夏が燻る~この世の理~

大月クマ

花火大会の裏

 ああ、どうもおはようございます。こんにちは。こんばんは。

 あっ、今須います阿佐比あさひです。


 今年の、高校生初の夏休みは最初からつまずいています。

 あのキャンプのことも……


 キャンプのことは思い出したくないので……今は8月も中盤。いわゆるお盆。

 ご先祖様が帰ってくると、言われているが、正直人間の尺度ではそうであろう。

 いや、バカにしているわけではない。吸血族はなんだかんだで長寿だ。人間の尺度では240歳なんて、聖書か何かで出てくるぐらいだろう。だが、うちの家系――血筋のよい母親だけど――そちらにはざらにいる。その人達の話によれば、黒船を見た、新撰組に入っていた、西郷さんに会っているし、彼は生きていたとか……実年齢があっているのか、記憶違いなのかはさておいて。そんなこと話されると、学校の歴史が信じられない――まあ人間が作った歴史の授業内容だけど。


 こんな親戚に会うのは、正月とお盆ぐらいだ。

 うちは……正直ハブられている。ハーフの父親と結婚したことで、母が孤立していることが子供の頃から判っていた。なので、正直、実家のひと達には会いたくない。


 帰省して帰ってくると、スマホにメッセージが入っていた。


『花火大会に集合せよ。場所と時刻は――』


 珍しく一夜先輩からのメッセージだ。


 ――花火大会か。


 思えばお盆の最終日、8月15日の夕暮れに、この新ヶ野あらがの市では小さいながらも花火大会が行われる。息の詰まる母の実家から帰って早々だが、息抜きには丁度いいかも知れない。だが、指定されたのは、花火会場ではない。

 花火会場は、市の名前にもなった新ヶ野川の川辺で行われる。街の南を東から西に流れ、途中、茂林寺もりんじというお寺の場所でくるりと方向転換し南へ流れる川。そのお寺の川辺がメイン会場だ。最寄りと言えば『茂林寺』の駅だが、そこではなく、指定したのはお寺の境内。まあ、境内からは花火はよく見えるだろう。山の上にあるのだが。


 ――でも、そういうところって……。


 当然、花火がよく見え、屋台と人混みが多く、集合場所には不向きではないであろうか?


 ――今どきスマホもあるから、大丈夫だろう。


 と、僕は気軽に行く旨の連絡をした。



 ※※※



 花火大会がある所為だろう。小さな2両の電車に押し込まれて、僕は茂林寺駅へ向かった。

 新ヶ野あらがの川沿いを走る支線の電車は、いつも通学に使っているより車体が小さい。こっちが昔は本線だったらしいが、ショートカットする新線――学校のある駅を通る――ができたため、古い電車が使い回されて、こうなったとか。

 まあ早いところ着いてほしい。

 30分も乗っていないが、息が詰まる。

 電車の中は、浴衣を着たリア充でいっぱいだ。

 大体、古い電車だとはいっても、21世紀にクーラーも付いてないとは、どういうことだ!


 時刻表より少し遅れて、電車は目的の駅に到着した。

 駅は花火客でごった返している。

 まあこの中に花火を目的にしている人が何人いるか?


「さてと……」


 スマホのメッセージ機能で一夜先輩へ『駅に着いた』と、入れる。と……


『遅い! 階段下、鳥居のところに今すぐ来い』


 とのメッセージが……最後に『喰うぞ!』と付けてあったところを見ると、鵜沼さんからのようだ。てか、あの人にアドレスを教えたっけ?

 気にしているよりも、早く行かねば……



 ※※※



「ねぇ、君はどこの高校?」


 指定された鳥居の前にいると、鵜沼さんがいた。甚平を着て……しかし、ベタなナンパっているのはじめてみた。それより、ナンパしている男ふたり、鵜沼さんなんかに声を掛ける。


 ひょっとして、鵜沼さんって美少女系? いやいや、単なる狼女でしょ。  


「うるせえなぁ……」

「なぁにぃ? こっちが下手に出れば……」


 しつこいナンパだったようで、鵜沼さんが悪態をついた。と、ナンパしていた奴がキレたようだ。ガッと、彼女の胸倉を掴んだ。


 ――止めた方がいいか!? 鵜沼さんのほうを!


 あの何も知らない男達が怪我をする前に……と、思ったがそれよりも先に鵜沼さんが変わる。ニヤリと口が裂け始め、鼻づらが伸び、胸倉を掴んだ腕を掴み返し……それが毛むくじゃらの、狼人間へと……

