第34話 戦闘開始(レナ視点)
「あ、そうだ」
案内人が何か気がついたように言うと、しゃがんで荷物をごそごそとし始めた。剣を床に置き、荷物の中からポーションの
「警戒くらいしなさいよっ!」
無防備にも程がある。
目の前にはボスが二体もいるのに。
「あいつらは攻撃を仕掛けなければ大丈夫だ」
そうなんだ……。
小瓶は次から次へと出てくる。案内人はそれらをずらっと並べた。
こいつ一体いくら分のアイテム持ってきてるの!?
シェスの傷を治したようなすごく高級なポーションも十個以上並んでいた。
準備に余念がないのは知ってたけど、それにしても多すぎる。
「クイーンアラクネは毒持ちだから、毒消しを渡しておく。これが予備だ。回復と魔力ポーションはこっち。端から高価な順に並べてある。足りない分は持っていけ。安い方から使えよ」
「何のつもりよ」
「俺からのサービスだ」
似合わなさすぎる言葉に、あたしたちは絶句した。
こいつにここまでさせる程マズい状態なのだ、と改めてわかってしまって。
「気にするな、この事態を報告すればギルドから褒賞が出る」
「あっそ」
守銭奴は守銭奴のままだった。ほんの少しだけほっとした。
あたしたちは遠慮せずにポーションを受け取った。必要な時にこの場所に取りに戻ってこれるとは限らないから、高価なやつもポーチに入れておく。
「いいか、レナは防御に徹しろ。魔法も受けられるよな。ティアはレナが糸に捕まった時に焼くのと、とにかく二人の回復。シェスは防御魔法。できるだけ二人に攻撃を当てさせるな」
「あたしは攻撃もできる!」
バンッと胸を叩いた。
普通のアラクネと戦ったことのことを思い出す。
糸はティアとシェスに焼いてもらえば、少しくらい戦えるはずだ。ポーションだってこんなにあるんだから。
「駄目だ。とにかく自分たちの身を守るのが最優先だ」
有無を言わさずに言われて、あたしの中の反発心が膨らんでいく。
「嫌よ!」
「駄目だ。俺の指示に従え」
案内人は強い声で言った。
「あんたに従う義務はない。わたしは勝手にさせてもらうわ」
「レナさん、それは……」
シェスとティアが心配そうな顔であたしを見た。
「無理はしないわよ。攻撃は最大の防御って言うでしょ」
「無茶するなよ。……行くぞ」
そう言うと、案内人の体の表面が揺らめいた。身体強化のオーラだ。
色が判別できないくらいわずかなオーラだけど、服や剣の表面も覆っている。
あたしにはまだできない技だし、ティアみたいな濃淡や揺らめきもない。薄い膜でも張っているように、ぴたりと停止している。
ぴんっと空気が張り詰めたような感じがした。
案内人は、とんとーん、とその場で軽く跳ねたあと、タッとクイーンアラクネに向かって駆けた。
――速い。
あっと言う間にクイーンアラクネの元にたどりつき、蜘蛛の足を斬りつける。
鋭く振られた剣は、ガキッと硬い甲殻に弾かれた。
その音を合図にして、クイーンアラクネたちが案内人の存在を知覚した。じろりと目線が案内人に向く。
離れた方のクイーンアラクネが、カサカサッと巨体に見合わない素早さで案内人に迫った。
二体が至近距離で同時に糸を吐く。
案内人は大きく後ろに一回転するように跳んで、それらを避けた。
剣を持っていない方の腕を振ると、小さなファイア・ボールが現れて、床に張り付いた糸がぼっと燃え上がって消えた。
魔法も使えるんだ……。
あのくらいの魔法なら、あたしでも集中すればできるけど、動きながらは無理だ。戦闘では役に立たない。
身体強化と魔法を同時に使うのも難しい。
やっぱり全然実力が違う。
案内人は、自分を追いかけて次々と吐き出される糸の攻撃を軽々と避けていた。落ちた糸は一つ一つ丁寧に燃やして、後で足を取られることのないようにしている。
その動きに迷いはなく、クイーンアラクネとの戦い方を熟知しているようだった。そりゃそうだ。何度も倒しているんだろうから。
「……レナ」
ティアに呼ばれて、はっと我に返った。
見ている場合じゃなかった。一体があたしたちが受け持たないと。
案内人は避けてばかりだ。二体が相手だと逃げるのが精一杯で、攻撃するまでの余裕はないのだろう。
「さっさと片付けて、あいつに加勢するわよ!」
無理だとはわかっている。
足止めだってできるかどうか。
でも、そのくらいのつもりで立ち向かう。
集中して、身体強化をする。赤いオーラが体を覆った。
ティアは身体強化をしていなかった。案内人に言われた通り、糸を燃やすことに専念するんだろう。
シェスが防御強化の魔法をかけてくれた。
続けて聞こえてきたのは障壁の呪文。こちらも指示された通りだった。
でも、あたしは攻撃もする。防御に徹するなんてできない。
ぺろっと唇をなめてから、あたしはクイーンアラクネに向かって走り出した。
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