第52話 クロトの過去(レナ視点)

 ゴブリンロードを難なく倒し、あたしたちは第六階層に到達した。


 道のり的には半分だけど、旅程的にはまだ四分の一くらいで、ここからが本番。


 地図を作ってた時にもゴブリンロードは倒してたけど、三人で行っていいのは第五階層までだってクロトに言われてたから、階段は降りなかった。


 つまり、すごく久しぶりのフロアってこと。


 見た目は第五階層までと全然変わらない。


 洞窟の中のような感じ。街育ちのあたしは、洞窟なんて入ったことはないけど。


 第六階層で出現するモンスターはスケルトン。


 前回来た時には、死体を相手にするみたいで嫌だと思った。でも、もっと下のゾンビに比べれば全然マシ。ねちゃねちゃしてないし、臭くもない。


 最初の部屋から、いきなり三体に出くわした。


 フロアの構造は開けた人で決まっても、モンスターがいる場所は固定じゃない。動き回るんだからなおさらだ。


「二人とも、行くわよ」

 

 ティアとシェスの答えを待たずに走り寄る。


 その横を、青いオーラをまとったティアが走り抜けていった。


 獣人のティアはあたしよりもオーラの扱いが上手い。装備品にまで拡張することができるし、ずっと出していても、あたしみたいに息切れしたりしない。


 ティアは獣人であることを嫌がっていて、生活する上でハンデがある事はあたしにも理解できる。


 だから、ティアがオーラを使わないことも、黒魔法を使うのも、あたしとシェスは反対しなかった。それがティアのためだと思ってた。


 でも、今のティアは、自分が獣人だって事を、前ほど嫌がっていないように見える。近接戦闘も自分からするし、それが楽しそうでさえある。


 ティアが立て続けに二体のスケルトンの核を壊すのを横目に、あたしは最後の一体のスケルトンの肋骨ろっこつを横にぶった切った。


 飛び出して床を飛び跳ねた核を、ティアがブーツで踏み割る。


 あたしたちは間違ってた。


 本当にティアのためを思うのなら、ティアが獣人でないように振る舞うのを認めるんじゃなくて、ありのままの自分を受け入れられるようにしてあげるべきだった。

 

 底のしっかりとした重みのあるブーツも、魔法使いには似合わない篭手こても、ティアが本当は近接戦闘をしたがっていることを表していたのに。


 それを教えてくれたのは――。


 あたしは後ろを振り向いた。


 目をつぶって入り口横で壁に寄りかかっていたクロトが、だるそうにこっちに歩いて来る。


 案内をしない怠惰たいだな案内人。


 兼、あたしたちの師匠。


 いまだに、こいつがくれないの魔法使い様だなんて信じられない。実際にこの目で見たけど、それでも信じたくない。


 けど、その実力は――剣士としても――確かだし、悔しいけど、師匠としても優秀だった。


 とてもじゃないけど親切とは言えない。でも、なんだかんだで、あたしたちが成長するように導いてくれる。


 実力がついているのが自分でも実感できているから、理不尽なことを言われても、最後には何も言えなくなる。


 褒めるのだって……まあ、下手じゃないし。褒められれば、そりゃあ、あたしだってやる気は出る。


 クロトは弟子をとるのは初めてだって言ってたけど、誰かに弟子入りした事はあるのかな。


 どんな修行をしたら、大厄災やくさいの英雄になんてなれるんだろう。


 クロトの事はまだ全然知らない。


 紅の魔法使い様で、黒の閃光ブラック・ライトニングで、たった一人の第三十階踏破者プラチナで、でもそれを隠していて。


 普段は第十五階層まで案内していて、自分では戦闘に参加しない。一方で、ユルドの最強パーティと一緒に潜ることもある。


 さすがに第二十階層より下に潜る時は、戦闘もしてるのよね?


 その時はやっぱり、剣士として戦うのかな。


「なんだよ」

「な、なんでもないわ」


 オーラを纏ってる所がかっこよかったなんて、そんな事、思ってないんだから。




「ねぇ、大厄災の時ってどうだったの? 第三十階層のボスを倒したんでしょ? どんなヤツだった?」


 第七階層の休憩部屋に泊まるとき、あたしは思い切って聞いてみた。


「わたくしもお聞きしたいです」

「……私も」


 二人も食いついてきたけど、クロトは嫌そうな顔をした。


「どんなヤツって……話くらいは聞いてるだろ」

「見た目とかは知ってるけど、戦ってどうだったのかって話よ」

「……話したくない」


 クロトは視線を顔ごとそらした。


「なんで?」

「なんでも」

「いいじゃない、ケチ」

「ケチで結構」


 開き直られた。


「少し位いいじゃない」

「嫌だ」

「どうして」

「しつこい!」


 理由も言わない事に食い下がっていると、クロトは突然大きな声を出した。


 そしてそのまま休憩部屋を出て行こうとする。


「ちょ、ちょっと、どこ行くのよ!」

「トイレ」

「さっき行ったじゃない」

「……」

「剣くらい持って行きなさいよ!」


 慌てて立ち上がってクロトの剣を手に取ったけど、振り向いた時にはもうクロトは出て行った後だった。


「あ……」

「クロトさんなら大丈夫ですわ。お強いですもの」

「……ナイフ」

「ええ、ナイフも持っていますしね」

「そうだけど……」


 あたしは自分の寝袋の上に座り直した。


「なんであんな、急に」


 荷物も剣も置いてあるから、あたしたちが置き去りにされる事はない。絶対戻って来る。


 クロトなら第七階層ここからなら武器なんてなくても帰れるし、道中のモンスターは掃討してきたから、あたしたちだって三人だけで帰ることはできる。


 だけど、すごく心細くなった。毎朝いないのには慣れたけど、目の前でいなくなられるのは初めてだ。


「その、黒の閃光ブラック・ライトニング様はパーティの皆さんを亡くされたと聞きますから、お辛い記憶があるのではないかと……」


 そうだった。


 紅の魔法使い様は一人でダンジョンを攻略したわけじゃない。一緒に潜っていたメンバーの中でただ一人生還しただけだ。


「あたし、無神経だったかも……」


 ティアとシェスが死んじゃってあたしだけ地上に戻ったとしたら、って考えたら、ぶるっと体が震えて、あたしは自分の体を抱きしめた。


「……聞かない」

「ティアさんに賛成です。この事には触れない方がよいと思います」


 その後、クロトは朝まで戻って来なかった。




「悪かったわ。野次馬みたいな真似して」


 朝、ようやく戻ってきたクロトに、あたしは素直に謝った。


「何がだ?」

「だから、昨日――」

「何がだ?」


 重ねて聞いてきたクロトの意図を察して、あたしは言うのをやめた。


「……なんでもない」

「そうか」


 聞かれたことさえなかった事にするなんて、よっぽどの事が起こったんだ。


 余計に気になったけど、当然、聞く事なんてできる訳がなかった。

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