河童のミイラ【起承転結】
コオリノ
第1話【起】
これは、俺が大学に入って、初めての夏を迎えた頃に体験した話だ。
その頃の俺はSNSで知り合った、心霊サークルのオフ会なんかによく参加していた。
元々子供の頃からオカルト系に興味があった俺は、自然と早いうちにこの世界にのめりこむようになった。
が、さすがに親しい友人とそういう付き合いは難しい。(理解のある人間が周りに居れば別だが)
下手をすれば変人扱いされてしまうし、何かと面倒だからだ。
そこで、俺はネットで同じ仲間を探す事にした。
同じコミュニティならば、何も気を使うことなく共通の趣味で盛り上がることができる。
そしてようやく、俺は地元にある今の心霊サークルに辿り着く事ができた。
オフ会は月に2回ほど行われている。
主催者はサークルのHP管理人、ひよりさんという人だ。
サークルにはけっこう人がいて、ネット内だけでも30人規模はいた。
ただ、その内オフ会に参加できる人間は、約半分いるかいないか。
まあ中には未成年もいるし、それは仕方がない事。
参加する人間もまばらで、前回参加した人間が一人もおらず、その日が皆初顔合わせ、何てことも珍しくない。
そして例に漏れず今回もそのパターンだ。
前回から引き続き参加するのは俺だけで、あとは皆オフ会で会うのは初めましてばかりの連中。
まあそれもそのはず、おそらく原因は今回のお題にある。
オフ会には毎回お題が決まっており、主にサークルHPで皆で決めたりしている。
ちなみに前回は心霊写真だった。
オーブもとい、微粒な埃による光の乱射が飛び交う自称心霊写真なるものが、満場一致で一位に選ばれていた。
正直これはかなり微妙でしかなかった。
そして今回のお題はなんと、呪われた代物。
呪われた物なら何でもいいというお題にはなったが、普通そんな物、そこら辺に転がっているなんて事は決してない。
いや、あってたまるかって言うのが俺の本音だ。
つまり、単純にお題が無理難題過ぎて、参加を見送る人が多かったというわけだ。
ちなみに俺は特に何も用意することができなかった為、今回はギャラリーとして参加する。
まあありきたりに言えば、開き直ったって事だ。
参加する事に意義がある、今はそういう事にしておこう。
俺は都内ファミレスの扉を開きながら、自分に頷きつつ店に入った。
時刻はPM7:00、約束の時間だ。
座席は喫煙席、店の一番奥の窓側。
予め決められていたメンバーの一人が、座席を確保してくれているはずだ。
店員の一人が俺を案内しようと寄ってきたが、俺は連れが先に来ているからとやんわり断り、奥の座席へと向かった。
席にはHPで指定されていたとおりの服装と人相、間違いない。
急ぎ足で歩み寄る。
「すみません、お待たせしました、よ、与一です」
軽く会釈して、俺は空いてる席に腰掛けた。
ちなみに与一は俺のハンドルネーム。
「どうも、ヨネちゃんです」
「カッキーです」
「あ、ミカンでえす」
「√(ルート)……」
一通りの挨拶をすませ、俺たちは飲み物を頼んだ。
しかし、今回のメンバーは全体的に若い。
俺とヨネちゃんさん、カッキーさんは同い年ぐらいだろう。
残りの女性二名、ミカンさんと√さんに関しては、おそらく高校生か?ここは深く突っ込まないほうがいいみたいだ。
それにしても、ミカンさんはいいとして、この√って子の格好……
いわゆるあれか、ゴシック衣装?パンクってやつか?
