第一章 望まれた英雄

第9話











 ユウヒはレッドカーペットの上で跪いていた。

 そうしてくれと言われたので仕方がなく。


 まだ包帯やらガーゼやらがある身体を式典用のスレイヤーズの軍服で隠し、ユウヒは頭の中で早くこの長ったらしい行儀が終われと願っていた。

 ユウヒの目の前には目を瞑った白髪の美女が立っている。白いドレスに身を包んだ彼女をこの東京シティで知らない者はいないだろう。


 ミナモト・マリア。


 この東京シティの象徴とも言える「天啓姫」と呼ばれる存在だ。その立ち位置は十年前で言うところの天皇制度に似ている。違う所は政治にも関わっているところか。

 とは言ってもユウヒは尊敬もしてないしどうでもいい存在だ。他の東京シティの市民は敬っているようだが、それはユウヒには関係がない。

 しかしこうして見れば儚げな美人なので目にしている分には毒にはならない。マリアが常に目を閉じている為か、何処か神々しさのようなものを感じられた。


「貴方の戦いはこの東京シティの人々を救いました。貴方がいなければ多くの超獣がこの東京シティに侵入し、この東京シティは亡きものとして歴史から消えていたでしょう───」


 隣に立つ燕尾服の男性が持つ箱から、マリアは金で作られた星型の勲章を手に取った。

 ユウヒは立ち上がると敬礼を行う。


 その過程でユウヒはマリアの隣に立つ袴姿の壮年の男を睨みつけた。


 袴姿の男は何も言わず厳しい顔でユウヒのことを見据えている。


 が、式典の最中。ユウヒはすぐに視線をマリアに戻す。マリアはその繊細な手でユウヒの胸元にその勲章を取り付ける。


「これは人々の感謝の表れ。シティの平和に貢献した贈られる最高勲章……星守護英雄勲章。それを今、私の名のもとに貴方に贈呈致します」


 マリアがそう告げれば、カメラのフラッシュと割れんばかりの拍手が会場を満たした。

 しかしどれ程の賞賛も、賛美も、感謝も、ユウヒには無意味なもので、ユウヒはその式典の最中ずっと無表情のままであった。














 ****














「お疲れ。でもつまらなさそうな顔は隠しといた方が良かったぞ」


 ユウヒは会場の裏手にひっそりと停められていた車に乗り込むと、運転席にいるボサボサの髪から犬の耳を生やした、相変わらず目の下に酷いクマがある少女にそう言われた。

 マオである。

 ユウヒは最初、マオが運転免許を持っていることを信用していなかったが、免許証を見せられマオがこの見た目で22歳だということに気付かされた時は後ろに転ぶ勢いで驚いていた。


「実際つまらなかったですし、私はああいうの嫌いなんですよ」


「同感だ。だがお前は英雄様だから仕方がない」


「祭り上げられただけでは」


 ユウヒは東京シティの英雄と称えられた。

 単独でカテゴリー3の超獣が崩壊した外縁壁から侵入しないように戦い続け、シティの被害を最小限度に抑えたのだ。

 しかしユウヒは自分の功績は凄いものだという感想は抱いておらず、寧ろカテゴリー5を追い払ったスレイヤーとカテゴリー4の空を飛びながら爆撃してくる超獣を倒した者の功績のが大きいと考えている節があった。


「お前の功績のでかいところは単独って所だよ。単独でカテゴリー3をバタバタ倒す人間がランク1000位の筈がない」


 マオは一頻り会話をすると車のエンジンをかけて走り出す。

 ここは東京シティの中央、上級都市であり第二の「壁」が存在する直径五キロ程度の広さの都市だ。

 ここには政治機関の中枢が存在し、正規軍の司令部や、シティの重鎮、企業の重要役人などが住まうエリアとなっている。

 この上級都市に入ることが出来る者は限られており、東京シティにおいて超獣面、犯罪者面からしても最も安全な場所と言われている。

 なにより警備に当たっている者達が金持ちに雇われたナンバーズや、正規軍のエリート兵であることからここに攻撃を仕掛けようとすれば返り討ちに合うどころか完膚なきまでに叩き潰されることになる。


「で、上級都市に引っ越すのか? ランク33位」


 マオが嫌味ったらしく聞いてくる。この数日間でマオとの仲は大きく深まっている。マオもユウヒに遠慮が無くなっていた。


 ユウヒはランク33位へと昇格していた。

 ランク101位〜999位台を飛び級してナンバーズ上位へと至ったのである。

 ランク事態を最終決定するのは中枢AIであり、ここでの不正は不可能。賄賂などでランクを上げることは不可能な仕様となっている。


「姉さんの関係もありますし、私は一般街でいいです」


「普通のスレイヤーなら欲望に目が眩んで上級都市に引っ越すのに、お前は相変わらずユキのことしか頭にないな」


「私は姉さんを守れればなんでもいいんですよ」


 ユウヒは車の助手席から窓の外を眺めながら呟いた。高級な店が立ち並び、身なりのいい人間たちが幸せそうに歩いてある。まるで一週間前の出来事がなかったかのように、それとも考えてすらいないのかもしれない。


