬を伝った。
少女はその場に立ち竦んでいた。
おっさんチョコレートは少女に背を向け独りで歩き始めた。
おっさんチョコレートは少女に聞かれない様に、声を押し殺して鼻水を流しながら大泣きしていた。
このまま嘘をついて彼女と付き合う事も考えた。
しかし、こんなにも誰に対しても分け隔てなく優しく、世の男は絶対に放っておかないであろう少女を騙し続ける事は出来なかった。
おっさんチョコレートは今までは振られた経験しか無く、自分に思いを寄せる人を振るのがこんなにも辛い事だなんて知らなかった。
今まで自分を振って来た女性達も、こんなに胸が張り裂ける様な辛い思いをしたのかと思うと、彼女達に対しても何だか少し優しくなれる気がした。
おっさんチョコレートは少女の姿が見えなくなる所まで歩くと、大声を上げながら泣き崩れ、拳で地面を何度も叩き付けた。
ポケットに入れていた二枚の写真の内の一枚を取り出し、その写真を見ながら泣いたので、写真は涙でぐしゃぐしゃになってしまった。
その写真は、少女とアトラクションに乗った時に、おっさんチョコレートがこっそり買った二人で映った一枚であった。
写真に写る少女はおっさんチョコレートの腕に掴まり笑顔ではしゃいでいた。
おっさんチョコレートも遊園地のマスコットキャラクターのパンダの耳のカチューシャを付けて少女の方を見て、大きな口を開けて楽しそうに笑っていた。
一枚は自分用に、もう一枚はデートの最後に今日の思い出として少女に渡そうと思って楽しみにしていた。
二人の笑顔とは対照的に、行き場を無くした二枚の写真だけが寂しく残されたのだった・・・
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