第49話 見合わない称号
次の日の朝。
レナが立てそうになったフラグをへし折って、昨夜何事もなく帰宅した俺は、一晩寝てすっきりとした顔の三人を連れて、ダンジョンの入り口にいた。
「準備はいいな」
「いいですわ」
「……いい」
「いいに決まってるでしょ。家を出る前にクロトだって確認したじゃない」
それはそうだけど、念押しは大事だろ。
「もたもたしてないで早く開けなさいよ」
待ちきれない、というように、レナが言う。
遊びじゃないんだぞ、と釘を刺そうかと思ったが、たぶんこいつらはダンジョンに一歩足を踏み入れれば、ちゃんと気を引き締めるだろう。
入り口を開けようと、大岩の扉に両手をつける。
その時、後ろからかかる声があった。
「ああ、クロトじゃねぇか」
上から目線なダミ声――アランだった。
俺はため息をついてから、ゆっくりと振り返った。
面倒なヤツに捕まっちまった。
「どこまで潜るんだ?」
「答える義務は――」
「第十階層よ!」
俺の声を
「はっ! まだ第十階層か。こいつらはもう第二十階層を踏破したぜ。これからまた第二十階層まで行く」
アランが後ろに連れていた三人の弟子を前へと押し出すと、三人は首元から金色のタグを引き出してレナたちに見せびらかし、アランそっくりに鼻で笑った。
一番後ろにいる俺にはレナたち三人の顔は見えないが、三人とも拳を握り締めていて、ティアの耳と尻尾の毛が逆立っていた。尻尾の先が特にぶわっと広がっている。
「出来の悪い弟子を持つと大変だな、クロト」
「まあな」
先日と同じ事を言われて、俺は肩を
「ちょっと!」
レナが俺を振り向いて目をつり上げた。
「なんだよ」
「あたしたちは出来がっ……悪く、なんて……」
最初は強かった語気が、だんだん弱くなっていく。最後はもごもごと言葉にならなかった。
「お前らも出来の悪い師匠につくのは大変だろう。どうだ、特別にオレの弟子にしてやってもいいぞ」
「わたくしのお師匠様はお師匠様だけですわ」
「あたしの師匠はクロトしかいないんだから!」
「……クロトだけ」
アランの誘いに、三人はそれぞれの言葉で断った。
「出来の悪いクロトには出来の悪い弟子がお似合いだな」
「
「そこまで」
俺は後ろからレナの口を手で塞いだ。
何ポロッと言いそうになってるんだよ。
「弱いもんは弱いなりにやるさ。ほら、三人とも、行くぞ」
「ですが、お師匠様っ」
「……
シェスとティアは納得していないようだったが、俺はレナの口を塞いだまま後ろ向きに引きずって、ダンジョンの入り口に足を踏み入れた。
残りの二人も追いかけてくる。
階段を下り、第一階層の最初の部屋に入った所で、レナの口から手を放した。
「なんで止めるのよ! どうして言い返さないの! クロトの方がずっとずぅっと強いでしょ!」
「そうです。実力を見せて黙らせてやればいいのですわ」
「……ムカついた」
「言わせておけばいいんだよ。相手するの方が面倒だ」
「クロトは
悔しい、とレナが体の前で拳を縦に振った。
「それになんなの、あいつら! あたしたちの事を見下してた!」
「……弱い」
「そうですわよね。わたくしにもあまり実力のある方には見えませんでしたわ」
「
シェスとレナは感情的にそう思っているだけだろうが、ティアはちゃんと感覚で嗅ぎ取っているはずだ。
俺も、アランの弟子たちは
「あいつらの後ろに他の冒険者がいただろ。弟子どもは同行してるだけだ」
「そんなのズルじゃない!」
「……
「よくあることだ」
「そうかもしれませんが……」
三人は納得がいかない、という顔をしていた。
本当によくある事なんだが、こいつらは踏破の称号が必要だった時も、案内人である俺を頼らずにほぼ自力の踏破をしているから、余計にそう思うのだろう。
「他人は他人だ。気にするな。それとも、お前らは称号が欲しいだけなのか?」
「そんな訳ないじゃない!」
「……違う」
「冒険者として生きていくための実力をつけたいです」
「なら自分たちの事だけ考えていればいい。外野には言わせておけ。――ほら、お前らが騒ぐからスライムが来たぞ」
俺が言うのと同時に、三人の空気がピリついた。
たかがスライムだが、ちゃんと気持ちの切り替えができている。
レナが素早く剣を抜き、スライムに向かって駆けた。
縦に
剣は正確に核を破壊し、スライムは黒い霧となって消えた。
「んん?」
レナが剣を見て首を傾げる。
出発前に抜いて確認した時には気づかなかったようだが、さすがにモンスターを斬れば気づくか。
「ねぇ、クロト、あたしの剣に何かした?」
「
「えっ」
「使いにくいか?」
「ううん、それは大丈夫だけど……」
何か言いたそうにレナが俺を見つめる。
「なんだよ」
「な、なんでもないわ! ――シェス、ティア、行くわよ!」
足早に通路へと出て行くレナを追って、シェスとティアが走っていった。
俺もその後に続いた。
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