レースのついた蝶柄の黒い服。所々にベルトの装飾があり、首には首輪型のベルト。
よく見れば化粧もどことなくダークな感じ。
しかしこれが妙に似合っている。いや、元が良いのもあるのだろう。
それによく見れば綺麗な顔立ちをしている。
既に、ヨネちゃんさんとカッキーさんは、この√って子に夢中のようだ。
先ほどから話題は常に√って子に振られている。
「あの、そろそろ今回のお題を……」
たまりかねて俺がそう言うと、カッキーさんが、
「あっ、そうだな」
と返事をし、周りもそれに習うようにしてうんと頷く。
やがて、各自思い思いの品がテーブルの上に置かれた。
ちなみに俺はすぐに深々と頭を下げ、今回はギャラリーとして参加した事を告げた。
そんな俺に対して、ミカンさんは、
「気にしなくて良いですよ、参加してくれただけでも嬉しいですし」
と、笑顔で気を使われてしまった。
ミカンさん良い子だな、ポイント高い。
さてそれはともかく、最初のお題はヨネさんからだ。
お題は……呪われた心霊写真。
前回のお題と被るものがあったが、まあ呪いの品という事でセーフだ。
ただし内容は酷いもので、この写真を持っていると呪われる、というそれだけだった。
写真には赤い模様のようなものが全体に浮かんでおり、正直素人目に見ても、ただの現像ミスにしか見えない。
因みに呪いは撮った人間と連絡がつかないとの事。
今頃家でスマホでも弄ってるんじゃないですか?と言いたくなったが止めておいた。
続いてカッキーさんの番となったが、
「なんだよヨネちゃんも心霊写真かよ、ははははっ」
と、大笑い。
ようは被ったって事だ。
写真の内容は、カッキーさんの祖母の葬儀の写真で、そこに写る写真の祖母の顔が、たまに睨めつけるような顔に変わる、というものだった。
が、今回はそのたまに、には当てはまらなかったらしく、しばらく皆で写真を見続けたが、結局何の変化も見られなかった。
心霊写真ですらねえじゃねえか。
続いてミカンさん。
「これ、夜中に一人で勝手に動いてるみたいなの!」
そう言って見せてくれたのは、
「ああ、あの年がら年中蜂蜜ばかり食べてる……熊の○○さんだっけ?」
ここではあえて、世界的に利権の強い熊とだけ言っておこう。
「動くって、どういうふうに?」
俺が聞くとミカンさんは深刻な顔で答えた。
「いつもこれを抱いて寝てたんだけど、朝起きたらベッドの外にあったの」
ミカンさんからは以上だ。これ以上突っ込むのも時間の無駄なので触れないでおく。
最後は√って子の番だ。
この流れだと、どうしようもなくくだらない怠惰な時間を過ごして終わり、というようなパターンになりそうだが……。
「私からはこれ」
そう言って√は、これまた黒いアンテイークなアタッシュケースを開けて、中の物を皆に見せた。
「きゃっ!」
「うわっ、な、何これ?」
メンバーから小さな悲鳴が漏れた。
危うく俺も声を上げそうになったが、何とかそれをのみこむ。
確かめるようにもう一度ケースの中に目をやる。
そこには……
「ミイラ、」
√が投げやりに言った。
そう、ミイラだ。
怪奇もののテレビなんかで見たことがある、あのミイラ。
「これ、河童のミイラだよね?うわぁ、本物だ……」
「マジかよ……初めて見た」
「本当だ、水かきついてる、気持ち悪い……」
思い思いの感想が漏れる。
至極もっともな感想。
確かに、見た目はかなり抵抗がある。
くすんだ茶色に変色したミイラ。
大きさは、膝を真っ直ぐ伸ばせば1mくらい。
膝を折り曲げたような格好をしていて、頭には皿のようなものがある。
顔は原型を留めていない。
手にはやはり河童の定番とも呼べよう、水かきのような物が見える。
「ウギャーッ」
突如聞こえた子供の泣き声に、俺はビクリと肩を震わせた。
思わず辺りを見渡すと、後ろの席に4~5歳くらいの子供を抱っこした、若い母親同士が談笑していた。
赤ん坊いるなら禁煙席行けよ……
などと俺が悪態をついていると、
「これ、持ってた人、みんな火事で焼け死んでるんだよね」
『えっ?』
√の言葉に、メンバーが一斉に声を漏らした。
えっ、死ぬって……いやいや、さすがにそれはないだろ。
よく怖い話なんかで呪われて死んじゃうみたいな事はあるが、現実でそうそう人が死ぬ事があってたまるか。
