第27話 和やかな再会です。
「――あ、やっと来た。呼び出しておいて時間ギリギリに来るのはやめてくれないかなぁ」
雑草が青々と生い茂る裏手に出ると、瑞稀は建物の作る影の中に入って涼みながら私たちのことを待っていた。そのひどく泰然とした態度に、拍子抜けする。昨日の様子を鑑みるに、てっきり鬼気迫る顔つきで、渡さないなら力づくでも奪ってみせる、くらいは言ってくるものと思っていたのに。
「昨日とは偉い違いだなって言いたげな顔をしてるね、澪ちゃん」
と、そんな私の猜疑心を見越したのか、瑞稀が先手を打ってきた。私は無言の肯定を返す。
「全く、澪ちゃんも疑り深いなぁ。そりゃ私だって、大切な友人かつ可愛い後輩からの熱烈な説得を受ければ、考えくらい改めるさ。実際、意固地になってたところがあるんだと痛感させられたからね。一晩寝て頭が冷えたよ」
「まあ、そういうことなら話が早くていいですけど……」
「……ふぅん、そういうつもりなんや、瑞稀。ま、それならそれでええけど」
唐突に、手元から何やら冷然とした呟きが聞こえてきた。カナや瑞稀には聞こえていなかったようで、二人は反応していない。なんとなく気になったので、「沙条さん?」と訊ねると。
「ああ、なんでもあらへん。改めて、瑞稀とまた話ができるのが嬉しうてな。――瑞稀、こうして面と向かうのは久方ぶりやな。元気しとったか?」
ニコッと花のような微笑みを浮かべながら、瑞稀に話しかける沙条さん。その表情に陰りのようなものは見られない。私の気のせい、だったのだろうか。
呼びかけられた瑞稀が「ぼちぼちだよ」とありふれた返答をしながら、足元に置いていた霊槍を携えてこちらに歩み寄ってくる。手鏡を覗き込むと、今まで飄然としていた瑞稀の顔つきが変化した。沙条さんも同様だった。二人共、こうして相手の顔を見たことでこみ上げてくるものがあったのだろう。しばし、お互いに黙り込みながら真剣な眼差しを向けあっていた。
「……っ、はは! ちょっと、なに急に神妙な顔つきで黙りこくってるわけ? 私の顔に何かついてた? それとも、惚れ直してでもくれてたの?」
「は、はぁ⁉ なわけあらへんやろ、このバカ瑞稀……! 感動の体面やってのに、第一声がそれかいな。あんた、昔はもっと真面目そうな性格やなかった?」
「そりゃ、六年も生きてれば多少の処世術くらいは身につくよ。ジョークの一つや二つくらい、私でも言えるようになるっての」
瑞稀が吹き出したのをきっかけに、親しげに言葉を交わし合う二人。今の瑞稀の表情はこれまでに見たどんなものとも異なっていて、韜晦しているわけでもなければ斜に構えているわけでもない、リラックスして肩の力を抜いているような面持ちだった。それこそ、教室の隅で歓談してる仲のいい友達同士、みたいな雰囲気。あの途轍もなく胡散臭い瑞稀でも、沙条さんの前では素直に笑ったりするんだな、と意外の念に駆られた。
カナも似たような感想を抱いたようで、私達は目を見合わせる。無言のまま目線だけで会話して、席を外したほうがいいよね、という結論に至った。私は瑞稀に手鏡を差し向けて、顎をしゃくる。だが瑞稀は、手鏡を受け取るどころか私の手元にずい、と押し返してきた。
「駄目だよ、澪ちゃん。その霊具、霊魂がもう一人憑依してるんだろ? たとえ一時的であっても、無関係の人間である私は受け取れないよ。何かあったときに責任が取れないから」
「あ、そっか」そういえば、エアさんのことをすっかり失念していた。どうしよっか、と私はカナと二人で顔を見合わせる。
「というかさ。よく考えたらエアさんがいる時点で、二人っきりにしてあげるの無理じゃない?」
「いや、不可能ではないよ。心象世界に行けばいいだけもん」
カナがサラッと妙案を出してきたので、私はなるほど、と手を打った。瑞稀もこの案に異存はないらしく、早速、左目の眼帯を取る。現れた眼球は、私の右目と同じくプリズムみたいな虹色にキラキラと輝いていた。自分の手放した魔眼が他人の眼窩にはめ込まれているのだという事実に、不思議な心持ちがした。
「あ、待って。どうせなら、澪とカナも一緒に来てくれへん?」
唐突に沙条さんがそんな申し出をしてきたので、私とカナは面食らう。私達も行ったら、二人きりになれないと思うんだけど。
「うちとしては、あんたらにも見届けて欲しいんよ。うちと真琴の、終わりっていうやつを」
畏まった態度で言ってくる沙条さん。旧友に別れを告げてこの世を去ろうとしている霊魂にそんな言葉を投げかけられれば、私もカナも断ろうとは思えない。あんまり気軽に他人の心象世界に入るのはどうかとも思うけど、わかりました、と素直に了承した。
「でも、瑞稀さんとしてもそれでいいんですか? 私達がいて」
「私としては一向に構わないけど? むしろ、第三者の目があったほうが互いに理性的に話ができていいんじゃないかな」
瑞稀はなおも飄然とした顔つきで言ってくる。いやに聞き分けがいいけれど、当事者である二人がそうしてくれと言っているのだから、私達は希望を叶えるべきなのだろう。
「カナの魂抜けは澪ちゃんにお願いしていいかな? 私のは無理やり移植したものだから、脳にかかる負荷が洒落にならなくてね」
「あ、はい。わかりました。それじゃカナ、行くね?」
カナがコクリと首肯する。私も右目の眼帯を取り、普段は覆い隠されている虹色の輝きを白日の下に晒した。カナの魂を凝視して、ベクトルをくるりと方向転換。鏡の中の、沙条さんの魂へと差し向ける。同様に私の魂の出力先も沙条さんの霊魂へと変更させる。瑞稀も自身の魔眼を用いて、魂の向き先を変えているのが見て取れた。こうして自分以外の誰かが魂抜けを行っているのを見るのは新鮮だったけど、次第に私の意識は薄れてそれも認知できなくなっていく。ここではない別の世界へと誘われる浮遊感に身を委ね、私は意識が覚醒するのを待った。
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