二人の親友が幼馴染の話

月之影心

二人の親友が幼馴染の話

 僕は津川つがわ光輝こうき

 まぁ僕の事はどうでもいいや。

 ちょっと背の高いだけの勉強も運動も平均的な普通の高校生だ。


 僕には気になる二人が居る。


 秋津あきつ健吾けんご安塚やすづか瑛梨奈えりな

 二人とは小学生になって話をするようになった友人で、高校生になった今も親しくしている。

 二人に初めて出会った時、『随分仲の良い二人だな』と思った事を覚えている。

 何をするのも、何処へ行くのも、健吾と瑛梨奈はいつも一緒だった。

 学校の登下校や休み時間なんかも大抵セットで居る。


 健吾は一般的に見てイケメンの部類に入ると思う。

 勉強の方は苦手なようだけど、運動能力だけは群を抜いていてあちこちの運動部から誘いは受けているみたい。

 本人は団体行動が好きじゃないらしく、何処にも所属しない代わりに『臨時部員』として時々手伝いに行って活躍しているようだ。

 そんな活躍に惚れこむ女生徒も大勢居たが、今のところ健吾が誰かと付き合ったという話は聞いた事が無い。


 瑛梨奈はと言うと、好みはあれど大抵の男から見れば美少女だと言うだろう。

 有名アイドルグループに居ても不思議じゃないレベルだと思う。

 それでいて勉強は割と上位だし、『子供の頃から健ちゃんに引っ張られてたから』と言うように割と運動神経はいい方だ。

 性格も明るく、誰彼なく気さくに話せる彼女に好意を寄せる男子は多いが、瑛梨奈も今のところ彼氏が居た様子は無い。


 中学生の頃、二人に訊いた事がある。


「二人って付き合ってるの?」


 二人は一瞬顔を見合わせて固まったかと思ったら、ほぼ同時に吹き出して大声で笑い出した。


「俺と瑛梨奈が付き合ってる?無いわぁ。」

「健ちゃんは幼馴染だよ。付き合ってるわけないじゃん。」


 そう言っているが、クラスの中でもこの二人は付き合っていると信じている連中は多かった。


 高校も僕と二人は同じ学校で、変わらず親しく付き合いは続いた。

 二人の仲睦まじさも相変わらずで、長い付き合いのある僕ですら『本当に付き合ってないのか?』と疑ってしまっていた。

 以前と同じように『二人は付き合ってるの?』と訊いた事もあったが、答えは前と同じ『ただの幼馴染』と言うだけだった。




「おぉい!健ちゃーん!」


 放課後、僕と健吾が学校を出ようと廊下を歩いて玄関に向かっていると、背後から瑛梨奈が健吾を呼んできた。


「ん?どうした?」

「今健吾の母おばちゃんからメール来て、今晩うちのママと出掛けるらしいから健ちゃんのご飯よろしくってさ。」

「あー分かった。てか俺に連絡しろよって話だな。」

「誰かに連絡するだけいいじゃん。ママなんか連絡すら無いよ。」

瑛梨奈の母おばちゃんは言っちゃ悪いがズボラだもんな。」

「光ちゃんも来る?」


 突然瑛梨奈が僕に話を振ってきて驚いた。


「え?あ、いや……うちは母親が家に居るから。」

「そっか。じゃあまた今度だね。」

「瑛梨奈の料理は美味いぞぉ。何せ一流ホテルの料理長の瑛梨奈の父おっちゃん直伝の腕だからな。」

「知ってるって。瑛梨奈ちゃん、今度機会があったら作ってよ。」

「分かったー!健ちゃん何がいい?」

「鶏の唐揚げ。」

「おっけぇい!じゃあ私帰りにスーパー寄って来るから先に帰ってて!」


 瑛梨奈は親指を立てて得意気な笑顔を見せると、僕と健吾の間をすり抜けて玄関で靴を履き替えて飛び出して行った。


「なぁ健吾。」

「何だ?」

「二人って本当に付き合ってないの?」

「あぁ、付き合って無いよ。何で?」

「いや、何処からどう見ても付き合ってるようにしか思えなくて。」


 健吾は顎に手を当てて考え込むような仕草をしていたが、何かに気付いたように僕の肩に腕を回して来た。


「あ~なるほど。光輝お前……瑛梨奈と付き合いたいんだな?」

「は?」

「確かに瑛梨奈って可愛いから惚れるのも無理ないもんな。」

「いや……ちょっと……」

「けど見た目に騙されるなよ?あいつはあれで結構性格キツいからな。」

「ま、待てって……」

「まぁそこは料理の腕でカバー出来るとして、朝の起こし方とか過激だぞ。」

「朝の起こし方?」

「あぁ……ベッドで俺が寝てたらその上にダイブして来るからな。」

「え……」

「あととにかく寝相は悪いからな。起きたら頭と足の向きが反対とか普通にあるんだ。」

「寝相知ってるって……」

「好きなもんはぬいぐるみのペンギンとアーノルド・シュワルツェネッガー。ターミネーターⅡで泣ける女だ。得意料理は鶏関係なら何でも。大体毎日弁当に入ってるからな。それから……」


