第20話 呪縛(シェス視点)

 レナさんをゴブリンロードの剣が襲うかと思われたその時、クロトさんが叫びました。


「ティア、身体強化!」


 詠唱をしながらこちらを見たティアさんは、戸惑いの表情を浮かべていました。


 ああ、駄目、だってティアさんは――。


「できるだろ。このまま殴られたらレナが死ぬぞ」


 ティアさんは逡巡しゅんじゅんの後、決心したようにうなずくと、タクトを捨てました。


 レナさんへと近づくゴブリンロードにタッと駆け寄ると、その姿がふっと消えました。


 かと思うと、鈍い音がして、ゴブリンロードの鎧の脇腹に、ティナさんの拳がめり込んでいました。


 ティアさんの体は服ごと青いオーラに覆われています。耳と尻尾の毛が逆立っていました。


 たまらずたたらを踏むゴブリンロード。


 ティアさんは今度は蹴りを放ちます。


 それはゴブリンロードの盾によって防がれます。


 構わずティアさんは空中で回転し、さらにかかとから回し蹴りを繰り出します。


 その時ようやくわたくしの魔法が完成し、レナさんを淡い光が包みました。


 痛そうに片目を閉じたレナさんが、頭を押さえながらよろよろと立ち上がりました。


「ティア!?」


 ティアさんがゴブリンロードと近接戦をしていることに驚きの声が上がります。


「お前は攻撃魔法だ。さくっと片付けろ」


 クロトさんが私に言いました。


「それはティアさんが……」

「何にこだわってるのか知らんが、お前は死にかけたんだぞ。んな余計なもんは捨てちまえ」


 目の前では、レナさんとティアさんが戦っています。


 防御一辺倒になったゴブリンロードでしたが、それでもお二人の攻撃は決定打に繋がりませんでした。二人で攻撃するスタイルは初めてで、連携がちぐはぐになっているのです。


 ぶんぶんと音を鳴らしながら力任せに振り回される剣にされて攻めきれず、大きく分厚い盾は、レナさんの渾身こんしんの一撃もティアさんの素早い拳も、易々やすやすと防いでいました。


 それでも、時間をかければ倒せるでしょう。


 レナさん一人で戦いは拮抗きっこうしていたのですから。ティアさんが加われば当然こちらの攻撃力がゴブリンロードに勝ります。


 わたくしがティアさんにも補助魔法をかければ、さらに確実に。


 それで十分なはずです。


 夫よりも一歩下がり、でしゃばることなく、慎み深く。攻撃魔法は野蛮やばんだ。一族に相応ふさわしくない。使うことは許さない。


 幼い頃から刷り込まれた教えが、わたしを縛っています。反しようとすると、体が硬直して動かなくなるのです。


 わたくしは、ぐっと唇を噛み締めました。


 わたくしは――わたくしは、しがらみから抜け出すと決めたのです。


 杖を手に立ち上がりました。お腹の傷はすでにえていました。


 早口で呪文を唱えます。


 実践では使わなくとも、一人隠れて練習だけはしていた魔法です。

 

「レナさん、ティアさん、下がって!」


 一瞬驚いた顔をしたお二人はしかし、わたくしの言葉に従ってゴブリンロードから離れました。


 ティアさん、ごめんなさい――。


 心の中で謝罪をして、杖の先をゴブリンロードに向けます。


 次の瞬間、わたくしが放った雷の鉄槌てっついが、ゴブリンロードを縦に貫きました。

 

 ゴブリンロードの動きが止まります。


 それはほんのわずかな時間でしかありませんでしたが、レナさんとティアさんには十分でした。


 レナさんが足の間を駆け抜けるようにして、反対のふくらはぎに斬りつけます。


「……ふっ」


 同時に、短い息を吐いたティアさんがゴブリンロードの足元へと迫り、ふくらはぎに回し蹴りを放ちました。


 軸足を変え、さらに一発、二発。


 両足に攻撃を受けたゴブリンロードは、たまらず両ひざを床につきました。


 剣と盾が正面にいるティアさんを狙いますが、ティアさんはそれらを軽々と避けます。


 そうしてゴブリンロードの意識を引きつけている間に、背後にいたレナさんが身体強化の段階を上げました。


 そして、腰を落として大きく跳び上がります。


 その気配を察したゴブリンロードが、体をひねって防ごうと盾を構えますが、わたくしが放ったファイヤ・ボールが、その腕を弾きました。


「でやぁぁぁぁぁぁっ!」


 叫び声と共にレナさんが横に振った剣は――ゴブリンロードの首を見事落としました。


 ゴブリンロードはうつ伏せに倒れ、次の瞬間、離れた首と一緒に黒い霧となって消えました。


 レナさんとティアさんが、がくりと膝をつきます。


「レナさん! ティアさん!」


 わたくしは二人に駆け寄りました。


 お二人の息は荒く、かなり消耗しているようでしたが、怪我はありませんでした。


「シェスは大丈夫?」

「ええ、ポーションが効きました」

「……よかった」


 服は切り裂かれ、乾きつつある血でベタベタでしたが、お腹の傷はもうありません。痛みも全くありませんでした。


 後ろから、はぁ、とため息が聞こえてきました。クロトさんです。


「ったく。これがお前らの実力だろ? なんで自分たちの特性を生かさずにわざわざ制限してるんだよ。死にそうな目にあってまでやることか? お前らダンジョンをなめすぎだ」

「ティアとシェスは……っ! 何も知らないくせにっ!」


 レナさんが、ティアさんととわたくしを気遣うように見てから、クロトさんをにらみつけました。


「……クロトの言う通り」

「ええ、そうですわね」


 クロトさんのおっしゃる通りです。


 命の危険にさらされてまで守るべき事ではありませんでした。


 レナさんが悔しそうに唇をみました。


「あたしが弱いから、二人にあんなことをさせた……」

「……違う」

「違いますわ。レナさんはお強いですわ。足を引っ張っていたのはわたくしです」

「……私も」


 わたくしは目が覚めたような思いでした。


 ついさっきまで世界のことわりのように絶対の物だと感じていたこだわりは、きれいさっぱりなくなっていたのです。


 ある種の……洗脳のようなものだったのかもしれません。

 

 レナさんは複雑な顔をしていますが、ティアさんは晴れ晴れとした表情でした。


 きっとティアさんも同じような気持ちでいるのだと思います。


「おい、早く行くぞ」

「今いい所でしょ!? 空気読みなさいよ!」

「知るか。お前らの事情なんざどうでもいいわ」


 クロトさんは面倒くさそうに言い、ゴブリンロードが座っていた椅子の裏に回りました。


 ゴブリンロードを倒したことで、床に穴があき、階下への階段が現れるのです。


 と、クロトさんが椅子の横から顔を出しました。


「ああ、さっきのポーション代、ちゃんと払えよ」


 びしっとわたくしたちを指さします。


「わかってるわよっ!」

「ふふっ」


 クロトさんらしくて、わたくしは思わず笑ってしまいました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る