第21話 7月20日ー夜明け前
7月20日 夜明け前
岩屋城を三方から囲む島津兵、秋月兵、龍造寺兵、肥後勢、筑前勢は、全員が突然、夜明け前に叩き起こされた。ここ数日は日が高く昇ってから攻め始めていたので、多くの兵が寝ぼけ眼だ。
しかし戦が始まれば眠たいなどとは言っていられない。その事は、全ての兵がわかっていた。
「久虎。半数を率いて力の限り攻めよ。時機を見て儂も残りを率いて加わる」
「ははっ」
伊集院忠棟が担当する岩屋城南側は、兵を半分に分けてまずは久虎が率いる。
その配下の兵達も、島津の本国、薩摩の者であり、ここ数日の攻め方に不満を持っていたため、力攻めの命を受けて既に意気盛んだ。
久虎も愛刀を握り締め、最前線に向かう。
「では、命令通り力攻めを?」
岩屋城の裏手側で秋月種実に確認するのは、秋月家の家老、内田実久だ。ここ最近、主人である秋月種実が1人考え込む事が多く、その真意を測りかねている。
「そう昨日言ったであろう」
秋月種実はそう言うと、そっぽを向いた。
昨日夜中に突然総大将の島津忠長に呼び出されたかと思うと、難しい顔をして帰ってきた。どうやら大友に援軍がくると言う。
しかし、それ以降秋月種実は黙ったままで、実久には詳しい事は教えてくれなかった。敵に援軍が来るのなら、力攻めをすることは理にかなっている。それはそうなのだが、どうも秋月種実自身は乗り気では無いように感じる。しかし、話してくれない以上、命令道理に働くしか無い。
実久は仕方なく、三千の兵を連れて岩屋城の裏手側へと向うのだった。
「鍋島殿は左側を、隈部殿は右側を攻めて下され。大手門は儂が直接当たる」
島津忠長の本陣に呼ばれた鍋島直茂と隈部親永は、島津忠長からそう指示を受けた。
今までは主に鍋島直茂が率いる龍造寺兵と、隈部親永が率いる肥後勢が大手門を交代で攻め寄せていたため、場所替えを命じられた2人は何があったのかと訝かしんだ。
しかし、島津忠長は有無を言わせない空気を出していて、更に今まで戦果を上げている訳でもない2人は、それを聞く事も出来ずに、指示通りにそれぞれの場所に向かうのだった。
「殿、ではまずは私が」
鍋島直茂と隈部親永の去った陣内で、島津忠長にそう言うのは、島津家の家老、上井覚兼である。忠長と共に、長年島津家の為に多くの戦に出ている武将であり、また無骨な者が多い薩摩人には珍しく様々な教養を治めた人物でもある。
伊集院忠棟は島津軍の副将として別に軍を率いているため、後軍や兵糧隊を見る事が多い上井覚兼だが、島津忠長の軍においては実質副将と言えた。
「なんとか大手門を破ってみせまする」
上井覚兼はそう言って、一礼して前線に向かおうとする。しかし、島津忠長の返事が上井覚兼を呼び止めた。
「いや、儂が行く」
島津忠長はそう言うと立上がる。上井覚兼は、そのまま前線に向かおうとする島津忠長の前に立ち、慌ててそれを止めさせようとした。
「なにを言われる、忠長殿はこの軍の総大将ですぞ!城攻めの前線に出るなど!」
しかし島津忠長は、その歩みを止めない。仕方なく上井覚兼は連れ添うように歩き、説得を重ねる。
「忠長殿、もし御身に何かあれば九州統一はどうなります?ここは私にお任せ下され」
しかし島津忠長はその言をはっきりと拒否した。
「この岩屋城に着いてから十日間、なんの進展もないのは儂のせいじゃ。このままでは九州統一が頓挫しかねん。何としてもこの城を落とさねば」
「だからといって忠長殿が前線に出てどうします!野戦ならば兵の士気も上がりましょう。しかし城攻めでございますぞ。むしろ危険なだけではありませんか」
上井覚兼は必死だ。
「兵どもは常に危険な場所におる。なればこそそれを共有してこそ士気も上がるというものじゃ」
「そうは言っても、もし何かあれば」
「ええい!もうよい!儂に何かあればそなたが指揮を取れ!儂は行く!」
どうにか島津忠長が前線に行くのを止めようと、最後は話しだけではなくその鎧の下に着た上着まで掴んだ上井覚兼だったが、島津忠長はそれを強引に振り切って前線に向かって行ってしまった。
上井覚兼はそれを呆然と見送ると、深くため息をついて本陣へと帰るのだった。
夜明け そして開戦
九州統一の嚆矢として始まった島津軍の筑前侵攻。
しかしその野望は、早くも二歩目でその歩みを止められた。
岩屋城に立て籠もる七百六十四人の侍が、五万人を数える島津の大軍の前に立ち塞がったのだ。
縦横無尽に岩屋城の至る所に現れる高橋紹運。
しかし島津軍も、野望の為にこのままでは終われない。
岩屋城攻防戦は最大の戦いへと足を進める。
「ドドン ドドン ドドン」
夜明けと共に島津軍の陣太鼓が、地面ごと空気を震わせる。
「ドドン ドドン ドドン」
「ドドン ドドン ドドン」
体の内部まで響くような太鼓の音を背に、至る所で島津軍が進軍を開始した。
「ザッ ザッ ザッ ザッ」
「ザッ ザッ ザッ ザッ」
