王太子は戦乙女とともに謎へ挑む04
カイルと妹、ナタリアを前にして、暴動を起こそうとしていた住民たちは呆然と肩を落としていた。
先ほどまで感じていた敵意は完全にそがれている。恐らくもう襲い掛かってはこないだろうと判断して、カイルは剣の柄から手を放す。
それでも己の顔はいまだ恐ろしいものだったのか、だんだんと住民たちの顔は青くなっていった。
おどおどと彼らは視線を彷徨わせ、やがて己の隣に立つナタリアへ、すがりつくように手を伸ばす。
「な、ナタリア様は俺たちの味方をしてくださいますよね……、貴女は俺たちに施しをしてくれたはずだ……」
「そうです、ナタリア様は私たちに優しくしてくれました……」
「カイル王子は鬼畜です。どうか貴女が王となり、私たちを救ってください」
先ほどまでカイルに敵意を向けてきた人物とは別人のようだと少し感心してしまったが、ナタリアは一切の同情を顔に浮かべなかった。
ただただ冷静に凛と彼らを見据えて一同に威圧感を与えてから、ゆっくりと口を開く。
「わたくしは貴方がたを助けることは出来ません。貴方がたが先ほどこの屋敷に魔法爆弾を投げ込もうとしていた現場は目撃しております」
「そ、そんな……」
「ですが、話に耳を傾け、貴方がたの不満を解消するため動くことは出来ます。場合によっては罪を軽くすることも可能でしょう」
そこでナタリアは表情を和らげ、民たちの前に一歩を踏み出すと彼らと目線を合わせた。
急に王族と距離が近づいたせいか、一同はざわめきとまどい、各々顔を見合わせる。
不安げな顔をしていた一同の揺れる心を後押しするように、ナタリアは今度は柔らかく優しい声を出した。
「何故このようなことをしたのか、わたくしとお兄様に話していただけませんか?」
これが決めてになったのだろう、この中のリーダー格らしい男がこくりと頷いた。
◆
カイルたちがうなだれる民たちを引き連れて向かったのは、モリス辺境伯が王都に所有する小さな屋敷である。
人の目を気にしながら扉を開け、一同は素早く中へと入る。
屋敷の中にはすでに人の気配があった。自分たちが到着したことを察したのだろう、鎧姿のシャノンが手を上げてリビングに続く扉から姿を見せる。
「シャノン、そっちも上手くやったらしいな」
「ええ。カイルのところが本命だったみたいだしね。爆発が起きなかったからうろたえていたところを捕まえたわ」
「皆のおかげでもあるわね」と振り向く彼女の視線を追えば、リビングから顔を出すモリスの兵士たちがいた。
彼らは全員今回の件でカイルが助成を願ったら、是非にと言ってくれた者たちである。
シャノンとともに兵士たちの待つリビングへ入ると、そこにはカイルとナタリアが引き連れて来た者たちの仲間もいた。
彼らは後から来た仲間たちと顔を見合わせるとさらに表情を硬くし、何をされるのかと身を縮こませる。シャノンと一緒にカイルとナタリアがいることも、不安を掻き立てる原因になったようだ。
痛々しい怯えが空気を震わせる中、ナタリアが一度カイルを振り返って目配せした後、彼らの前に歩み出る。
「皆さん。今夜、皆さんがしてしまったことは国を……いえ、穏やかに暮らしている民の平和を脅かしかねないことです」
「でも、俺たちは……!」
「どんな理由があろうと、暴動を起こし破壊活動をしようとしたのは事実。これが王の定めた法によって重罪になることはご存じのはずです」
きっぱりと告げる王女に、民の顔は土色家になり、何名かがぐっと唇を噛みしめ顔を伏せる。
彼らは法など破っても本懐を遂げたかったのだろうし正義と信じているのだろうが、流石に王族の前でそれを口にする勇気はないらしい。
緊迫した空気が漂う中、ナタリアは一同を見つめてすっと尖った表情をひそめて肩を落とした。
「しかしそうまで貴方がたを追い詰めたのは我々王族の責任でもあります……」
ぽつりと呟くように言った彼女に、民たちは下げていた顔を持ち上げた。
戸惑いや悲しみが入り混じった表情で彼らは口を開き、閉じ、結局声を発せずに再びうつむく。
王族……カイルのことを憎んでいても、ナタリアは別なのだろう。恐らくそれは彼女が積極的に貧民街の炊き出しに参加していたためだ。
彼ら、彼女らはこの幼い妹に恩義を感じているらしい。もしくは彼女自身が持つ特異な魅力が民を従わせているのか。
しばらく民たちは黙っていたが、やがてリーダー格だった男が顔を上げてぽつりぽつりと口を開き始める。
「な、ナタリア様、……俺たちは、貴女を悲しませたかったんじゃ……、でも、」
「わたくしはずっと貴方がたを見ておりました。貴方がたは魔法学校の説明会で繋がり、今回のことを計画したのですね」
彼らは誰ともなしに顔を見合わせあい、そして再びナタリアの方を向いて頷く。
「その計画にはきっかけがあったはずです。そのきっかけを話していただけませんか?」
再度集められた者たちは顔を見合わせる。そして誰かが思い出したように、ふと口火を切った。
「王族は私腹を肥やしていると、何の苦労もなく生きているとホリィ様がおっしゃっていたのを聞いたんです」
ホリィ。ホリィ・ゴールズワージー公爵令嬢のことだ。
その名前が出たときカイルは眉をぴくりと動かしてしまったが、口を挟むことなく彼らの話に耳を澄ませる。
民たちは最初の言葉がきっかけになったように、次々に話始める。
「王族の腐敗を変えるには、俺たちが声を上げるのが一番だとおっしゃって。貴族がちょっと迷惑をこうむるくらい、どうってことないと」
「そ、それで少し前にゴールズワージー公爵令嬢の名前で魔法爆弾の設計図が送られて来たんです。これで、私たちは革命をすべきなのだと思って……」
そのことを聞いた途端、シャノンが「カイル」と己を呼んだ。
カイルは目を細め、小さく頷いた。
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