ダブルお見合いの顛末

 ショコレットとサラミーレのお見合いは、桃の間の次に豪華な客間・栗の間で今まさに始まろうとしている。


「本日はお日柄も良く」


 最初に口を開いたのは、フラッペだ。

 次にサラミーレ。


「ええっと」

「…………」


 ショコレットは無言のままだ。

 サラミーレは言葉を繋ごうとする。


「えっと、一度は断っておきながら、またお見合いしたいといって、それで、またその……」

「どうなさいました、サラミーレ様。なにか不都合でも?」


 ここで漸く口を開いたショコレット。今のサラミーレの心理状態を察していながら、わざとらしく追及しているのだ。


「顔の色が、あまり良くないですなあ。体調でも悪いのでしょうか?」


 フラッペも、サレミーレの様子の異常に気づいたのである。


「えっと、その、ごめんなさい。やっぱり、この婚約はなかったことに」

「なんと!!」

「えっええぇー、ど、どどど、どういうことですのっ!!」


 さらに大袈裟な驚きを見せるショコレット。

 一方、心根の正直なサラミーレは物事を隠せない性格であり、といってうまい弁解の言葉を見つけることもできず、先ほど受け取った手紙を出して開いた。


「これです。ピクルス大佐さんが僕を選んで下さったのです」


 フラッペは出された手紙を黙読し始めた。

 ショコレットも一心に文面を目で追っていた。もちろんそれは演技なのだが、そのことは、サラミーレにもフラッペにも全く気づかれていない。


 読み終えたフラッペが震えた声を出す。


「あ、あのピクルスちゃんが、こんなことまでするとは!?」

「まあぁなんとまあ、泥棒猫の皮を被ってらしたわ、あの性悪女ピクルス!」


 一方、桃の間でも始まっている。


「色々とあったようだが、このお見合いが漸く始められる訳でもあるし、今日のこれまでの経緯は全て忘れて――」


 オムレッタルは自分から一度は断ったため、少し気不味い思いをしているかもしれない、と考えたラデイシュは遠回しに気にしなくても良いといっているのだ。

 ところが、オムレッタルから予想外の第一声が発せられる。


「はい、忘れて下さい。やはり、この婚約はなかったことに」

「はあ?」

「えっ!?」


 驚くラデイシュとメロウリなのだが、オムレッタルは気にせず、上着のポケットから手紙を取り出した。


「これです。ピクルス大佐が俺を選んでくれたのです」


 回りくどいことが嫌いな性格のオムレッタルは、四つ折りになっている便箋を広げてテーブルに置いた。

 その紙上へ父娘二人の視線が同時に落ちる。


「でもこのような達筆、ピクルスの手ではありませんわ」

「なっ、そうなのかメロウリ!?」


 同じヴェッポン国自衛軍の軍人であるラデイシュだが、それでもピクルスが書いた文書を、これまで一度も見たことがなかった。


「ええそうです」

「まさか!」


 思わず疑問の声を発したオムレッタルなのだが、今日初めて出会ったピクルスがどのような筆跡でどのような文章を書くかなど、知るよしもない。


「ピクルスがお書きなら、乱雑で読めませんもの」

「ああ、なるほどなあ!」


 ラデイシュは即座に納得した。


「そうなると、では一体この手紙は誰が?」


 オムレッタルも、ここはピクルスの親友だというメロウリによって発せられた今の言葉を信じるしかない。

 そのメロウリは事の真相を詳しく探るべきと考え、まずはピクルスに連絡するために席を立った。


 Ω Ω Ω


 ――キュウリリリーン♪ キュウリリリーンθθ♪


 キュウカンバ伯爵家の電話に着信があった。


「もしもし、こちらはキュウカンバ伯爵家にございます」


 落ち着いた物腰で受話器を取って話すのは、第一執事のジッゲンバーグ。


『ジッゲンバーグさん?』

「はい、左様です。その声は、メロウリ様ですね」

『そうです。それで、ピクルスはご在宅ですか?』

「お生憎様ですが、まだ外出中にございます」

『そ、そうですか……』


 ――ヅヅヅッヅッキューン!


「あ、たった今、お帰りになりました」

『そのようね、代わって下さる?』


 ピクルスがぶっ放した帰宅を知らせるための銃声が、電話を通してメロウリにも聞こえていたのだ。


「少々お待ちを」


 少しして電話室に現れたピクルスが話す。


「メロウリ、お見合いは無事に終わりましたかしら?」

『それが、おかしなことになってしまってよ』

「おかしなことですって?」


 受話器を片手に首を傾げるピクルス。


『誰かがピクルスのお名前を騙って、オムレッタル王子とサラミーレ王子に同じようなお手紙を出したの。どちらも王子とご婚約したいという内容よ』

「すぐにそちらへ行きますわ。お手紙は、それ以上触らないで下さるかしら?」

『ええ、分かったわ。このまま桃の間で待つわね。栗の間にいらっしゃるショコレットにも、そう伝えた方がよろしい?』

「シュアー!!」


 ピクルスは受話器を置いて駆け出す。


「ピクルスお嬢様、またお出かけになるのですか?」

「そうですわ」


 ここへ、第二執事のチョリソールが現れた。


「ピクルス大佐、どちらへ?」

「また王宮へ逆戻りですわ。直ちにピックルを準備なさい!」

「ラジャー!!」


 チョリソールはヘリポートへ走り、ピクルスは犬言語通訳ヘッドギア(人用)を装着して庭に出た。


 ――バウバウ・バウゥ!


 セントバーナード犬のザラメが吠えながら駆け寄ってきた。

 ピクルスの手によって、ザラメの大きな頭にヘッドギアが被せられる。


「お帰りなさいませ、ピクルス大佐!」

「ただいまザラメ軍曹。でもすぐに出かけますわよ。さあピックルへ」

「ラジャー!!!」


 ザラメはヘリポート目がけて突進する。

 昼過ぎまではサラッド公爵婦人によるデッサンのモデルをしていて大変疲れたザラメだったが、チョリソールに連れて帰って貰い三時のおやつを食べて、それ以降は夕方まで昼寝していたので、今は元気一杯なのである。

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