第45話 高崎明翔の照り焼きチキン

 ピーンポーンとインターホンが鳴ると、のんびりとデレが玄関へと歩いて行く。俺がオートロックを開錠してデレに続くと、何かを察したのかツンも軽やかに玄関へと向かう。

 ん? 珍しいな。宅配便でも他の友達でも何なら自分を買った母親が帰って来た時でさえもツンが出迎えることなどないのに。もちろん、俺の帰宅時にも。


 ドアを開けて待っていると、うちは2階だから明翔が階段を猛スピードで上っている音がして笑える。

 明翔は本当に元気だなあ。


 階段から一番遠い角部屋がうちだが、俺が待ってるのに気付くと笑顔でその俊足を遺憾なく発揮する。


「お待たせ!」

「今日のメシ何?」

「鶏の照り焼き」

「照り焼き? そんなん作れんの?」

「簡単だから深月にも教えようと思って」

「いやいや、簡単に照り焼きはできねえよー」

「できるんだって!」


 しゃべりながら明翔が俺ん家に入ると、ツンとデレが揃ってナア、と出迎える。おお、こんな光景初めて見た。

「ツン! デレ! 来い!」

 明翔がひざをついて両手を広げると、それが合図だったかのように2匹のネコが明翔に飛びつく。

 何コイツ、もしかしてアニマルトレーナーだったの?


 両手にネコを抱えた明翔がうれしそうに振り向く。

「俺、9時からのドラマの最終回見たいんだけど、見てっていい?」

「あ、缶えぼ? だったら俺も見てる」

「そうそう!」


 略して缶えぼは、「缶詰のえくぼは宝物」というギャグ系爆笑ラブコメドラマだ。毎週笑わせてもらって、俺も楽しみにしてる。

「缶えぼ最終回前に片付けまで終わらせたいから、早速調理に取りかかる!」

「イエッサー!」


 台所に移動し、しがみつくツンとデレを自由にさせて明翔が手を洗う。

「深月も」

「はーい」


 買い物袋から鶏肉のデカいパックとレタスを出した。

「おー葉っぱだ。野菜じゃん」

「野菜も食わねえとねー」

「あ、てかさ。ここでメシ作ってたら高崎家のメシはどうなんの?」

「ご安心ください、母ちゃんと違って真衣ちゃん料理上手だから」

「亜衣ちゃんは料理できねえんだ」

「深月、うちの母ちゃんに会ったことあったっけ」

 明翔が笑う。通常時の明翔は、母ちゃん思いのいい息子だ。


 女子かと見まがうかわいい顔で鶏肉のパックのラップを荒々しくはがす。あらわになった肉にプスプスとフォークを突き刺していく。まな板を出して、唐揚げくらいの大きさに切っていく。

「うわ、高そうな料理酒ー。深月の母ちゃん料理好きなの?」

「できねえ。だから高いもの使えば味も良くなるだろうって」

「誤った情報を植え付けた張本人か。肉に酒を飲ませてショウガもみこみまーす」

「飲ませてんじゃねえ」


 ビニール袋に入れた肉と酒とチューブからしぼったショウガをもみ込む。

「片栗粉ある? ないって言われたら詰むんだけど」

「知らねえ。こん中にある?」

「あ、あった。片栗粉投入ー!」

 ビニール袋に片栗粉をバッサバサ入れ、空気を入れて風船のようにして上下に激しく振る。


「肉を焼くぞ!」

「フライパンはここに!」


 油を引いて肉を両面焼いていく。

「もううまそうじゃん」

「これだけじゃ味しねえよ」

 いい色に焼けてて、見た目うまそうだけど。


「深月、しょうゆと酒とみりんをこのスプーン4杯ずつこれに入れて」

「はーい。てかまた酒かよ。酔わす気か」

「酔わねえよ。次は砂糖をスプーン2杯分入れて、よく混ぜて。ハチミツある?」

「ない」

「じゃあいいや。深月、しょうゆと酒とみりんは同じ量、砂糖はその半分。これを守るだけで照り焼きはできるんだよ」

「は? 何の話?」

「深月が今照り焼きのタレを作ったって話」


 自分が今スプーンで混ぜている皿を見る。

「え、これタレなの?」

「そうだよ。さあ、そのタレをフライパンの肉たちに注ぐのだ!」

「おうよ!」

 だーっとフライパンに入れて見ていると、フツフツと沸き立ってくる。


「フツフツしたら適当に絡めてー、できあがりー」

「え? 絡める?」

「その菜箸で適当に混ぜてりゃいいよ。できあがりー。火ぃ消して」

 俺に指示を出しながら、明翔はレタスをちぎって平たい皿に盛り付けている。


「レタスの上にそれダーッてして。レタスもタレでうまくなるから」

「すげー、簡単にできたー。これ、照り焼きチキンバーガーとかできる?」

「パンにはさめばバーガーなんじゃね?」


 適当なことを言いながらダイニングテーブルに運び、明翔と向かい合っていざ実食。

「うまい! 照り焼きチキンだ!」

「な、できただろ」

「うん! すげーな、明翔!」

「俺がすげえんじゃねーけど、ありがとう。これならできそう?」

「うん! 切るの肉だけだし」

「切るのがめんどくせえのか、深月は」

「あー、そうかも。材料多いとめんどくさくなっちゃう」

「なるほど、前の炒め物はこれより材料多かったもんな」


 明翔、俺でも作る気になるように考えて今日照り焼きチキン作りに来たのかな……前回もたまには自炊しろって言われてたのに、めんどくさいからって一度も作らなかったことがちょっと後ろめたい。

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