光と闇を湛えて

限前零

出ない声

一ノ瀬:……ね、良ければ君のお名前、僕たちに教えてくれない?


?:………。(まだらめ しゅう)


(彼は一ノ瀬に名前を聞かれると、数秒考えて地面の砂に文字を書いた。漢字が書けないのか、記された文字は全て平仮名だ)


斑鳩:……ちなみに名字は駮馬、と書く。名前が愁で…続けて書くと、駮馬 愁(まだらめ しゅう)な。


一ノ瀬:あれ?駮馬君って斑鳩君と双子の兄弟なんでしょ?どうして…


斑鳩:そもそも俺の名乗った斑鳩という名前、本名ではない。別にお前らを騙すつもりはなかったが……


死後数年が経過して、今更生前の名を名乗る気にはならなくてな。


(斑鳩は言葉を切ると、駮馬の頭を撫でた。駮馬は嬉しそうな表情で、斑鳩に身を委ねている)


駮馬:(いっしょに いられる なら なまえは かんけいない よ にいは にいだもん)


卯月:(駮馬君、もしかしたら声が出ないのでしょうか。生死の境をさ迷うほどの大怪我を負ったとは伺いましたが……その影響で?)


斑鳩:("いっしょに いられるなら"……か。俺が命を落とさなきゃ、駮馬は…いや愁は、声を失わずに済んだだろう。俺のせいだ……)


一ノ瀬:……斑鳩君、どうしたの?顔色が良くないよ。


斑鳩:……………なんでもない。


駮馬:(そんな かお しないで

にいは ぼくを かばって くれた のに

にいが かなしそうだと ぼくも かなしい の)


斑鳩:……っ、すまない…愁。


卯月:答えにくい質問をさせてください、斑鳩君の死因って……?


一ノ瀬:僕も気になったんだよ。斑鳩君の身体能力の高さは、僕が一番よく知ってる。なのに……とっくに亡くなってたなんてね。未だに信じられないんだ。


斑鳩:地震で建物が倒壊して、俺らはそれに巻き込まれた。俺は……咄嗟に愁の上に覆い被さって、そのまま死んじまったのさ。愁も頭を強く打って……それでも奇跡的に助かった。


後から聞いた話だが、愁が声を失ったのは…俺が死んだと知った後だったらしい。


卯月:…………!それは、心因性失声症と言うことですか?


一ノ瀬:うーん…漢字が書けない様子を見ると、失語症になりかけてるのもあるみたい。


駮馬:(あのひ なきたいのに こえ でなかった なみだは とまらなかったのに

どうして にいとあえたのに


ぼくのこえで よべないの

こんな ちかくに いてくれる のに

さみしいの かなしいよ)


(駮馬は震える指で砂をなぞっているが…途中から、涙が滴り落ちていく。


涙でかき消されそうになりながら……やっとの思いで綴り終わった"それ"は、斑鳩の死後から駮馬がずっと抱えていた…声にならない叫びだった)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る