 変身できる奴はあまり人前ひとまえ、特に人間の前で姿を変えるな、と教わっているが、遅かったか……


「ばっ、バケモノ!?」


 あれが脱兎のごとくというのか……変身した鵜沼さんの姿を見た途端、男達は逃げ出した。


「忘れてるぞ!」


 逃げ出したときに脱げたのか、落とした片方のサンダルを拾い上げると、ヒョイッと投げた。

 投げ上げられたサンダルはキレイな曲線を描いて、人混みを走って逃げる男の後頭部へと……


 ――よく走っているのに当てるな……


 感心していると、あちらが僕を見つけてきた。すでに少女の姿に戻っている。


「何している今須。名前通り、いるならすぐに言え!」

「いや、僕の名前はそういう意味じゃあ……」

「ゴチャゴチャうるせぇなぁ。買い出し頼まれているんだから、早くしろ!」

「……はい」


 狼人間へと変わった鵜沼さん。それに絡まれる人間ぽい僕。周りの人達が不審な目で見られているのが痛い。でも、仕方がないか。

 それにそんな騒動があった事は、一時的なこと。祭りの人混みに溶け込んでしまったら、ふたりは祭りの見物人と変わらない。


 鵜沼さんはスマホを見ながら、階段を上がりはじめる。階段の左右には屋台が出ているので、それを買ってこいと、メモられているようだ。


「えっと、焼きそばとたこ焼き。綿菓子に……シャーピンっなんだ?」

「丸い焼き餃子みたいな……」

「あっそう。そんなん売ってるんだ……フランクフルトに唐揚げだと!?」


 てか、メモを送った人間はどれだけ食う気か。

 半ギレ状態ながらも、頼まれたモノを買いそろえていく。

 そして、それを全部僕に押し付けた。支払いは、さすがに彼女がしてくれるが……そこまでされたら、イジメもいいところだ。


 替え揃えたところで、気が付けば階段の一番上。お寺の本堂がある場所まで来ていた。上がっていた階段から街を見下ろすと、花火の上がる川辺のほうまで見える――僕の目は夜目が利くので、川の流れは見えるが、他の人達にとっては真っ暗な暗闇だけだろう。

 花火が上がると目の前なので、すでに陣取っている人がたくさんいる。

 僕達は別場所へ。鵜沼さんの後を付いていくと、本堂の脇を通り、人影も少なくなっていく。木々も増え、林の中に入っていく。

 暗闇で何かリア充らしいのゴソゴソ動いたが、僕は見ないフリをした。


「変なことをしたら、首を食いちぎるから……」

「――しません」


 鵜沼さんも、彼らが何をやっているのか判ったらしい。

 いや、そんなのは……僕は命のほうが大事です。



 ※※※



 しばらく林の中を進むと、何やら漂ってくる。煙が燻るニオイだ。

 そして、開けたところに出た。

 妙に明るい誰かが……ふたり組がたき火をしているようだ。しかし、林の中に開いた空間はなんだ。中央に路面バスぐらいの大きな岩がある。

 しめ縄が巻かれているから、何か神聖なモノだろうか?


 それはそうと、その前でキャンプしているふたりはなんだ!?


 片方は……一夜先輩。もうひとりは……知っている人ではない。このメンバーだと、太田か伏見さんかと思ったが、どうやら違う。小学生ぐらいの男の子であるようだが、奇妙な格好をしている。

 ここはお寺の裏であるが、何故か神主のような格好だ。


「それでなぁ、ワシに言うんだよ。『これから天から脅威が迫る。気をつけるように』ってな。自分ところの管轄もまともにできないワシに、何をしろって言うんじゃ。ハハハハッ!」


 その小学生が高笑いしながら、手にした飲み物を流し込んだ。


「あんたが人ごとのように言ってどうするのよ! ギャハギハャハハッ!」


 一夜先輩も盛り上がって……ってか、ふたりは何飲んでいるんだ?


 ――もしかして、未成年がアルコール!?


 それはいくら何でも、いけないことだ。


「一夜先輩!」


 あまり関わりたくないが、声を上げてしまった。だが、それで僕らが現れたことを気が付いたのであろう。

 奇妙な小学生が近づいてくる。自分のとは別の紙コップを持って。


「お主が新入りだな。まあ飲め!」

「嫌だ! お酒だろ? これ!」

「誰が酒だと言った!」


 小学生は、真剣な……いや目が、視点が定まっていない。あきらかに酔っ払っている感じだ。


「大丈夫、大丈夫!」


 一夜先輩が声を掛けているが、頭がフラフラ動かしていて、大丈夫なわけないでしょ?

 気が付けば、鵜沼さんが先輩の横に座り込んでいた。

 大きめのペットボトルから、赤黒い液体を紙コップに注ぐ。そして、一気にそれを飲み干した。しかめっ面をして。


不味まず……相変わらず先輩の薬は不味い……」

「薬草のジュースだから、良薬は口ににがしっていうじゃないの」

「副作用も、何とか……してください……」


 そう言うと、事が切れたかのようにパタンとひっくり返ってしまった。


「さあ、儀式のためだ。お前も飲め!」


 小学生が僕の口に押し付けてくる。

 いや、目の前であの鵜沼さんがひっくり返ったのに、本当に飲めとおっしゃる?


「そもそも儀式って何!?」

「なんじゃ? 一夜よ、説明しとらんのか?」

「そんな時間がなかったわ」


 突然、僕の後ろから一夜先輩の声が聞こえたかと思うと、口を強引に開けてきた。

 そして、その開いた口へ、小学生が妙な液体を流し込んでくる。   



 ※※※



 僕は気を失った。

 あの神主のような格好をした小学生に、一夜先輩の怪しい薬を飲まされて……

 どれくらい気を失っていたのか判らない。

 夜空にホタルのようなモノが飛び交っている。それと耳には花火の打ち上がる音が聞こえる。すでに花火大会は始まっているようだ。

 身体は……動く。

 一度、好奇心で父親のビールを口にしたが、その時ような頭痛もない。


――薬草のジュースとか言っていたが、本当だったのかな?


