第2話 受け継がれる輝き(おもい)

 それから私たちはパトロールに出かけた。パトロールといってもピクニックみたいなものでね、危険とは程遠い馴染みのルートだった。

 イエイヌは本当に嬉しそうにニコニコしながらついてきていたよ。そして私はといえば慣れないお守りで最初はピリピリしてたんだけど、道の中程に差し掛かるとだれてきてね、ポカポカ陽気も相まってちょっと木陰で休む事にしたんだ。


アムールトラ「ふぃー。」


イエイヌ「気持ちいい所ですね〜。」


アムールトラ「あー、イエイヌ?ちょっと頼めるかな?」


イエイヌ「はい、何でしょう⁉︎」


 私は毛皮からコップを取り出すとイエイヌに手渡した。


アムールトラ「ここから少し行ったところに泉があるから、こいつに水を汲んで持ってきてくれないか。キミも十分飲んでくるといい。」


イエイヌ「分かりました、行ってきます!もしセルリアンを見かけたら、すぐに戻って知らせますから心配しないでください‼︎」


 そう言ってイエイヌは張り切って出かけていった。その後ろ姿を見送りながら、私はため息をついた。

アムールトラ「やれやれ、ようやく一息つけるよ…。誰かを気にかけるって、こんなに疲れるんだ…。」


 そしてこれまでの疲労が一気に押し寄せてきて、私は木にもたれかかりながら不覚にも眠ってしまったんだ。



 アムールトラが静かに寝息をたてていると、樹上から拳ほどの大きさの黒い塊…セルリウムが音もなく忍び寄ってきた。それは彼女の被っている帽子の輝きを取り込むと、グネグネと蠢きながら今度は泉の方へと向かっていった。


 一方泉にたどり着いたイエイヌは、早速コップに水を汲んだ。それから身を乗り出して水面に舌を伸ばすと、存分に水を飲んだ。

イエイヌ「ふー、美味しーい。」


 そうして顔を上げ満足げに舌をぺろぺろしていると、背後からアムールトラの匂いがしたので振り向いた。

イエイヌ「あれ、アムールトラさんも来たんですか?やっぱり直接飲んだ方が美味しい…」


 ここで不意に、イエイヌの声がかき消えた。



 ザワァッ

 突然毛が逆立ち、私は目を覚ました。

アムールトラ「しまった、ついうたた寝してたか…。しかし今のは…?」


 私は勘が鋭かった。たとえ音や匂いがなくとも、これのおかげで数々の危機をかいくぐってきたものだ。それが今、全力で私に不吉を知らせてきた。


アムールトラ「イエイヌ…イエイヌ⁉︎おい、大丈夫かイエイヌ‼︎」


 私はイエイヌの名を叫びながら一目散に泉へと向かった。

 すると泉のわきに全身真っ黒で私とそっくりな姿をしたセルリアンが立っていて、その足元にはコップが転がっていた。そしてそいつは私に気がつくと、顔の真ん中にある巨大なひとつ目でこちらを睨みつけながらゆっくりと身構え始めた。


 あんな姿のセルリアンは、後にも先にも聞いたことがない。けれどもイエイヌがこいつに襲われたんだと私は直感した。

『一刻も早く助けなければ!』

 私はイエイヌを助けたい一心で野生解放をした。全身が金色こんじきの輝きで覆われ、身体中に力がみなぎってゆく。そうして目の前にいる黒い私目掛けて全力で飛びかかった。


ガチィィン!

 するとあたりに激しい音が響き渡った。なんとそいつは避けるでも耐えるでもなく、私の渾身の一撃を自分の爪で防いだ。姿形がそっくりなだけじゃない、野生解放した私と同等の力と技術を持っていたんだ。


 そのあまりの出来事に、私の全身は一瞬硬直してしまった。そして気づいた時には、そいつの爪が目の前に迫ってきていた。私はとっさに顔を逸らしてそれをかわしたんだが…


ドボォ!

アムールトラ「ぐっ…!」


 逆に右の脇腹に強烈な蹴りをモロに喰らってしまい、とてつもない痛みで危うく意識が吹き飛びかけた。どうにかそれを繋ぎ止めたはいいけど、間髪入れず次の一撃が飛んできた。それからしばらくは防戦一方、反撃の糸口を見つけ出すのはおろか、次々と繰り出される相手の攻撃を防ぐだけで精一杯だった。


『このままじゃ負ける!』


 そう判断した私は一旦背後の木まで飛び、太い枝に着地するとすぐさま隣の木へと飛び移った。そうして泉の周りを取り囲むように生えている木々の枝から枝へと素早く飛び回りながら、徐々に眼下の相手との間合いを詰めていった。


 これが並のセルリアンだったらかく乱されてこちらを見失うところなんだけど、そいつは大きな目をギロギロさせながら冷静に私の動きを追っていた。それでもなんとか背後に回り込み、そこから一気に飛びかかった。けど…


 そいつはワザと隙を作って私をおびきよせたんだ。そして振り向きざまに強烈な爪の一撃が唸りをあげながら迫ってきた。もしもまともに突っ込んでたら、間違いなくやられていただろう。


 でも私は攻撃をしたかったんじゃなく、そいつの眼前に“飛び降りたかった”んだ。私のコピーなら樹上から飛びかかって相手を一撃で仕留めるアムールトラの習性を知っているから、ただ着地するなんて思いもよらないだろうと考えてね。


ブオンッ!


