第5話 獣人(ティア視点)
地図を確認するレナを先頭に、注意深くダンジョンの中を進んで行く。
その後ろはシェスで、私は三番目。
二人の背中は頼もしい。両手剣を持つレナは攻撃力が抜群で、守りも堅い。シェスの回復魔法はどんな怪我でも治してくれる。二人がいれば私たちは無敵だ。
私たち獣人の地位は人間よりも低い。法律では平等になっているものの、現実にはあからさまな差別がある。労働賃金は人間より一段下がり、入れない店や受けられないサービスがある。
だがレナとシェスは、獣人の私にも分け隔てなく接してくれ、パーティにも誘ってくれた。二人がいなかったら、誰とも組んでもらえない私は冒険者学校を卒業できなかったかもしれない。
魔法使いとして後衛に置いてくれるのも嬉しかった。使い捨ての盾として、一番前に置かれてもおかしくないというのに。
実際、レナとシェスに会うまでの私は、人数合わせで仕方なく組むパーティに、そういう扱いをされていた。
体を張って攻撃を止め、ポーションを飲む。自分で用意したポーションがなくなれば、傷を負っても回復してもらえない。自分で回復魔法を使えればまだ良かったが、私には回復魔法の才能はなかった。
私は痛いのが怖くて、後衛でいられるように必死で攻撃魔法を練習した。それでも後衛として私を見るパーティはいなかった。レナとシェスを除いて。
前を歩く二人の背中を見て、私は二人に改めて感謝した。
私の後ろ、四番目にはクロトという案内人がついてきているが、臆病者は無視だ。私たちをモンスターの攻撃から守ろうとしないどころか、戦闘に参加しようともしない、
さっきギルドで会った時も情けなかった。
嫌な匂いのしたあの
腰に片手剣を下げているが、こんなひろりとした体格では、ろくに振ることもできないに違いない。レナの方がよほど
しかも
臆病なのに偉そう。男のくせにお金のことばかり。
私の一番嫌いなタイプだ。嫌なことを思い出す。
なのに、時々この男の気配が希薄になる。
獣人である私の感覚はただの人間よりもはるかに鋭敏だ。これだけ近くにいて気配を感じなくなるなどありえない。
それこそ余程の実力者でなければ。
だが、身体強化もしていない状態のこの男にそれができるとは思えなかった。強者に感じる匂いも全くしない。
ダンジョンには不思議な効果があるというから、そのせいなのかもしれない。モンスターにも同様の現象が起きるとしたら厄介だ。
そんなことを考えていると、突然体が雷に打たれたような衝撃が襲った。
「ひゃっ!?」
「何っ?」
「何ですかっ?」
私が上げた悲鳴に、レナとシェスが素早く振り向いた。
「にゃにするのっ!」
私は握られた尻尾を男から取り返した。敏感な尻尾を突然つかむなんて!
ふーっと
「目の前でゆらゆら揺れてたからつい……」
「変態」
「最低ですわ」
レナとシェスがじとっとした目で男を見た。
「え、俺そんなにヤバいことした?」
男は何もわかっていなかった。信じられない。レディの尻尾を
「……二度と触らないで」
「すまなかった」
一応、悪いとは思っているようで、男は頭を下げて真剣に謝ってくれた。獣人に謝る人間はあまりいないので、少しだけ留飲が下がった。
歩みを再開してしばらくしたあと、男が後ろからそっと話しかけてきた。
「なあ、お前、猫じゃないだろ」
ドキッとした。
「……猫」
「いや、違うだろ。耳も違うし尻尾も違う。トラ……じゃないな。ライオン?」
「……猫」
答えながら、私は両手で顔を覆った。
また毛が逆立っている。
私を猫じゃないと見抜いた人間は初めてだった。しかもライオンだとわかるなんて。
人間は獣人の細かな種類に興味がない。ライオンもトラも全て猫だと思っているし、オオカミもキツネも全て犬だと思っている。本当は身体能力が秀でていない種類の獣人もいるけれど、そんなのはお構いなしだ。
だが、この男は気づいた。
勝手に尻尾を触られたことは腹立たしいが、獣人の獣の部分を
心がざわざわと騒いだ。
これは……たぶん喜びだ。レナとシェスにパーティに誘ってもらった時と同じ感じがする。
――弱いけど、いい
私は男の評価をほんの少しだけ修正した。
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