キュウカンバ伯爵家の平凡な朝の風景
キュウカンバ伯爵家の一人娘ピクルスが九歳の頃のこと。
幼いピクルスは日々第一執事になにかしら尋ねていた。
『どうして、わたくしのドレスの数が、メロウリよりずっと少ないの?』
『経済的事情によるものでございます』
『どうして、メロウリのお茶会には、ケーキがいっぱい出てくるの?』
『サラッド公爵家は、この国で一番裕福なのです』
『どうして、メロウリのお家が一番裕福なの?』
『サラッド公爵は、逸早く武器から家電製品へお乗換えになったのです』
あどけなく首を傾げる、「どうして魔」のピクルスであった。
『どうして、家電製品をお選びになったの?』
『サラッド公爵には、先見の明がお有りだったのでございましょう』
『どうして、お父様には先見の明がなかったの?』
『はあ、率直に申しますれば、生まれ持った才能の差でしょうか……』
この第一執事は、相手が九歳の子供であっても、仕えているピクルスには常に丁重かつ実直に接していたのである。
それから八年が過ぎ、「どうして魔」のピクルスも今では花も恥じらう十七歳の伯爵令嬢、のはずなのだが――。
「わたくし、出かけますわよ!」
黒光りする機関銃一挺を片手に、今朝も気に入りのゴスロリ風衣装を身に纏ったピクルスが颯爽と執事室にやってきた。
「ピクルスお嬢様、おはようございます」
「おはようチョリソール。ピックルのエンジン、吹かしときなさい」
「ラジャー、ピクルスお嬢様!」
「ノンノンノン、チョリソール! 大佐とお呼び!!」
「し、失礼しました、ピクルス大佐!」
キュウカンバ伯爵家の第二執事グラハム‐チョリソールは今年二十歳。身長が二メートル近くもあり、ヴェッポン国自衛軍の大尉資格を保有している。
そしてピックルは軍用ヘリコプターのことである。
「おはようございます、ピクルスお嬢様。お朝食はお済みでしょうか?」
ピクルスとチョリソールの会話が済むのを待って挨拶したのが第一執事のヴォルフガング‐ジッゲンバーグ。今年七十歳。今日は薄い黄色の少し洒落た執事服を着ている。
「まだですわ。ですからわたくし、先日オープンしたばかりのコンビニに立ち寄るつもりです。ピックルで」
最近では、ヴェッポン国にもコンビニエンス・ストアと呼ばれる小売店が増え始めている。
「なりません。お嬢様」
「なりますわ。今朝は『鮭お握り』に決めました!」
いい出したら聞かないピクルスだということは百も承知のジッゲンバーグなのであるが、それでも第一執事の立場として、ここで引き下がる訳にはいかない。
「ピクルスお嬢様、お聞き下さい。コンビニエンス・ストアとは、庶民が利用する低俗な商店にございまして――」
「お黙り、ジッゲン!」
「ですが、お嬢様」
「お黙りになるか、その真新しい執事服を赤く染めるか、お選びなさい」
ピクルスが機関銃を持ち上げて見せた。
「左様にございますか。ではどうぞ、赤く」
――ヅッヅヅッヅッン! ヅキューン!!
ジッゲンバーグの足下周辺、その白い床が赤く染まった。
この一度目は威嚇射撃でジッゲンバーグは無事だ。
「お黙りになりますか?」
「いいえ」
――ヅヅヅッヅッーン! ズヅヅヅゥン!!
最新の執事服が今度ばかりは赤く染まった。
「はあぁぁ~、また一着……」
邸内では実弾の使用が禁じられている。その代わりにタンサ弾という特殊な訓練弾を使っていて、ジッゲンバーグの身体には傷一つすらつかない。だが新品の執事服が赤い顔料で染まってしまっている。
これでピクルスの負けである。黙らないという主張を貫き通したジッゲンバーグの執事魂が勝ったのだ。負けを認めたピクルスは潔く食堂へ向かい、黙って朝食の席に着く。
キュウカンバ伯爵家では、普通に見かける平凡な朝の風景である。
Ω Ω Ω
「あの丘で遊ばせて頂くこと、わたくし、しっかりお伝えしましたわ」
「どなたに?」
二人の会話は、昨日の午後ピクルスが大暴れしていた「緑と自由の丘」での一件について。
「もちろん、ラデイシュ中将ですわ」
ラデイシュ中将はサラッド公爵家の当主サラッド‐ラデイシュのことである。
「サラッド公爵は、どのようにお応えになったのでしょうか?」
「存分にお遊びなさい、と仰いましたわ」
「はあ、左様に……」
ピクルスにとっての遊ぶということが、ほとんど限りなく破壊活動に等しいという真理を、サラッド公爵も良く知っているはず。どうにか想定範囲内の事態に収まる、と判断したジッゲンバーグの気が楽になったこと、いかばかりか。
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