もうひとつのかけらとふたつの手

今日坂

第1話 …あのう、あなたが私のご主人ですかっ⁉︎


※『わんわんぴーす』本編の二次創作のような位置付けのお話です。


 気の向くまま足の向くままのあてのない旅…、その気楽で束縛のない雰囲気に憧れる者もいるかもしれない。でも面白い事なんてそうそう巡り会えないし、そこにたどり着くまでの道のりはただひたすら単調だ。


そんな代わり映えしない日々に少しアクセントを付けようと脇道に入ったのが運の尽き、今私たちネコネコ団は、薄暗い森の中をさまよっている。そしてやっとの思いで抜けた茂みの先には、見慣れた風景が広がっていた。


アムールトラ「あちゃー、またここに出ちゃった。」


サーバル「この森、適当に歩いてたんじゃ抜けられそうにないね。」


 自分だけならまだしも仲間をやっかいごとに巻き込む団長なんて最低じゃないか…。私は心底自身の軽はずみな行動を悔やんだが、悔やむのはこれで何度目だろうか。そしておそらくこれからも、たびたび悔やむ時がくるのだろう。自分の馬鹿さ加減を痛感した私は、思わず大きなため息をついた。


カラカル「団長、いまさら悔やんだって道は開けないわ。あたし、ちょっとそこらを見てくる。」

 そう言うとカラカルは、高い木をスルスルと登っていった。


 私はそれを目で見送ったあと、おずおずとサーバルに言った。

アムールトラ「すまないねぇ、頼りない団長で…。」


サーバル「ぜーんぜん!別に目的地があるわけじゃないし、このまま野宿でも構わないから大丈夫だよ!」


アムールトラ「ありがとう、優しいねサーバルは…。それじゃあカラカルが降りてくるまで休憩しようか。」


 それから私は草の上に腰を下ろした。すると胸のポケットからキラキラした結晶が転がり落ちた。私は慌ててそれを拾い上げたが、これにサーバルは大いに興味を惹かれたらしく、目を輝かせながら詰め寄ってきた。


サーバル「なにこれなにこれ⁉︎」


アムールトラ「まさか落とすなんてっ…。…いや、そろそろ潮時かもしれないな…。」


サーバル「どういうこと?」


アムールトラ「いい機会だ、話しておこう。これはね…。」





 ヒトに助けられたのちフレンズとなった私は、セントラルパークで暮らす事にした。そして強い力を活かして、ハンターとなってセルリアンからみんなを守る道を選んだんだ。

 そんな腕自慢のフレンズが集まるハンターの中で、私は押しも押されもせぬエースだった。数々の功績を挙げ『青帽の虎』と呼ばれるようになり、もう自分にできない事なんてない!と本気で考えていた。今にして思えば相当自惚れていたよ。


 そんな時、私はセルリアンに追っかけられている1人のフレンズを助けた。セルリアンといってもこいつに取り込まれるフレンズなんていないんじゃないかと思えるくらいの本当に小さなやつで、私は指一本で叩き伏せた。


アムールトラ「おい、大丈夫か?」


?「あ…ありがとうございます!…あのう、もしかしてあなたが私のご主人ですかっ⁉︎」


アムールトラ「ご主人…?なんだそれ?私はアムールトラだ。」


イエイヌ「私はイエイヌです!ご主人を探していたら変なのに追いかけられて!」


アムールトラ「あれはセルリアンっていうフレンズの天敵だ。もしかしてキミは生まれたばかりのフレンズなのか?」


イエイヌ「え…、フレンズ…?」


 そう言うとイエイヌは自分の体を見回し始めた。


イエイヌ「ふぇ、どうなってるんですかこれ⁉︎手がある!それに私、二本足で歩いてる‼︎」


 イエイヌはワタワタしていたが、しばらくすると泣きそうな目で私を見つめた。どうやらフレンズになりたてで何もわからないらしい。そこで私はフレンズやパークについて一通り教えてあげた。

 これがネコ科のフレンズであれば、いくら必要な知識とはいえちんぷんかんぷんな単語の羅列にたちまち飽きてあくびをし始める所だが、イエイヌは全身を耳にして熱心に聞いていた。