「火事って、それマジ?」
さすがにほかの男性人も半信半疑のようだ。
苦笑いでカッキーさんが聞き返すが、√は顔色変えずに、こくり、と頷いて見せた。
まあ正直言ったもん勝ちだ。
呪われていなくても、さっきのミカンさんの熊の人形のように、本人が呪われているって言えば、それはもう呪いの代物になってしまうのだから。
「いやあ強烈だねこれは……そうそう、そういえば河童と言えばさ、」
ヨネちゃんさんはそう言って河童にまつわる話をし始めた。
他の皆もヨネちゃんさんの話に耳を傾け、話題は河童の話へ。
それを見て、√はそっとケースの蓋を閉じ、アタッシュケースを傍らにそっと引っ込めてしまった。
やがて各々が河童について知る話を披露し終わった頃、そろそろ解散しようかという事になった。
河童のミイラは強烈だったが、今回のお題は正直に言えば失敗のような気がした。
次回はもっとみんなが参加しやすいものにしたらどうかと、今度ひよりさんにメールしてみようかな。
そんな事を考えながら俺がレジにて会計を済ませていると。
「ねえ」
と、俺を呼ぶ声がした。
√だ。俺の服の肘辺りをつまんで引っ張ってきた。
「えっなに?」
おごれって話なら無理だぞ。
貧乏学生を舐めちゃいけない。
「ちょっと話がある、後でみんなと別れたら、隣の喫茶店に来て」
喫茶店?確か24時間営業の喫茶店があったな……ていうかなんだ?
一体どういう展開だ?まさか美味しい展開ってやつが……
いや、それはないな。
俺は甘い考えを捨て、一体何の罠だと勘ぐる事にした。
「何で?」
そう一言だけ返す。
すると、
「いくよ~?」
出口からミカンさん達が呼ぶ声がする。俺が振り向くと、√はろくに返事も返さないまま、すたこらと店を出て行ってしまった。
「おいおい何なんだよ本当に」
軽くため息をつき店を出ようとした。
「あの、すみませんお客様、お代を……」
レジの女性が申し訳なさそうに俺に言ってきた。
「えっ?」
扉のガラス越しに、俺に頭を下げる√の姿が見えた。
「おいおい……」
これは何かの呪いか?
俺は肩を落とし、仕方なくレジにてメロンソーダの代金を支払い、店を後にした。
女性人を駅まで見送った後、カッキーさん達に呑みにでもと誘われたが、俺はその誘いを断り、店に忘れ物をしたといって、√が言っていた喫茶店を訪ねた。
別にやましい気持ちはない。
とりあえず、メロンソーダの代金分の文句は言ってもいいんじゃないかと思う。
それに、俺は少しだけ気になっていた事があった。
ミイラを見せた後、カッキーさんが河童の話をし始めた時の√の顔だ。
あの時の表情が、なにやらものすごく落胆したような、そんな悲しい顔に見えたのだ。
大して話題にならなかったから?いや、それよりも何か別の思いがあったような気がする。
「本当に来たんだ、あっ、私メロンソーダ」
「あ、はい、かしこまりました」
突然姿を現した√。俺の座っていた席まで来ると、側によってきた俺と同い年くらいの男性店員にそう言ってから、さっきのアタッシュケースをテーブルの上に置き、√はソファーに腰掛けた。
周りの客が一斉に俺たちに振り向く。
やはり目立つか、この女……。
「おい、さっきのメロンジュース代、」
「ここは私がおごるから」
「えっ?あ、ああ……」
さっきの文句を言おうと思ったが、√の一言でもう何も言えなくなってしまった。
まったく何なんだこの女。
「与一は、あ、与一でいいよね?それともお兄様とか呼んでほしい?」
「ぶっ!?……よ、与一でいいよ」
口に含んだ珈琲を噴出しそうになった。
おちょくられてるのか俺は?
「で、その与一に聞きたいんだけど、さっきのミイラ、どう思った?」
「ど、どうって……?」
「私の家さ、両親とも凄く厳しくて、昔から親の顔色ばかり気にして生きてきたんだよね。そしたら何となくだけど、今その人がどんな風に思っているかとか、けっこう分かっちゃうんだ」
「ふうん、それで何が言いたいんだ?」
珈琲から手を離し√に聞き返す。
「さっき、私が皆にミイラを見せてた時、私の事心配してくれてたよね?」
「なっ……」
図星。本当に読み取れるのかこいつ?読心術とかいうやつか?
