ショコレットが書いた二通の手紙

 ピクルスとマロウリは少し赤味を帯び始めてきた空の上にいる。

 チョリソールが放課後になるのを見計らって王立第一アカデミーまで飛ばしてきたピクルス専用デパッチ・ピックルに乗り、時速八百キロで一路サラッド公爵家へ向かっているのだ。


「メロウリたちのお見合い、大丈夫かなあ」


 プロペラ音が響く中、マロウリが呟くように発した。


「問題ありませんわ、あれだけ脅しましたもの」

「えっ脅したの!?」

「いえいえ、こちらのお話ですわ。おほほほ♪」


 ショコレットによって着々と進められている悪巧みなど、ピクルスは雀の涙ほどすらも予想しておらず、至ってご機嫌の様子だ。


 Ω Ω Ω


 更衣室に入ったショコレットは、まず談話室で手紙を二通書いた。

 それから、用意してあったお見合い向けドレスに着替え急いで王宮へ向かう。


 その途中で気の弱そうな下級生女子を捕まえた。

 並んで歩きながら、きつい口調でショコレットが話している。


「よろしいですこと、これからお話することは他言無用ですわよ。もし誰かに知られたりすれば、あなたご自身も、あなたのご両親も、その日のうちに断頭台で処刑されますわ。そうして、もちろんお家の方も、お取り潰しとなります。あなた、それが分っていて?」

「は、は、はい……は、話しません……だ、だだ、誰にも……」

「それでよろしいですわ。秘密が漏れないよう、くれぐれもお気をつけなさい」

「え、ええ……も、もちろん、ですとも……」


 小柄で地味な少女は、すっかり怯えてしまっている。

 それで、その秘密にしておかなければならないという仕事の内容についてだが、そちらは至って単純である。

 王宮の「松の間」近くにある特別客室エリアには今、サラミーレという客人とオムレッタルという客人が、それぞれに用意された個室で控えているはず。

 そこへ手紙を一通ずつ持って行き、お世話係をしている各召使いに、客人へ渡すように頼むのだ。その際には、キュウカンバ伯爵家のピクルスからの大至急の手紙だと伝えること。

 そして、このことは一切誰にも話してはならず、もしも約束を破ると、自分だけでなく両親まで殺されるという、その点だけが大層恐ろしい依頼なのだ。


 ショコレットは特別客室エリアから少し離れたところで待った。不運を背負った気の毒な少女に手紙を持たせて一人だけで行かせたのだ。

 しばらくすると少女が戻ってきて、うまく手紙を渡すことができたことを報告した。ショコレットは謝礼として金貨十枚を渡そうとした。

 震える手でやっと金貨を受け取った少女は、ふらふらと歩きながら去って行ったのである。

 その一方で、特別客室エリアに用意された個別客室では、既にお見合いの支度を済ませたサラミーレが手紙を読んでいるところだ。


 拝啓*******

 デモングラ国第三王子サラミーレ様へ、ピクルスより愛を込めてι

 親愛なる高貴なサラミーレ様、秘密でお伝えしたいことを、このように恋文として書き綴りました。最後までお読み下さい。

 わたくしピクルスは、全身全霊・古今東西・未来永劫・森羅万象、あなた様をお慕い致します所存にございます♪

 とは申しましても、同級生であるショコレットを裏切ってまであなた様と結ばれたとあっては、世の中での評判を失墜することになり兼ねません。

 そこで、形だけでもショコレットとのお見合いを、するだけはして頂こうと考えたのでございます。

 そのうえでショコレットのことをお気に召さなかった、という素振りをして頂きたいのです。そうすることで、なんら気兼ねすることなく晴れて、わたくしたちの婚約がうまく整いますことですわよ!! ******かしこ


「やっぱり、そうだったのか、ああピクルス大佐さん!!」


 サラミーレは嬉しさのあまり叫んだ。

 同じ頃、隣の客室でも。


「やはり、そうであったのだな、おおぉピクルス大佐!!」


 デモングラ国第二王子オムレッタルも叫んでいる。

 完全防音の部屋なので、隣室にいる弟サラミーレに聞こえていないのはもちろんのこと、逆にサラミーレが発している同じような叫び声も、全く聞こえてはこないのである。


 Ω Ω Ω


 メロウリのお見合い話は今回で四度目になる。

 最初の候補となったのはソシュアル国の侯爵家三男だったのだが、その男子が直前になって急死したため行えなかった。

 二人目はデモングラ国の伯爵家次男。その男子は自分にお見合い話があることを知らされて、それまで両親には内緒で交際を続けてきた、身分の低い女子の存在を明かした。昔と違って今では自由恋愛も広く認められるようになっているため、その交際は反対されなかった。つまり、それでメロウリとのお見合いは中止になったのである。

 三人目はフランセ国の子爵家長男で、漸くお見合いまで行うことができ、縁談は順調に進んでいた。これぞ三度目の正直と思われていたのだが、その男子がサラッド公爵家を訪れた時、サラッド公爵婦人レモーネが描いた絵を見て、まるで子供の落書き、といってしまう。それでレモーネの逆鱗に触れて、サラッド公爵家の方から縁談を断ることになった。メロウリの母親レモーネは、娘の縁談よりも自分の絵の評価の方が大切だった、という冷たい真相を知ったラデイシュは、甚く心を痛めたのである。


 娘の縁談を真剣に考えている父親ラデイシュが、王宮の入り口に立っている。

 少しして現れたメロウリ。二人は、ここで待ち合わせていたのだ。


「メロウリ、準備は良いか?」

「はい、お父様」


 メロウリは赤紫色の少し大人びたドレスを着ている。化粧も普段より少し派手にしていて、両の耳たぶに大きめのサファイアを吊るしている。


「では行くとしよう」

「ええ、参りましょう」


 父娘二人が並んで王宮の中央廊下を進んで行く。

 オムレッタルとのお見合いの場は、「桃の間」と呼ばれる王宮で二番目に豪華な客間に用意されている。

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