 朝起こしに来てくれて、趣味どころか寝相まで知ってて毎日弁当作ってくれて……いやいや、別に瑛梨奈と付き合おうなんて事は思わないけど、仮に思ったとしてもこんな男に勝てるわけないじゃん。


「あ~健吾……分かったから……」

「分かったか?けど大事にしてやってくれよな。あんなのでも俺の大事な幼馴染なんだから。」


 全然分かってなかった。


「いいか健吾。」

「何だ?」

「お前、瑛梨奈ちゃんの事何でも知ってるよな?」

「あ~何でもってわけでも無いだろうけど、割と知ってる方だと思う。」

「何でだ?」

「何で?」

「何でそんなに瑛梨奈ちゃんの事詳しく知ってるんだ?って聞いてんの。」


 健吾は僕の肩に回した腕を離し、隣から僕の横顔をじっと見ていた。


「ん~……付き合いが長いからじゃないか?」

「付き合いが長いなら僕だって二人程じゃないけどもう10年近い付き合いがあるだろ?」

「そうだな。」

「でも僕は瑛梨奈ちゃんの事は勿論、健吾の事だって他の友達よりは知ってるだろうけど、そんなに深く知ってるわけじゃない。」

「あぁ……うん……そうかもな……」


 僕はふぅっと大きく溜息を吐いて健吾の方へ向き直った。


「なぁ健吾。お前……瑛梨奈ちゃんの事が好きなんだろ?」


 健吾は僕から顔を背けた。

 それが健吾の答えなのだろう。


「だったら僕が瑛梨奈ちゃんと付き合わせようなんて思うなよ。」


 健吾は無言で顔を背けたままだ。


「大事な幼馴染だって思ってるなら、他の男に渡そうなんてシャレでも言っちゃダメだろ?」

「怖いんだよ……」

「え?」


 健吾が顔を背けたままポツリと呟いた。


「瑛梨奈とは生まれた時からの付き合いで、何をするのも何処へ行くのもいつも一緒だったんだ。」


 健吾はさっきまでのおちゃらけた様子ではなく、妙に真面目なトーンで語り出した。


「瑛梨奈が傍に居て当たり前だった……いや、今もそうだな……それで気が付いたら俺は……瑛梨奈に惚れちまってたんだよ……でもよ!」


 健吾が僕の方に向き直って真剣な眼差しで見てきた。


「もし瑛梨奈に『付き合ってくれ』って言って断られたら……今までの幼馴染として仲良くしてきた関係が壊れちまうんじゃないかと思って……瑛梨奈が俺の傍から居なくなるんじゃないかって思うと……怖くてな……」


 それを聞いて僕は頭に血が昇ってしまった。

 僕は健吾の胸倉を掴んで顔を引き寄せた。


「だったら尚の事、何故僕に瑛梨奈ちゃんと付き合わせようとするような事を言ったんだ?馬鹿にしてるのか?」

「そうじゃない……」

「どう違うんだよ?」

「光輝以外にあんな事言わねえよ……」


 健吾は胸倉を掴んだ僕の手首をそっと掴み、ゆっくり解いた。


「光輝がやけに俺と瑛梨奈の関係を気にしてたから、光輝が瑛梨奈の事を好きなんだって本気で思ってな。だったら応援すんのが親友ってもんだろ?」




 そうだ……健吾は運動神経抜群のイケメンで……


 そして……


 ……誰よりも友達思いな愛すべきだったな。




「はぁぁぁ……」


 僕は大きく溜息を吐くと、健吾の肩にぽんっと手を乗せた。


「すまん。」

「え?」

「僕が健吾と瑛梨奈ちゃんのあまりの仲良し加減を見て、単純に『何でこれで付き合ってないんだ』って思って聞いただけなんだ。それを健吾が深読みしすぎてそう捉えちゃったんだな。」


 僕は健吾の肩から手を下ろして健吾の顔を見た。


「確かに僕も瑛梨奈ちゃんの事は好きだけど、それは『親友として』だよ。健吾を差し置いて健吾から瑛梨奈ちゃんをなんて考えた事も無いさ。」

「光輝……」


 僕は右手で拳を握り、健吾の厚い胸板をドンッと叩いた。


「ぐふっ……」

「怖がる事無いから、お前の傍から居なくならないように言って来いよ。」


 健吾は胸板に押し付けられた僕の拳を握ると、一度だけぐっと力を入れて手を離した。


「いつまでも怖がってるわけにはいかない……ってか?」

「そういう事。」


 健吾は拳を握り、僕の拳をこつんと突き合わせるとさっさと靴を履き替えて瑛梨奈の後を追うように飛び出して行ってしまった。


(付き合いは一番長い奴だけど……ホント分かりやすいだわ……)


 僕は玄関で靴を履き替えると、二人の走って行った方向をちらっと見て自宅への道を一人で歩いて帰った。


 その晩、健吾と瑛梨奈それぞれから『付き合う事になった』とメールが入った。


(何を今更……)


 僕は双方のメールに「おめでとう」とだけ送ってスマホを置き、部屋の電気を消して眠りに就いた。

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