俺の目の前で、店員が持ってきたメロンソーダをすすりながら√は余裕の表情だ。
「な、なんか落ち込んでるようだったからな……」
咄嗟に俺は付け足すように言った。
「落ち込んでる?ああ、まあね、結局誰も信じてなかったみたいだし」
「信じてって、前の持ち主が火事で死んだって話か?」
「うん。あれ、本当だよ?うちのお父さん、こういう曰くつきのもの集める悪趣味なコレクターでさ。気に入ったものとかたまに私にくれるんだよね」
冗談だろ?プレゼントにこんな物娘によこすのか……?何か色々破綻した親のようだな。
「でも、これ持ってたら毎日変なことが起こるようになってさ、ある日、我慢できなくなって、気になってこのミイラの事調べたの。父親から前の持ち主の名前聞いてね。試しにネットで調べたら、簡単にヒットしてさ、」
「調べたら火事で死んでたってわけか?」
話を聞き終わる前に俺がそう聞くと、√は静かにコクリと頷いて見せた。その表情はどこか不安げだ。
「気にしすぎなんじゃないか?」
たまたま身の周りで起こった事を、その時あった不快な出来事のせいにしたりする事なんて、よくある事だ。
しかもこういった場合、気にすれば気にするほど、どつぼにはまるもの。
「そう思うんなら、これ、ちょっと預かってみてよ」
「はいいっ?」
√がとんでもない事を言い出した。
預かる?このミイラをか?
「気のせいかどうか、その目で確かめてみればいいじゃない」
た、確かに、√の言うとおりではある。
オカルト好きな俺にとっては、願ってもない事ではあるのだが、物が物だ。
が、そんな俺の心配を見透かしたかのように、
「大丈夫、別にケースから出して部屋に飾っておかなくても、ケースの中に入れたままで十分効果あるから」
√がそう言ってアタッシュケースを両手で掴み、ズイっと俺の方にスライドさせてきた。
河童のミイラ……実際には違った生物の骨と骨を、接着剤なんかでくっつけた物だったりとか、その大多数が偽者である事が多い。
最近では作りも本物っぽくて、かなり手が込んでいる物も少なくないと聞く。
まあ同じサークルメンバーのよしみでもある。
ここは何日か預かって、ほら何もなかっただろ?と、安心させてやってもいいかもしれない。
お礼に今度デートでも……って何考えてんだ俺は。
「分かったよ、そんなに言うんならしばらく預かるよ。ただし、俺が何もないって判断したらすぐに突っ返すからな」
「本当に?本当に預かってくれるの?」
「ああ、今のとこは何も感じないし、多分大丈夫だよこいつは」
そう言って俺は右手でケースを軽く叩いて見せた。が、その時だ、
「ウギャーッ!」
思わず体がビクリと反応した。
子供の泣き声。
またか?
思わず振り返る。が、そこには誰もいない。
いや、正確には、店の中には俺たち以外に客はもういなかった。
何?何だ今のは?
「聞こえてたんだ……やっぱり」
やっぱり?√は何を言っている?
「さっきのオフ会の時も聞こえたんでしょ?私にも聞こえたし。与一の顔色で何か分かっちゃたんだよね。あ、この人も聞こえたんだなって」
√はそう言って、両肘をテーブルにつけ、両手を頬に当てながらどこか嬉しそうな顔で俺を見つめている。
「オフ会の時?あっ、あれは後ろの席に子供が、」
そこまで言った時だ、俺の言葉に被せるようにして√が言った。
「あの子供、寝てたよ?」
えっ?寝て……た?
「あれが聞こえてたの与一と私だけだよ。他の人たち、気にもしてなかったでしょ」
そんな……じゃあ今聞こえた赤ちゃんの泣き声は……本物……なのか?
この……この河童のミイラは?
「あ、それと、」
すると√はまたもや俺の心を見透かしたかのように口を開いた。
「私、それが河童のミイラだなんて、一言も言ってないから、クスッ……」
最後にいたずらっぽい笑みを浮かべると、√はケースをお置いたまま伝票だけを持って席を立ち、こちらに振り返りもせず、店を出て行った。
俺の、長くて怪しい夏が……こうして始まった……。
続く。
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