第2話











 くずれたビルの瓦礫の上、ユウヒは瓦礫のひとつに腰掛けて対面に腰かけている少女、ユキのことをながめていた。


 ユウヒとユキは十年前にわかれた姉妹であった。


 ユキはユウヒの目の前で何者かにさらわれ、ユウヒは逃げて超獣と遭遇し、気をうしって目を覚ましたら医療施設にいた。

 ユウヒはそこで自分がとある女性に救われ、自分がニューであるということを告げられた。ユウヒはしばらくの療養期間の後にその女性にユキを助けるための力が欲しいという覚悟を告げて、その女性に鍛錬たんれんを受けつつ外縁壁完成後、スレイヤーズアカデミーへと入学をたした。


 そして今に至る。

 スレイヤーズアカデミーで何もなかったわけではない。だろう。


「姉さん、あの時は私だけ逃げて…本当に謝罪だけでは済みませんよね」


「正しい判断だったと思うのだ」


 ユキの態度はまだぎこちない。チラチラとユウヒのことをうかがっていてどうせっすればわからないといった様子であった。


「あの時はみんな生きるのに必死だったのだ。それに…七歳の子供が銃を持った大人に勝てる訳がないのだ」


「奴らはなんだったんですか? なんで姉さんを連れ去ったんですか」


「…このシティの都市伝説は知ってるのだ?」


 その質問にユキは真面目な表情をかべて逆に質問をユウヒにぶつけて来た。ユウヒはアカデミーの生徒間でうわさされていたある都市伝説を思い出す。


「十年前に人体実験が無数に行われて対超獣の兵器が…とかいう話ですか?」


「そうなのだ。利用された実験体は孤児だったのだ」


「…都市伝説じゃないんですね」


 ユキはうなずく。

 そうなるとユウヒはユキがどんな目にあったのかをおのずとさっして、血がにじむほどに拳を握り締めた。


「そいつらはどこに?」


「もういないのだ」


「死んだんですか?」


「超獣に施設を襲われて全滅。”最初の科学者達”の技術はそこでうしなわれたのだ。そしてわずかに継承された技術がこの箱庭を支えてるのだ」


 最初の科学者達、というのはユウヒには聞き覚えのある単語であった。それはアカデミーの教科書にもっていたし、十年前の英雄の名前を調べればその単語が必ず出てくる。


 十年前の外縁壁建設にもっと貢献こうけんした、世界中の天才的な科学者が集まった組織で「対超獣結界」と呼ばれるシティに超獣が近づきにくくなる機構を開発したのも最初の科学者達である。

 最初の科学者達は超獣に襲われて全員死亡してしまったが、彼らがシティに残したものは偉大なものであった……と教科書ではつづられていた。


「ユキさんは命からがらその施設から逃げたのだ。外縁街に隠れて、この十年をやり過ごしてきたのだ。とはいっても、ユキさんには兵器としての力は一切ないただの貧弱なニンゲンなのだ」


 ユキは瓦礫の上で胡座あぐらをかきながらそう話した。

 そして自分の白い髪をさわりながら「これも実験のせいでこうなったのだ」と付け加える。


「ゆーちゃんのことは街のテレビで見てたのだ。アカデミー卒業おめでとうなのだ〜」


「…ありがとうございます」


「おめでとう」と言われてもユウヒは素直に喜べなかった。ユキの境遇にずっと気づけなかった自分と、アカデミーでの”ある事件”がずっとユウヒの脳裏をむしばみ、ユウヒ自身を呪っている。


「”彼女”のことは残念だったのだ」


「!」


「でもゆーちゃんは彼女の意志を確かに受け継いでるのだ。こんな所でへこたれてたら、彼女に笑われるのだ」


 なんで知っている、とは聞けなかった。ユウヒのことはメディアが放送しているし、知らない間に何処かの新聞会社に取り上げられていてもおかしくはない。


 そしてユキの言葉、「彼女の意志を受け継いでいる」という言葉はユウヒの心を少しだけ満たしてくれた。


「……ええ、そうですね。姉さん」


 ユウヒはスレイヤーズに加入するか迷っていた。自分なんか相応ふさわしくないと、何処かで考えていた。

 だがユキの言葉はユウヒを決心させるには十分で、ユウヒはまた「守るべきもの」を手にした。

 強くならなければならない。

 ユウヒはそこでスレイヤーズに加入することを心に決めた。


「…ところで姉さん。住む所って」


「さっきの変な男どもに追い出されたのだ」


「殴っただけでは足りなかったですかね」


「髪の毛むしるくらいはしてよかったのだ」


「…取り敢えず、私の家で住みませんか?」


 ユウヒの提案にユキは眉をしかめたが、それはユキにとっても魅力的な提案だったためユキは渋々といった態度で了承した。


 姉妹はそうして再会し、ユウヒの空虚だった日常にユキという色彩が現れた。














 ****














 スレイヤーズ。

 正式名称は対超獣討伐組織スレイヤーズであり、シティを支える主要な組織の一柱を担う他、シティの住人達から圧倒的なまでの支持と憧憬どうけいいだかれた名誉ある職務である。