「起きた?」


 一夜先輩が僕の顔をのぞき込んでいた。


「一体、何を飲ませたんですか!」

「ちょっと人手がいるので、手伝ってほしいのよ」


 ゴメンねと言わんばかりに、ニコッと笑ってみせるが……騙されてたまるか!

 この人のお願いなんて、聞いていたら命がいくらあっても足りないに決まっている。


「ヤですよ。絶対!」

「それが、その……さっきの薬で見たでしょ」

「何を?」


 一夜先輩が両手をいっぱいに広げた。そして、空を見ろと言わんばかりの格好をする。

 夜空にはホタルのような無数の光が漂っている……でも、待てよ? ホタルって水辺にいるんだっけ? この辺には川は山の下にあるし、池のようなモノはないはずだ。

 それにホタルがいるなんて言えば、観光地になるはずだ。

 聞いたことがない。


「今日8月15日、お盆の最終日。昔は先月7月だけど、今の時代、あっちの世界も太陽暦を採用している」

「何を言っているんですか?」

「わからない?」


 次に先輩が示したのは、あのしめ縄が巻かれた岩。その前に、あの神主の格好をした小学生がいる。

 ブツブツと何かを呟いている小学生。

 そして、突然「ハッ!」と、声を上げた。と、どうだろうか。バスほどもある岩が動き始めたではないか。ゆっくりと横にズレはじめていく。


 ――何かの蓋か? あの岩は……


 岩の隙間から、大きな穴が見えた。しかし、1メートルも動かしてないだけで、小学生は膝をついた。


「ワシの力では、これぐらいしかできんか……」

「はいはい。新人しんじん地主神じぬしがみにしては、上出来じゃない?」


 ポンポンと一夜先輩は小学生……地主神? どういうこと!?


「アタシも、一夜先輩と関わって初めて知った」


 気が付いたら、僕と同じく気を失っていたはずの鵜沼さんが隣にいる。


「ホタルと思っているだろ。よく見てみろ。ヴァンパイアはよく見えるだろ」

「よく見ろって、これって……」

「人の魂。あの世に行った人達の魂だ。先輩の受け売りだけどな。今日はあの世からこの世に戻ってきた人達が帰る日。

 そして、この花火大会の本当の目的は、帰る時間……あの世の扉が開いたのを、知らせる合図だそうだ」

「あの世だ? 人の魂だ? 現代社会でそんなものが……」

「あるんだよ。今、見えているのを否定する気か?」


 そう鵜沼さんに言われても、信じられない。だが、あの小学生が岩を動かし、穴が見える。そこへホタルと思えるモノがどんどん入っていく。


 ――きっとマジックか何か。


 そうは思っても、人の魂が本当に今、見えているモノなのか。そして、あの岩の下にあの世があるのか。否定する材料がない。


「さてと、お主らにはこれから頑張ってもらわねばならない」


 と、一夜先輩が地主神と呼ばれた小学生が、目の前に立っている。

 そして、太い木の棒が差し出された。


 名前が思い出せない。火の用心とかいいながら、鳴らすやるやつだ。


「この拍子木を持って、日の出まで市中を回ってくれ」

「はぁ~い!?」


 ――何を言っているんだ?


 理解できずに、僕は目をパチクリさせた。


「鳴らしながら市中を回るのじゃ。帰るの忘れている魂に知らせをせい」

「知らせなかったら?」

「あの世に帰れなくなる。魂が市中にフラつき、お主らの仕事が増える」

「仕事って?」

「なんじゃ? それも説明していなかったのか?」


 と、地主神は一夜先輩を見た。

 先輩は……急に聞いていない、とばかりに明後日の方向をみる。


「何も説明は聞いてませんよ。先輩? 聞いてますか!」

「そっそうだったかしら……」

「そうです。もちろん、先輩も回るんですよねぇ。この地主神様によれば、徹夜で回っていうじゃないですか?」


 要は拍子木を叩きながら、街を……どれほどなのか、この新ヶ野市中なのかもしれない。が、徹夜で回らなければならないことになる。

 そんな役目、僕――どうやら鵜沼さんも――だけに、押し付けるのはいかがなモノか!


「ゴメン。まだ骨折が治っていない」


 一夜先輩は見てみて、と包帯の巻かれた脚を差し出した。いや、さっき薬を飲ませるときに、異様な速さで僕の後ろに回りましたよね。


「それに、目印のお香の番をしないと」


 先ほどまでたき火をしていたところに、急に何かの粉を振りかけている。

 先輩のいうとおり、お香の匂いだ。あの世とやらの入り口を示すのが、このニオイなのであろう。


「と、いうことで任せたぞ!」


 と、いう地主神様。ひょっとして、こいつは疫病神か?

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