イエイヌ「…まだ分からない事も多いですが、ともかくここはジャパリパークで、私はフレンズになった事は分かりました、ありがとうございます!」


アムールトラ「そうか。それじゃあみんなにキミの事を紹介しよう、私についてきて。」


イエイヌ「はい!」


 イエイヌは元気よく返事をすると、尻尾をブンブンと振りながら私について歩き出した。


 そして私はセントラルパークで暮らしているヒトやフレンズみんなにイエイヌを紹介して回った。そしてそれが終わる頃には、すでに日が傾き始めていた。


アムールトラ「それじゃあ後は、キミの好きに生きたらいい。じゃあ、元気でね。」


 そう言って私はお別れしようとしたんだが、どういうわけかイエイヌはピッタリ後をついてきたんだ。


アムールトラ「…?どうした?キミが行きたい所へ行っていいんだよ?」


イエイヌ「あなたの行きたい所が私の行きたい所です!お願いです、一緒に連れていってください!」


アムールトラ「正気か⁉︎私の向かう先にはさっきのチビスケとは比べ物にならないくらい、強くて大きなセルリアンがわんさかいるんだぞ!それに、血気にはやってセルリアンに向かってゆき取り込まれたフレンズを何人も見てきたんだ。ましてやキミみたいな怖がりは、絶対に連れて行くわけにはいかない!」


イエイヌ「へっ、へっちゃらです、私はあなたのそばにいられればそれでいいんです!あなたは私の大切なご主人ですっ‼︎」


アムールトラ「ご主人なんかじゃなーい‼︎」


 どうやらちょっと世話を焼いただけで、イエイヌは私をご主人だと決めてしまったらしい。それから日が暮れるまで押し問答が続いたんだけど、私がへたばってもイエイヌは自分の考えを決して曲げなかったんだ。


 それからイエイヌは、来る日も来る日も私の元へやってきては一緒に連れてってくれとせがんだ。最初は適当にあしらっていたけどだんだん鬱陶しくなってね、出来るだけ顔を合わせないよう隠れてみたりもしたんだが、その鼻と足でどこまでも追いかけてくる。そのあまりのしつこさに辟易した私は、しまいには怒鳴りつけて無理矢理追い払ったりしていた。


 しかしイエイヌは絶対に諦めようとしなかった。そしてある日、自分の強さを示そうと高い木に登ったんだ。


 ☆

 それを聞いたサーバルが、目をパチクリさせながら首を傾げている。

サーバル「木登りって自慢になるの?」


アムールトラ「キミのように木登りが得意なネコの感覚ならそうだよね。私もその時は知らなかったんだが、イヌは地面を走る事に特化した動物で、高い場所に登ったり飛び乗ったりはしないし、鎖骨も鋭い爪も無いからしっかり枝にしがみつく事もできないんだ。

 おまけに高所が苦手で、飼い主に抱き上げられただけで震え上がってしまうケースもあるんだよ。」


「だからイヌにとって木登りはまさに命懸けの行動…いや自殺行為と言っていい。しかしイエイヌは、そんな恐怖を押し殺してまで私に自分の覚悟を見せようとしたんだ。」

 ☆


イエイヌ「見てください、私はこんなに強いんです!アムールトラさん、一緒に連れてってください!」


アムールトラ「声も体も、震えてるのがバレバレだ!今助けに行くからじっとしてろ!」


 しかしそれを聞いたイエイヌは、今度は枝の上で片足立ちを始めた。

イエイヌ「ほら、こんな事だってできるんですよ?私は強いんです、一緒に連れてってください!」


ズルッ

イエイヌ「あっ…、ひゃあぁーっ!!!」


 イエイヌはうっかり足を滑らせ、勢いよく落下した。


アムールトラ「危ないっ‼︎」


 私はとっさに飛び上がり、空中でイエイヌを抱き抱えるとフワリと地面に着地した。イエイヌはというと、私の腕の中でガタガタ震えていたよ。


アムールトラ「…怖かったろ?」


イエイヌ「こっ、怖かったでひゅ…!」


アムールトラ「…無謀と勇気を履き違えてるやつはいっぱいいる。そいつらは決まって、恐怖から目を背け自らの非力さを認める事を放棄してるんだ。でもキミは違うな…、恐怖も弱さも自覚した上で行動してるんだから勇気がある。それに私から学ぼうって一生懸命だ。

 負けたよ…、私についてこい。」


イエイヌ「あ、ありがとうございます!私、アムールトラさんのためならなんだって頑張ります‼︎」


アムールトラ「勘違いするな、キミの力を認めたわけじゃない。ただこれ以上周りで騒がれるのが迷惑なだけだ。セルリアンを見かけたら絶対に戦わずに私に知らせる事…、いいね⁉︎」


イエイヌ「はい、分かりました‼︎そ・れ・で・はぁ…。」


 するとイエイヌは、なにやら目を爛々と輝かせながらにじり寄ってきた。そして私に飛びつくと、ものすごい勢いで顔中を舐めまわし始めた。


イエイヌ「よろしくお願いしますっ‼︎」


アムールトラ「わ゛〜〜〜っ!!!」

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