 それがこの十年の信頼できずかれたスレイヤーズであり、子供達に将来何になりたいかと聞けば十人中十人スレイヤーズになりたいと言うだろう。


「東京シティはスレイヤーズの活動が活発らしいですね」


 ユウヒは窓ひとつない黒塗り建築物を見上げながらそう話した。

 ユウヒ達のむ「東京シティ」の比較的中央に位置する、漏斗ろうとをひっくり返したような見た目のこの建築物こそがスレイヤーズ東京シティの本部である、「スレイヤーズ東京シティ中央本部」と呼ばれる建物で、大体の人間が本部と呼んでいる。


「活発にしなきゃいけないのだ。なにせランク一桁が一人もいないシティなのだ」


「ランク一桁…ですか」


 ユウヒは脳裏にとある女性のことが浮かんだが、すぐにそれをはらう。今どこで何をしているかなんて検討がつかない。


 ランク、というのはスレイヤーズが独自に儲けた実力を指標とした順位制度のことだ。

 世界中のシティを合計すれば、スレイヤーズは一千万人以上存在する。今の世界人口が十億人程度であることから、とてつもない数の人間がスレイヤーであるということがうかがえる。


 ランクは一千万以上まで存在していて、スレイヤーズが管理している中枢AIによって活躍や実力、実績などからけられる。

 スレイヤーズアカデミー卒業生は成績によってはランク一万位台からのスタートが保証されていて、まれに”例外”がランク1000位台からスタートする。


 そしてその”例外”とはユウヒのことでもある。


「まあ行きましょうか」


「ユキさんは待合室にいるのだ」


 多くの人がう幅広の階段を登り、ユウヒとユキはスレイヤーズ本部に足を踏み入れた。

 スレイヤーズ本部のエントランスは近未来的な内装の、一言で言ってしまえば役所のような設備が連なっていて受付の職員がひっきりなしでやってくる人々を案内している。


 ユウヒは入口付近に設置されている機械から「147」と書かれた受付表を受け取ると待合室のソファへと向かおうとしたが、ふと死角から近寄ちかよってくる何者かの気配に気づいて振り返る。

 そこには一人の男がやや驚いたような顔で立っていたが、すぐにつくろうとユウヒに言葉をなげかけてきた。


「アカデミー卒業生のユウヒ様ですね?」


「そうですが」


「スレイヤーズ受付係のマサダと申します。ユウヒ様の案内を承っております。今回はスレイヤーズへの登録でお間違いないですか?」


「はい」


「かしこまりました。…そちらの方は?」


 マサダがユキのことを見た。

 ユキは手をヒラヒラさせながら「ただの付き添いなのだ」と言おうとしたが、それよりも早くユウヒが「姉です」と得意気な顔で話していた。


「お姉様でございましたか。どうされますか? ご同行されても問題はありませんが…」


「ここで待ってるのだ」


「え」


「え、じゃないのだ。こういうのは一人で行くのだ〜」


 ユキは単純に堅苦しいのが苦手なので行きたくないだけのようだ。ユウヒは少しだけ残念そうな顔をしたが仕方がないとり切ってユキを置いてマサダの後をついていくことにした。


「アカデミー卒業生にこのような案内がつくというのは初めて聞きましたが」


「ユウヒ様は特例です。アカデミー在籍中にカテゴリー3を単独討伐した実績を持つような方が、ランク一万位台からのスタートはおかしいと上層部が判断したのです。支部長の協議の末に、ユウヒ様はランク1000位。本来であればもっと上位ランクでもおかしくはありません」


 ランク1000位〜10,000位台は歴戦の猛者が集うようなランク帯であり、それこそ「ベテラン」と呼ばれるようなスレイヤー達がその身を置いている。

 ユウヒはアカデミー卒業生にも関わらずその最上位である「1000位」。これはアカデミーの歴史においても前例がない異例の事態だった


「上層部はユウヒ様がナンバーズに匹敵ひってきするとも考えています。今後の活躍次第ではナンバーズの一員になるのも夢ではない、と」


「ナンバーズですか」


 ランクなどユウヒにとって心底どうでもいい称号だ。

 だがそんなユウヒでも一度は耳にしたことがある「ナンバーズ」。

 それはスレイヤーズ達の最高峰、ランク100位以上の者達のことを指す。彼らはスレイヤーズの最高戦力であり、ちまたではその知名度も高くアイドル的な人気をはくしているそうだ。

 が、ユウヒにしてみればその「ナンバーズ」も心底どうでもいいものだった。ユウヒは元より上など目指していないからだ。


「こちらです。こちらでキシベ本部長がユウヒ様のことをお待ちです」


 マサダが高級そうな木材で作られた扉をノックすれば「どうぞ」という女性の声が中から聞こえてきて、扉がマサダの手によって開かれる。


 開かれた扉の先には整理整頓された小綺麗な書斎が広がっていた。その奥。外から見た時は確認できなかったはずの壁一面を担う大型窓の側に一人の女性がこちらに背を向けて手を組んで立っていた。

 茶髪のローポニーテールでワイシャツとスーツズボンを履いた女性であった。


「マサダくん、下がっていいよ」


「かしこまりました」


 女性が一言そういえばマサダは一礼して速やかに部屋から退出する。ユウヒは女性の後ろ姿だけを見ていたが、その女性がかなりの実力者であることを見抜いていた。


 女性は振り返るとそのをユウヒに向けた。


「初めまして、ユウヒさん。妹がお世話になったようだね」


「……まさか」


 キシベという苗字には聞き覚えがあった。


「私はキシベ・シオリ。キシベ・アカネの姉だよ」


 その言葉はユウヒが驚くには十分な効果を発揮した。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る