「ここで悠々と暮らしてる人達は外での事件など興味がないんでしょうね」


「東京シティってのはそういう風に仕組まれた。貧民層、平民層、富豪層。全体の数パーセントをサボらせ、全体の数パーセントを不幸にすることで、平民層を真面目に働かせる。ああなりたくない、あそこを目指したいってね。残念だけどその効果は絶大だ」


 マオは全部知っているかのように話した。

 多分全部知っているのだ。この人間は。

 ユウヒも察しが悪いわけではない。マオは東京シティにとってかなりの重要人物であることには間違いない筈だ。


「そして東京シティにそういう仕組みを作ったのはお前の親父さんだ」


「……私はアレを父などと認めませんがね」


「ユウヒとアレは全くの別モンだ。あんな怪物見たことがない」


 ユウヒも人の子であり父と母がいる。

 父が日本人で、母がイギリス人らしい。らしい、というのはユウヒは母親の顔を見た事がないのだ。聞いた話では育児放棄してさっさと逃げてしまったとのこと。ユウヒとユキは幼い頃から親戚の家に預けられていたし、親戚の家でも煙たがられていた。


 そして父だが────式典でミナモト・マリアの隣にいた袴姿の白髪をオールバックにした男がそれだ。


 アラキ・カジ。

 東京シティの政治中枢に巣食う怪人。


 ユウヒは父親が嫌いだった。

 そもそもアラキ・カジと血が繋がっているという事実が心の底から嫌だった。


「てかお前が荒木家当主の娘とは驚きだ」


「あんなのの娘に数えないでください。気持ち悪い」


「お前がそこまで嫌うなんてな。て言ってもお前は初対面の人間のだいたいが嫌いか」


「アレは特別ですよ。本気で嫌いです」


 ユウヒは苛立ったような不機嫌そうな顔でアラキ・カジに対する愚痴をこぼした。

 ユウヒが家族として親愛を抱いているのはユキだけである。生まれた時から今まで唯一の家族はユキだけで、ユキはずっとユウヒのことを守ってくれていたのだ。


 マオの運転する車両は上級都市の防壁を通り抜け、一般街へと戻っていく。

 一般街ではまだつい先週のあの事件の被害の跡が残っていて、そこかしこで復旧作業が続いていた。

 先の事件は「東京シティ外縁壁崩壊事件」と名付けられ、多くの死傷者を出しニュースで大々的に取り上げられた。


 メディアは総じて正規軍の責任にしていた。

 正規軍が推し進めていた外縁壁拡張計画の影響で超獣達を刺激し、カテゴリー5が攻めてきたのだと口を揃えて非難する。

 外縁壁拡張計画は延期になり、再開するかどうかは不明。正規軍の立場も危うい状態となり、計画を主導していた幹部達は見事に切り捨てられていた。


 しかしユウヒは妙な違和感を覚えていた。


「あの程度でカテゴリー5が襲撃してきたのはおかしいと思いますけどね。偶然通り掛かったのだとしても、出来すぎてる」


「それはそうだ」


「スレイヤーズと正規軍に困って欲しい人がいるんじゃないですか。東京シティのスレイヤーズも結構人員失ったんでしょう?」


「残念だが、私もその辺は詳しくない。ただスレイヤーズと正規軍に被害を与えたい連中がいるとするならそれは”崩壊主義者”だな」


 ユウヒの問いにマオはハンドルを片手で握り、色黒の炭酸飲料を手に取りながらそう答える。

 崩壊主義者はユウヒも知っている。シティに住む者なら超獣の次程度には恐れている存在だ。

 彼らは簡潔に言ってしまえば「超獣を信仰している集団」であり、もっと簡潔に言ってしまえば「テロリスト」だ。


「奴らの情報は上手く掴めないんだ。同僚だった奴が崩壊主義者だった、なんてことはよくある。恐らくスレイヤーズや正規軍の内部にもそう言った奴はいるだろうね」


「この狭い壁の中で隠れてると?」


「壁の中と言っても目が届かない場所は多い。外縁街とかそうだろ。それに崩壊主義者にはスレイヤーズランク上位に匹敵する連中もいる。迂闊に手を出すと被害を被るのはこちら、という訳だ」


 マオは一般街の中で車を運転していきながらそう話す。目的地はスレイヤーズ本部だ。

 この車もスレイヤーズからの借り物である。マオの所有物ではない。


「ま、崩壊主義者よりもやべぇ奴がこの東京シティに─────────ッ!」


 マオが咄嗟にブレーキを踏んだ。

 急ブレーキにユウヒの体は衝撃を受ける、ということはなく尋常ではない体幹でなんともなかった。

 ユウヒはすぐにマオがブレーキを踏んだ理由に気づいた。


 それは道路上につい数秒前までは居なかったはずの人影が立ち塞がっていたからだ。

 薄紫の髪をツインテールに縛り、表生地が黒、裏生地が赤のマントを風に靡かせて、不敵な笑みを浮かべながらその金色の瞳でこちらの事を見据えていた。


「なんですか、知り合いですか」


「…いいや。多分知り合いかどうかでいえばお前のが知り合いだよ」


「…嫌なんですけど。逃げると言う選択肢は」


「あいつな、多分スレイヤーズで一番脚が速いんだ。戦闘機と追いかけっこしても勝つだろうさ」


「…”狂人”か」


 ユウヒは少女のことを見据え、これから戦いが始まりそうな予感を感じ取った。







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