 はたして目算が外れた大振りの一撃が空を切り、そいつは無防備となった。爪がかすって帽子は吹っ飛ばされたけど、ようやく私は攻撃のチャンスを掴むことができた。そして勢いよく地面を蹴って突進すると、その顔面にありったけの力を込めた爪を叩き込んだ。


ドグワッ!!!

 その一撃でセルリアンの頭は跡形もなく吹き飛んだ。そして一瞬の静寂ののちそいつの体がぱっかーん!と弾けて、きらめくかけらがあたりに散らばった。


 かなり手こずったとはいえそれほど時間は経っていなかったから、私はセルリアンの残骸から気絶したイエイヌが出てくるんだって確信していた。けど現れたのは、虹色に光る大きな球だった。


アムールトラ「なんでっ…⁉︎これはフレンズが動物に戻る時の現象じゃないか…。駄目だ、お願い帰ってきてくれイエイヌ、イエイヌー!!!」


 私は球にすがりつきながら大声で叫んだ。けどその叫びも虚しく球はするすると縮んでゆき、一匹のイヌが現れた。その子はキョトンとした顔で私を見つめていて、その足元にはイエイヌの輝きの結晶がキラキラと光を放っていたんだ。


アムールトラ「私が気を抜いたせいだ…、ごめんイエイヌ、ごめんよぉー!!!」


 私は叫びながら結晶の前でガックリと膝をつくと、ボロボロ涙を流した。セルリアンに取り込まれたフレンズが動物に戻るところは何度も見てきたけれど、あれほど悲しいと思った事はなかったよ。



サーバル「…どうしてイエイヌはそんなに早く動物に戻っちゃったんだろう?」


アムールトラ「この事件はセントラルパーク中に広まって大きな議論を呼んだ。その中で生まれた推論だけど、あれがヒトの輝きを取り込んだ強力なセルリアンだったからなんだと思う。だから強さだけじゃなく、サンドスターを取り込む速度も桁外れだったんだ。


おそらくこの形見の帽子の輝きから生まれたんだろう。まあ知っての通り一度セルリアン化した物からは二度とセルリアンが生まれないから、被り続けても問題はないよ。あと念のため付け加えておくとフレンズにも似たような性質があって、一度セルリアンに取り込まれて動物に戻ったら、いくらサンドスターをかけてもフレンズにはなれないんだ。」


サーバル「それで、そのイヌはどうなったの?」


アムールトラ「パークで新しい飼い主が見つかって、そこでのびのびと暮らしたよ。イヌは自然の中で一人で生きるより、頼りになる主人と暮らした方が幸せなんだ。」


「それから私は、イエイヌの輝きの結晶を肌身離さず持ち歩いた。まだフレンズになったばかりなのに私の慢心で消えてしまったイエイヌに、少しでも広い世界を見せてあげたくてね。それに、私が同じ過ちを繰り返さないよう一番そばで見守っていて欲しかったんだ。」


「そうして長い年月が流れた。ずっと続けてきたハンターの仕事に情熱を感じなくなり、ふらっとセントラルパークを飛び出してあてもない旅に出た。そして各地でセルリアンと戦っているうちにキミとカラカルという仲間ができて、今では駆け出しの団長をやっている。」


サーバル「そんな事ない。頼りがいがあって憧れの団長だよ、アムールトラ!」


アムールトラ「…そうか。私も少しはマシになってきたのかもしれないな…。ところでサーバル、この結晶、これからはキミが持っていてくれないか。」


サーバル「え、どうして?」


アムールトラ「私はいい加減一人で歩かなきゃならないんだ。逆にキミはまだいろいろと危なっかしい、万が一にも私のような失敗をしてほしくないんだ。」

 そして私は、結晶をサーバルに手渡した。


 サーバルは困ったような顔をしながらそれを見つめている。

サーバル「うみゃ…、よく分かんないけど、これを持ってたら私のドジも減るのかなぁ?」


アムールトラ「くれぐれも無くさないでくれよ。あと、絶対にヒトには触らせない事!」


サーバル「わかった!」


 そこへ、カラカルが木から降りてきた。

カラカル「この先に小さな村があるわ。それと、そこへ向かってるフレンズもいる。」


アムールトラ「ご苦労様。ならそこへ行ってみようか。」


カラカル「あれ?サーバル、なんなのそのキラキラは?」


サーバル「あ、これはね…。えーっと、何から話せばいいんだろう?」


アムールトラ「よしおさらいだ。村に着くまでに、さっき聞いた私の話の内容をカラカルに分かりやすく説明する事!」


サーバル「えーっ⁉︎そんなの無理だよぉー!」


アムールトラ「やる前から決めつけるな!とにかくやってみるんだ!」


カラカル「なになに?詳しく教えてっ!」


サーバル「そんなぁ、助けてよ団長〜!」


 こうしてワイワイ騒ぎながら、ネコネコ団は村へと向かった。でもまさかあんな恐ろしい事が待ち構えていようとは、この時誰も想像していなかった。

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