第70話 柳龍二に託された予告状

 夏休み前のことだった。俺は親から振り込まれた金を下ろして、金の入った封筒をカバンにしまうことすらせずに手に持ってプラプラと不用心に歩いていた。そして、ひったくりに遭った。


 何も特徴のない犯人、バイクだったが、視力2.0以上を誇る柳がバイクのナンバーを覚えてくれていたおかげで超スピード逮捕が実現した。


 警察署で現金を受け取り、出てきた時だ。

 俺は、初めて警察署なんて行って、柳の父親が優秀な警官であることから丁寧な対応を受けテンションが上がっていて、大声で柳の父親のこと、柳のおかげで犯人が逮捕されたことを話していた。


「犯人グループの仲間が警察署の周りにいたのかもしれないね」

「柳の親父さん、少年捜査課だから普段から世話になってたんだろう」

「ごめん、柳……俺のせいで」

「気にすることはない……呂久村くんのせいじゃないよ。それよりも……これ」


 左手でポケットから紙と写真を取り出す。

「一条?!」

 写真は、女装甲子園のステージに立つ一条をローアングルから撮った写真だ。

「なっ、なんだこれ!」

 受け取った俺の手からひったくるように一条が奪い取る。


 手紙の方を広げると、クソ汚ったない字で

「この女をさらいに行く。かくしたりしたら女装甲子園実行委員にこの女が女だと密告する」

 と書かれている。


「え! 一条が女だってバレてる?!」

「なんで?」

「一条より細い女装男子だっていたのに」

「女装甲子園に女が出るなんて誰も思わないだろうに」


「ごめん、一条くん……謝らなければならないのは僕だよ。僕のせいで、君を危険にさらすことになってしまった。こんな、脅しを受けてしまうなんて……」

「柳のせいなんかじゃない。自分を責めるのはよせ」


 いつもキレイに整えられているが、今は乱れた金髪の頭を静かに振った柳が目を伏せる。


「父親からそんな目立つ髪型は身の安全のためにもやめろって言われてたんだ。でも、モテたかったから続けていた僕の責任だよ。いつ逆恨みされるか分からない自分の立場をわきまえて、親の言うように大人しく生きなきゃいけなかったんだ」

「お前は悪くねえ。何があっても俺が守ってやるから大丈夫だ。お前はお前らしく生きろ」

「佐藤くん……ありがとう、佐藤くん」


 隠れヤンキーのくせにどの口が言う。任侠魂から出た言葉に、柳は目をウルウルさせている。


「たしかに、女の優を女装甲子園に出場させたのはこちらに非がある。でも、こんな暴行を受けて向こうの言いなりになる必要はない。優を隠そう。密告したいならすればいい。向こうの罪の方がよっぽど重い」

「それなんだが……一条くんが女だとなれば、当然優勝は取り消され賞金を返金しなければならない。言いにくいんだが、僕はもう全部使ってしまった」


 柳の言葉に、誰も何も発しなくなった。

「あの……みんなは?」

 誰も何も言わないから、柳が尋ねた。


「悪い、俺ももう全額使った。ずっと欲しかったVHSのデッキとVシネ全53巻のテープと最新のブルーレイディスクプレーヤーとブルーレイを買って映像の違いを楽しむために」

「任侠映画に20万も使うなよ!」

「一番有意義な使い方だと思って」


「悪いがボクもない。前から言っていた通り、ウィッグ代を支払った。明翔は?」

「俺は食った」

「は?! 金を?!」

「そんなわけないじゃん。夏休みの間、腹が減るたびにそこら辺の店に入って食ってたらいつの間にかなくなってた。深月はへそくりにしたんだろ?」


「実は投資しようと思ってゲーミングPCを買った。周辺機器もそろえたら20万じゃ足りなくてヤバいくらい金ない」

「なんでそんなもん買ったんだよ!」

「うっせー、颯太。だから投資だよ。ゲーム実況とかやって動画あげて稼いだら20万よりいくんじゃね? と思って」

「動画の収益化を甘く見るな、深月!」

「そんな簡単に稼げる世界じゃない! 考えが甘いんだよ、呂久村!」


 颯太と一条がえらい剣幕だ。このふたり、さては収益化にチャレンジして失敗してるな。


「誰も、金残ってないのか……」

 明翔が真剣な表情で一条を見る。


「でもさ、柳がこんな大ケガさせられてるんだから、病院に行って診断書とかもらって被害者としてしかるべき手順を踏めば20万以上支払われるだろ」

 明翔が明るく言う。そうだな。ケガさせられた柳には悪いが、その路線で金を引っ張るとして一条を隠すのが最良だろう。


「それなんだが……僕も相手を殴ってしまった。意識を失った隙にここに逃げて、通行人が救急車を呼んで運ばれて行った。容態は分からない」

「え……」


 俺は完全に呆然としたが、颯太ははあ、と息をついた。

「だと思った。その腫れ方、完全に殴った方の骨折の仕方だ。相手は相当なダメージを負っているだろうな」

「え……暴力の面でも柳の方が分が悪いってことか?!」

「そうだろうな。先に仕掛けたのが向こうだというのがせめてもの救いだな」


 そんな……一条を隠して返金する金はない。被害者として堂々と訴えることもできない。

 どうすれば、一条を守れるんだ?!

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