第38話 高崎明翔の吐露

 階段を上がりまず人の来ない防火扉の前で、壁を背にする明翔の顔の右側に壁へと腕を突っ張り、逃げ道をふさぐ。てか、壁ドンと同じ構図だ。


「明翔、変な気起こすなよ」

「変な気って?」

「だから……いくらいとこ同士だからって、同級生の男女が同居とか、普通ありえねーから!」

「男女って……」


 明翔が呆れたように俺を見上げる。

「あの優見て女だと思うかよ。それに、優は5歳から男になりたい男になりたいって言い続けてたんだぞ。俺はずーっとそれを見て来たの」

「ずっと見て来たとか!」

 うらやましい! いつも近くであの美少女を見て一緒に成長して来たとか、正直うらやましい!


「深月こそ、優にどんな気起こしてんだよ」

「え?」

「優は深月が同じ小学校だったと気付いてない。でも、深月は優をよく覚えてる。優は顔だけは俺と同じでかわいいから、一目惚れしててもおかしくねえかもなあ」

 バレてる! 俺が小学生の頃、一条優に一目惚れして片思いしてたことが明翔にバレてる!


 冷や汗だらっだらな俺に、明翔が切実に聞いてくる。

「先に出会ってたのが俺だったら? ほとんど同じ顔なんだよ?」

「あ……でも、明翔は男じゃん」


 いつもの笑顔の面影すら明翔からなくなる。でも……やっぱり、明翔は男じゃん。


「顔だけで優を好きになったくせに。同じような顔なのに、俺じゃダメなのかよ」

「それは……」

 言葉が出ない。たしかに俺は、一条の顔だけを見て好きになった。中身なんて、全然知らなかった。俺が、遠くから一条を見てきっとこういう子なんだろうって、想像して楽しかった。


「深月が優を知ってたって気付いた時から、こうなるような気はしてた。いっつも、優は俺から奪っていく。俺は分け合ったことなんか一度もない。パピコもチューペットも雪見だいふくも、全部全部はじめっから勝手に分け合うのを前提に用意されてただけだ」

「明翔?」

「母親も俺がメシ作って待ってるのを知ってるのに、優がかわいそうだからっていつもギリギリまで優のそばにいて、俺はほったらかしだよ」


 ……仕事で遅いんじゃなかったんだ。明翔のメシ、うまいのに。


「ずっとそうだった。ふたごなのに、姉だからっていつも自分より妹を優先して、それがそのまま子供の優先順位になって。俺の母親なのに、俺より優が大事で。それを優も真衣ちゃんも当たり前だと思ってる」

「真衣ちゃん?」

「優の母親。俺の母親が亜衣」

「あー……ふたごっぽいな」


 前に俺の家で自分で自分の人生を終わらせるってとんでも発言した時の明翔と同じ雰囲気を感じて、胸がザワザワしてくる。

 何か気の利いたことを言って、明翔をいつもの明るい明翔に戻したい。でも、何を言えばいいのか……。


 俺がうじうじ考えてる間に、明翔の方が決断してしまった。


「俺がイヤなら、深月が俺から離れてよ」

 明翔は迷いなく俺の目をまっすぐ見ている。

「え? 明翔、何言って――」

「俺からは離れらんないから。じゃーね」


 いつの間にか逃げ道をふさぐことを忘れて腕を下ろしていた。難なく明翔が階段を下りて行こうとする。

「ちょっと待て、明翔!」

 話を勝手に終わらせるな!


 階段下の壁から一条、颯太、柳がひょこっと顔を出した。

「なんだ、こんな所にいたんだ。一緒に帰ろうよ、明翔。ボクまだ道覚えてないんだよー」

「深月もまたカバン置きっぱなしで飛び出すんだからあ」


 もう話の続きなんてできる空気じゃない。悪い、と颯太からカバンを受け取り、5人で校門を出て帰路につく。


「また明日~」

「バイバーイ」


 門の前で明翔と一条、俺と颯太と柳に分かれた。明翔は俺の方を見ようともせず、ひと言も発さない。


「また明日ね、愛しの呂久村!」

「えっ……そういう冗談はやめてくれる?!」

「あはは!」


 この時だけは明翔が俺を無表情で見たが、焦る俺と目が合うと瞬時にそらして歩き出してしまった。

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