第35話 守りたいもの(レナ視点)

「だりゃぁぁぁぁっ! ……うっ」


 クイーンアラクネは強かった。


 どんなに剣を振っても、そのことごとくを糸に邪魔される。


 物理攻撃に弱い人型部分を攻撃しなきゃいけないから、あたしは高くジャンプせざるを得ない。


 空中いるあたしは格好の的だった。


 糸が次々に飛んでくる。


 あたしは糸を剣で切り、ティアやシェスに火で解放してもらいながら、それでも何度も剣を振り続けた。


 上半身の魔法も次々に襲って来る。


 攻撃しているうちは、クイーンアラクネはあたしに意識を向け続ける。


 案内人はもとより、シェスにもティアにも攻撃は向かわない。


 あたしが二人を守る――。


 本当は、小さい頃からずっと片手剣と盾での戦い方を訓練してきた。


 だけど、あたしは両手剣とよろいを選んだ。


 だってこれなら、盾にもなれるから。


 遠距離攻撃のティアと、回復役のシェス。その二人とバランスを取るために、攻撃力も防御力もあるこのスタイルに落ち着いた。


 ティアが近接、シェスが遠距離攻撃に変わった今でも、この戦い方はマッチしていると思う。


 おじいちゃんの剣も使えているし、不満は何もない。片手剣への未練もない。


 とにかく、あたしは二人を守りたい。


 そのためには、攻撃を続けなくちゃ。


 あたしは痛い思いをしてもいい。火傷やけどをしても、腕が折れても、脚が千切れてもいい。


 治してくれるってシェスを信頼しているし、ティアもポーションを投げてくれる。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 息が乱れる。ポーションだけでは疲労は取りきれない。手でぬぐっても拭っても汗が頬をつたってくる。


 クイーンアラクネの動きが速すぎる。


 なんとか相手の攻撃をかいくぐって攻撃を当てたとしても、苦し紛れで力の乗り切っていないそれは、全然効かなかった。


 だんだん高く跳べなくなって、仕方なく蜘蛛部分に剣を当てるけど、ただ弾かれるだけでそれこそ何にもならなかった。


 そうするうちに、クイーンアラクネの動きが、少しずつ変わってきた。


 あたしの攻撃が大したことがないんだとわかり始めて、視線をあたしからシェスやティアに向けることが増えた。


 その視線をそらすように、あたしは剣を振る。それ以外の方法を知らないから。


 重くなっていく足にむち打って走る。


 ジャンプすらできなくなってきていて、効かないとわかっていて蜘蛛の脚に剣を当てる。


 ちらりと案内人の方を向けば、あっちのクイーンアラクネの上半身には傷がついていて、ダメージが積み重なっている様子はあった。でも、倒せたとしてもまだまだ先になるだろう。


 と、その時。


 クイーンアラクネの下半身の口が、シェスの方を向いた。


 防がなきゃ!


 あたしはシェスの盾になろうと足を踏み出したけど、限界を迎えていた膝から、がくり、と力が抜けてしまう。


 間に合わないっ!


 吐き出された糸がシェスに向かう。それをシェスは防御魔法で防いだ。


 ほっとしたのもつかの間、今度は人型部分がシェスを見据えている。その前面に、ウォーター・ボールが五つ生まれた。


 守らなきゃ。


 私が、私が守らなきゃっ!


 そう思って、シェスとクイーンアラクネの前に身を踊らせた。


 ――つもりだった。


 蜘蛛の糸がついているわけでもないのに、あたしの足は床から離れなかった。頭で思った通りの動きを、足がしてくれなかった。


 届かない……!


 伸ばした剣のその先をウォーターボールが飛んでいく。その光景が、スローモーションのようにゆっくりと見えた。


「きゃあぁっ!」


 シェスが悲鳴を上げた。


 途端、時間の感覚が元に戻った。


 シェスは魔法耐性をかけていたはず。でも身体強化ができない。あんな強力な魔法が全部当たったら。


 ばっと向けた視線の先に――シェスはいなかった。


 最悪の想像が頭をよぎり、ざっと血の気が引く。


 やめて。やめて。


 私が二人を守るって決めたのに。


 やめて。


 震える口が悲鳴を上げそうになったとき、突然、横から声がした。


「ったく……」


 見れば、離れた所でもう一方のクイーンアラクネと戦っていたはずの案内人が、すぐ横にいた。


 その腕の中にシェスを抱えている。


「あ、あんた……」


 声が震えた。


 なんで。


「だから防御に徹しろって言っただろ。二人を守りたいなら、自分を犠牲にするような戦い方はやめろ。逆にお前を守ろうとして、二人の負担になってるぞ」


 静かに地面に降ろされたシェスは、ぽーっとした顔で案内人を見ていた。


 クイーンアラクネが糸を吐いてくる。


 案内人はそれを剣の一振りで防いだ。


 目で見えない程の凄まじい速さで振られた剣が風の刃を生じさせ、それが糸を断ったことを、あたしは遅れて理解した。


 クイーンアラクネの攻撃がすでにかすっていたのか、シャツの首元が破れていて、そこからチェーンのついた銀色シルバーのタグがこぼれ出ていた。


 違う。


 銀色に輝くそれは、油膜が張ったようにかすかに虹色の光を帯びている。


 なんで。


 たった二人の第三十階層踏破者プラチナ――。


 案内人の体は真っ黒な厚いオーラに覆われていて。

 

「……黒の閃光ブラック・ライトニング


 ティアがその名を口にした。

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