第71話 7月26日ー岩屋城ー月
紹運と話し、その後痛む体に鞭を打って、どうにか明日の戦の為の防備を整えた民部だったが、小屋に戻り寝転がっても眠りに入る事が出来ず、城を見回っていた。
昼間は随所で剣戟や銃声が鳴り響き、怒号に悲鳴、ありとあらゆる音が聞こえる岩屋城も、夜はまるで別の世界の如く闇の中で静寂に包まれている。
昼間と同じなのは、風に乗って鼻を刺激する鉄と血の匂いくらいだろうか。
目的無く残り少なくなった陣地をただ歩き回り月明かりも陰る中、危なげなく二の丸の門の外に出た民部は、そこで石塔の様に立ったまま月を見上げる種速を見つけた。
「種速殿・・?」
暗闇に佇む種速に声を掛ける。すると種速も民部に気づき、目を細めた。
「民部殿。どうなされた?こんな夜中に」
「いや・・中々眠りにつけず歩き回ってござった。種速殿は?」
「儂はここを出ていく兵に、一言礼を言おうと思ってな」
「・・・成程」
民部は、種速がこんな時間にわざわざ二の丸の外にいる理由を聞いて感心する。
主君である紹運の命令とは言え、ここまで戦ってきたのに最後を目前にして岩屋城から出るのだ。
出る時に何も思わない兵は一人もいないだろう。
むしろ、岩屋城に残って死ぬより、岩屋城から出て生きて行く方が何倍も過酷かもしれない。
その兵達の重荷を少しでも軽くする為に、種速は自身最後の夜を使っているのだ。
「では儂もお供させて貰いますかな」
民部はそう言うと、座るのに丁度良さそうな丸太の欠片を2つ種速の元に引きずっていくと、その片方に腰掛けた。
「いいのですか?明日は大変ですぞ」
種速はしんみりとした口調で聞く。
「大丈夫です。明後日は戦は無いでしょうから」
民部もしんみりとした口調で返答した。
すると種速は頷いて、
「確かに。・・思えば、良くも今まで生きてこれたものですな」
と懐かしむ。
「全く。思い出せば無茶な戦も多かった」
「うむ。一体何度死を覚悟した事か・・・道雪様の戦も激しかったが、紹運様も負けておらぬからなあ」
「ハハハ。全く、血の繋がりは無いのに、どこか似ておられる」
「道雪様が生きてさえいて下されば、島津にここまで攻め込まれる事も無かった」
「そうですな・・」
種速は悔しそうに言う。
道雪に仕えた事もある種速は、道雪が病で死んで、大友家の勢力が一気に衰えた事を未だに嘆いている。道雪とは、それ程の将だった。
「紹運様も名将じゃ。故に惜しい・・まだ死ぬには若過ぎる・・」
「全くです・・」
2人はそう言って、本丸とその上で鈍く光る月を眺める。
紹運は眠りにつけただろうか。あれで意外に繊細な所もある。
もしかしたら、同じように月を見ているかも知れない。
「紹運様は・・・」
月を眺めながら口を開いた民部が、途中で言うのを止めた。
種速は黙ったまま続きを待つ。
「紹運様は、良い跡取りを残された」
「宗茂様か・・」
「竹の様に強く真っ直ぐな心はまるで道雪様、部下を思いやる心はまるで紹運様。
おまけに戦の機微も心得ておられる。いずれ宗茂様は史に名を残される将となるでしょう」
「そうじゃのう・・・出来ればそのお姿を近くで見たかったが」
「それは紹運様こそでしょうな」
「うむ。戦とは残酷なものよ」
2人は紹運と息子の宗茂について思いを馳せる。
大友家の風神と呼ばれた紹運の実子にして、同じく大友家の雷神と呼ばれた立花道雪に将来を見込まれ、請われてその養子となり薫陶を受けた立花宗茂。
その才は既に九州北部では鳴り響き始めている。
だが、そうはいってもまだ若干20歳の若武者だ。
養父に続いて実父も続けて失うその心境は如何ばかりか。
「心配は要らぬ」
2人が宗茂の事を心配していると、暗闇から声が聞こえた。
2人はぎょっとして振り向くと、そこには左京が立っていた。
「左京か・・驚かすんじゃないぞ」
民部は瞬時に掴んだ刀の茎から手を離しながら胸をなで下ろす。
「ハハハ。すまん。話しが聞こえたもので、つい混じってしまった」
「こんな時間にどうした?」
「なあに。最後の夜じゃからな。恐らく2人と同じじゃ」
「そうか・・・」
3人は顔を見合わせて微かに微笑む。
「宗茂様は、道雪様と紹運様を越える器じゃ」
「ほう!」
「それほどか・・」
左京は嬉しそうに言い、2人は目を見合わせる。
最近まで紹運の命令で宗茂の補佐をしていた左京が言うのなら、間違いないのだろう。
「出来ればそのお姿を見たかったがな」
左京は寂しそうに言って、丸太の代わりに切り株に腰掛けて話す。
「そうじゃな」
「うむ・・」
「しかし先に散った刑部達の事を思えば贅沢は言えん」
「・・・」
2人は無言で頷くと、それぞれ散っていった7人を思い浮かべた。
左衛門。惣右衛門。入道。了意。大隅。越中。そして刑部。
皆、自分に出来る精一杯の戦いの中で逝った。
そして明日は我が身・・・
「あやつらに後でやいやい言われぬ様、死に花を咲かせようではないか」
「うむ」
「そうじゃな」
種速の言葉に左京と民部は頷いた。
「兵達はどのくらい残るかのう」
左京の言葉に民部は首を傾げる。
そう言えば、まだ城を出る兵を一人も見ていなかった。
「明日になればわかるさ。それとも、少なければ暴れられぬか?」
「そんな事はない!儂一人で百人力じゃ」
「「ハハハ」」
種速の問いに左京は腕まくりをして答る。
「じゃあ我らで3人300人力か。島津もびっくりじゃな」
「「ワハハハ」」
楽しそうに笑う3人を、雲の隙間から月が優しく照らしていた。
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