勇敢な結末&焼き鮭入り焼きうどん

 沈黙が三秒。緊張するピクルス。

 この時だ、堪り兼ねたクイーン・アルデンテが声を上げて笑い出す。


「けらけらけら、ほんにおかしや、もし?」

「キャンディ・ストア?」

「けらけらけら、そはアルデンテ流冗句や、もし?」

「シュアー・ディス・イス・マイ冗句!」

「けらけらけら~、いとおかしや~、すいーつしょっぷや、もし?」

「シュアー・ホンニ・ナイス冗句ヤ、モシ!」

「けらっけらぁ~、けらけらけら~、けららぁ~、おかしやおかしやぁ~」


 ピクルスのアドリブが功を奏した。その洗練された即興冗句が壺に嵌まったため、クイーン・アルデンテはしばらく笑い続ける。

 ハンド・マイクが司会役のパンコに戻った。もう片方の手の平には、白い花の一つ咲くプリンセスアップルの枝がある。


「では、ピクルス大佐四級女官に芸を始めて貰います。誰か協力して下さる命知らず、あいえ失礼、勇敢な方はおられませんか? この枝を頭に置いて立っているだけで構いません。至って簡単なことです」


 そういいながら、パンコは参観者をぐるっと見回した。

 だが、誰も名乗りを上げない。


「誰か協力願えませんか?」


 少しの沈黙の後、末席にいる騎士隊長が遠慮がちに手を揚げて、黒の髭で囲まれている口を開いた。


「是非とも、私めに!」

「まあ、ディラビス少佐! あなたって、ぱりやっ、勇敢だわあ!!」

「いやあ、それほどでも……」


 髭面に似合わず、まるで純粋無垢な乙女のように頬を染めている。その姿を見るパンコの顔も朱色になった。この二人は、そういう関係なのだ。

 ディラビス少佐がパンコに歩み寄り、彼女から枝を受け取った。続いてハンド・マイクにも手を向けた。

 彼の意を察したパンコは、マイクを手渡す。彼女がディラビス少佐の目を見て、軽くウィンクしたことを、幾人かの爵婦人たちが見逃さなかった。


「私の頭頂に置く枝の白い花が、ピクルス大佐の刀技で見事射抜かれた時、それは私が、こちらの愛おしいパンコさんの心の花を射抜く瞬間でもあります。さあピクルス大佐、どうぞ激しく射って下されぇーッ!」

「ラジャー!!」


 ピクルスが立ち上がり、ディラビス少佐との距離約十メートルを隔てて、向かい合った。

 左手を胸につけ、すぐさま「ぐも!」と発声した。

 手刀ひらり、と同時に空斬りが鳴る。

 両の目を見開いたまま、腰の辺りで形作られた受け皿もろとも、微動だもしないディラビス少佐。その精神は、すこぶる静やかなり。

 頭の後ろから射抜かれた可憐なプリンセスアップルの花が、すうっと落下して、彼の手皿に落ち着いた。真空が湾曲して走り、まさに正鵠を射たのだ。

 次の瞬間、満場大喝采が沸き上がった。ゼオライトも間に合わないほどに熱く煮えたぎっている。

 そんな中、ディラビス少佐とパンコが抱き合い、こちらも負けず熱々と接吻しているのだった。

 すかさずアルデンテ王が立ち上がる。


「ううむぅ、なにをか至高の曲芸たりや。ピクルス大佐、姫刀祢プリンセス天晴アップルぞよ!」

「シュアー!!」

「うおっしゃあらぁー! 汝、今この時をもって、王族近衛女隊長に任ずる。女官階級は文句いわさぬ、一級へ昇級であーるぞい!!!」

「御意! あまりある栄誉、ピクルス大佐、謹んでお受け賜りますわ☆!」


 先輩女官ショコレットの十七歳準一級の快挙を上回る大偉業、十七歳一級女官が誕生した瞬間だ。


【BRAVE END】


 アルデンテ王宮の女官階級制度史上で初となった飛び昇級での一級認定者ピクルスは、たちまちにして王宮内の大人気者にのし上がった。これはテレビジョンでも、各局が速報で伝えた。

 また近いうちに、アルデンテ王立放送局が特別に、『密着取材・アルデンテ王宮女官ピクルス大佐物語~十七歳の春 小さな胸で大きな一歩~』というタイトルのドキュメンタリー番組を放映することを決めた。すなわち、ピクルスが民衆から「国民的スレンダー美少女」と呼ばれる日も近いといえよう。

 そうはそうとて、それによって「王宮一の貧相女」という不名誉な異名が解除されたりはしない。そうではあるものの、その異名は、まるで十七歳一級女官の名誉を飾る錦のように輝き、さらには、ピクルス♪ ピクルス♪ という旋律を伴うかのように響き渡ってくるのである。

 そして、女官たちの食堂で始まったディナーの席では、ピクルスの周囲に多くの者が集まり、王族近衛女隊長就任を祝っている。


「コングラッチェ、四級、あいえ、一級女官様!」

「ダンケ!」

「王族近衛女隊長ですってね、素敵だわあ~」

「それほどにも、ナイス!」

「ピクルス大佐なら、きっと立派に務まりますわ」

「シュアー!」


 賞賛の言葉が矢継ぎ早で飛んできて、手際良くクールに返すピクルス。

 乾杯の音頭を取らなければならない。


「先輩女官のみなさん、アザァス! わたくし、一級女官、それと栄えある王族近衛女隊長の称号を穢さぬよう、一意専心、励んで参りますわ。チアァス!」


 ピクルスは、トマトジュースの祝杯を高らかと掲げた。周りの女官たちも各自のグラスで応じる。

 そうして、今夜限りの特別祝賀メニューである「焼き鮭入り焼きうどん」を、皆が揃って食べ始める。

 ややあって、黒い巻き髪を揺らすショコレットも、大盛の皿を両の手で持って近づいてきた。


「王宮一の貧相女さん、やってくれましたわね」


 一見して皮肉をいっているようにも思えるのだが、それがショコレットからの最大級の祝福なのだ。

 そのことを十十に理解できているピクルスも、満開のプリンセスアップルにも負けない清楚な笑顔で返礼を送った。


「シュアー・サンクス・グッジョブ!」


 続いて、パインチッチとパンコとチャイルカもやってきた。


「ぱりやっ、私が見込んでいただけのことはあるわ~」

「そうですわね、パインチッチ様」

「アップルゾヨ・アップルサワー・ピクルスタイサ」


 この三人も、ピクルスの栄光を自分のことのように喜んでいる。

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