ヴェッポン国自衛軍ピクルス大佐の決断
「それで、マルフィーユ少将からの言伝とは、なんですの?」
ショコレットが目の前にいる時には、彼女の父親を「フラッペ少将」と呼ばないようにしようと決めたピクルス。少しは学習もするのだ。
「休み時間になってからで良いので総司令本部までくるように、とのことですわ」
ショコレットは、父親フラッペから託った言葉を、事務的な口調でそのままピクルスに伝えた。
「おや? 直ちにくるように、とのことではなくって、休み時間ですのね」
「そうですわ。それよりもピクルス、またなにか仕出かしになったのでは、ありませんこと?」
「ん??」
ピクルスには、思い当たる節がない。
「お父様のお顔の色、よろしくありませんでしたのよ。きっとまたあなたが、お馬鹿なことをなさったのでしょう。違っていて?」
「おかしいですわねえ? お喜びでは、ないのですか……」
頭に浮かんでくるのは今朝のボムキャベッツ迎撃の一件だけ。しかし、それは名誉ある武勲なのだから、それでフラッペの顔色が悪くなるはずはない、とピクルスは思うのだ。
それでいて勘の鋭いピクルスの頭の中では、今の疑問が衝撃に変わって湧き起こり、なにを考えたのか、教室の窓を一つ開け放った。そしてすかさず大きく後ろへ下がり、一気に駆け出す。
なんとピクルスは窓枠へとジャンプ。そこを思い切り蹴り飛ばして、外へ自分の身体を投げたのだ。
「ちょっとちょっと、これから授業ですわよ! いえいえ、それよりもあなた、ここが三階ですこと、お忘れになっているのでは!?」
窓の外に向かって叫ぶショコレット。
「ああ、ピクルスさん!!」
「ピクルス?」
ピクルスの奇行にはすっかり慣れているサラッド公爵家の双子兄妹ですら、大変驚いた。
「飛び降りたのか?」
「おいおい、正気かよ!?」
「いや、ついに狂ったんだ」
他の生徒たちも騒ぎ出して、数人が窓側へ駆け寄って頭を出す。だが窓の下の地面にはピクルスの姿が見当たらない。
それは方向違いだ。見るべきは逆方向、青空をまるで戦闘機の如く力強く突き進んでいる。
ジェットフットで窓枠を強く蹴って飛び立ったピクルスは、腰につけていた携帯型ターボエンジン二個を両手に一個ずつ持って噴射させた。
それで地上から八十メートルくらいの高さを平行に突き進み、総司令本部建物の屋上へ辿り着く。約二十秒間で成し遂げた軽業だった。
そして直ちに階段を駆け下り、中央指令室へと向かう。
――バタンλ!!
力一杯に扉を開いて、ピクルスは部屋内に飛び込んだ。
「フラッペ少将!!」
「おいおい、キュウカンバ大佐。そう慌てなくとも、私なら逃げも隠れもせぬ」
「フラッペ少将、何事かがありましたのかしら!」
フラッペの座る椅子近くまで走り詰め寄った。
「先ほどマルナナ・フタハチに迎撃されたボムキャベッツだが、その乗員三名のうち二名は、デモングラ国の王子なのだ」
「なんとまあ、そうでしたのね!」
ピクルスの予感は的中していた。
「うむ」
「それでは、メロウリとショコレットのお見合いは?」
「聞いたのか。それも無理だな……」
「フラッペ少将、トランシーバーをお借りしますわ♪」
いうが早いか、壁側へ走ったピクルスは遠距離トランシーバーを手に取り、素早くダイアルを合わせる。ピクルス専用デパッチ・ピックルへ向けての発信番号だ。
「こちらピクルス。そちらはチョリソール大尉か」
『シュアー!!』
「緊急事態ですわ。ジェットフットとターボエンジン、それとパラシュート、それぞれ三組ずつ用意せよ。そして大至急、総司令本部へきなさい♪」
『ラジャー!!!』
トランシーバーを元の位置に戻したピクルスは、すぐさまフラッペの傍へ駆けて戻った。
「捕虜たちの収容所までの移送は、このピクルス大佐にお任せ下さるかしら?」
「うむ。好きにするが良い……」
「シュアー♪」
ヴェッポン国自衛軍ピクルス大佐は、ある決断をしたのだ。
Ω Ω Ω
デパッチでブルマアニュ高原へと降り立ったディラビス少佐は、部下四人を後ろに従えて、若者三人の前まで詰め寄った。
「貴様らを拘束する!」
「拘束だと? お前、俺たちを誰だと思っているのだ?」
「そうだよ、僕たちはデモングラ国王室の人間だぞ!」
第二王子オムレッタルと第三王子サラミーレは、自分たちを取り囲む屈強な軍人たちを恐れず、食ってかかった。
「貴様らは、デモングラ国王室の人間である以前に、領空侵犯をした国際法規違反者なのだ」
「領空侵犯!?」
「国際法規違反者だと!」
この期に及んでも、まだ状況を把握できていない二人の王子である。
「話にならんな。おい、そちらの軍服」
ディラビスは、王子たちの後ろで黙って立ちすくんでいるパボチャップルの方に目を向けた。
「は……」
軍人であるパボチャップルは、自分の置かれている状況を理解しているのだ。
「貴様ら三名のしたことが、領空侵犯だと認めるか?」
「はあ……」
分かっていながらはっきりと応えないパボチャップルの態度に対して、ディラビスは苛立ちを覚え、さらに厳しい声音で詰問する。
「おい、どうなのだ!」
「……み、認めます」
デモングラ国王室の人間である以前の国際法規違反者三名は、手首を縛られたうえで二機のデパッチに分乗させられた。捕虜として、ヴェッポン国の自衛軍総司令本部へ連行されるのだ。
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