各所で大勢の足音が岩屋城へと近づいて行く。
大手門には島津忠長が率いる島津軍六千。
大手門の左右には龍造寺兵と肥後勢が、それぞれ四千で陣取る。
裏手側には今まで同様秋月種実が七千で、南側には頴娃久が六千で城兵と対峙した。
また島津忠長の後ろには上井覚兼が六千で、久虎の後ろには伊集院忠棟が七千の兵を纏め、いつでも動かせるように準備する。
更に岩屋城包囲軍の軍の後方を、筑前兵二千と島津兵の三千が守り、万全を期する。
総勢四万五千人の大軍だ。
「殿。各自配置完了しました」
城方からの鉄砲がギリギリで届かない場所まで出て来ている島津忠長に、側近が報告する。すると島津忠長は今日こそ岩屋城を落とす。その思いを胸に陣の先頭に出ると、声を張り上げて愛刀を振り下ろした。
「者共掛かれーーーーーー!!!」
「「「ヴオーーーー」」」
島津忠長の渾身の号令を聞いた島津軍が、大手門へ向けて駆け出す。
まだ太陽は薄く、空気もひんやりと冷たい。しかしその空間は、走り出した男達の喊声によってかき消された。
「盾を構えろ!進めーーー!」
「いけぇーーーー!」
「「おぉーーーー!!!」」
一度に数千人の声が轟く。そしてそれは大手門の前だけではない。
島津忠長の号令を待っていた久虎が、鍋島直茂が、隈部親永が、秋月種実が、それぞれの場所で同じように大声を張り上げたのだ。
「突撃じゃああああ」
「「うおーーーーー!」」
「今日こそ岩屋城を落とせーー!」
「「おおおおーーー」」
岩屋城の至る所で喊声がこだまする。兵と兵が盾や槍を走りながらぶつけ合って進む。
その勢いは、今だ接触していないにもかかわらず、岩屋城の各所を守る兵にも伝わる程だった。
「左衛門様。どうやら島津の奴輩、かなり気負っておる様子」
大手門の上に左衛門と共に立ち、迫る島津兵を睨み付ける高橋兵が言う。
押し寄せる島津兵は、今までとは数も勢いも違って見えた。
「ようやく尻に火が付いたようじゃな」
左衛門は軽口で答えるが、その目は鋭い。
「出来ればあの勢いを一度挫きたい所ですが・・」
「いや、同じ手は仕えまい。今日は厳しい戦いになるぞ」
「望む所です」
「槍兵にも弓を持たせて前面を狙わせよ。鉄砲兵には、残数を気にすることなく撃ちかけよと」
「はっ」
直ぐに隣に立っていた高橋兵は連絡に駆け下りる。そして左衛門も、迫り来る島津兵を迎え撃つ為に大手門から下りるのだった。
大手門で口火が切られようとしていた頃、一足先に戦火を交え始めたのは、岩屋城の裏手側を攻める秋月兵だ。最も、当主の秋月種実は本陣に残り、まずは家老の内田実久が三千の兵を率いて攻め上がっている。
「進めーーー!怖がるでない!敵は少数ぞ!」
実久の声と共に、狭い山道を秋月兵が登って行く。既に岩屋城攻防戦が始まり七日目、ずっと裏手側を攻めている秋月兵は、ある程度岩屋城の裏側の地理が分かっていた。
「こちらに道があるぞ!」
「この先に柵がある!縄を持ってこい!」
「進め!数で圧倒するぞ!」
声を上げて次々に登る秋月兵は、盾兵を先頭に幾つもの小道を分かれて進み、その先にある柵に向かう。
柵は今日に至るまでに何度も破壊しているが、日が暮れて一度兵を引けば、城兵は直ぐに新しい柵を設置する。そうして今までイタチごっこになっていた。しかし、秋月兵は、今日こそは全ての柵を破壊し、山頂へたどり着こうとしていた。
「パパパパパ」
「パパパパパ」
「ガガガッ」
「バスッ バスッ」
「うぐっ」
「撃ってきたぞ!」
「盾を構えろ!頭を出すな!」
「鉄砲兵を見つけて矢を打ち込め!」
柵に近づくと、城兵の発砲が始まる。先頭の盾兵はどうにか手に持つ盾で体を覆うが、それでも先頭にいるため、多くの弾が近距離で当たり、盾がずれ、破損していく。また先頭の盾兵に続く兵にも弾は飛来し、次々をその体を貫く。
「何をしておる!止まるな!盾を持ってどんどん上がれ!」
城兵による発砲が始まって進撃が止まったのを見て、実久は大声を張り上げる。
立ち止まればそれだけ狙われる時間が長くなる。また被害を減らすには、多くの兵を送って早く山頂にたどり着くしかないのだ。
「「うおーーー!」」
「ひるむな!行けーー!」
「パパパパパ」
「パパパパパ」
変わらず鉄砲の音は至る所から鳴り響くが、実久の号令でどんどん攻め上がる秋月兵の数が増える。
数人ごとに集まった城方の鉄砲兵は、居場所がバレないように一度鉄砲を放つと居場所を変えてまた発砲していたが、それでは追いつかなくなってきた。このままでは攻め手の勢いに圧倒されてしまう。
そこで裏手側の北戸を守護する了意は、自身で兵を率いて奇襲に向かう事にした。
「ドスッ」
「ぐっ!?」
「ズバッッ」
「ぎゃああああ」
「敵だ!敵が討って出たぞ!」
了意は、特に健脚の者を選び、十人ほどで秋月兵を死角から襲う。後ろから槍を突き出し、飛びかかり刀を閃かせる。命を絶つ事では無く、驚かせ、傷を付ける事で、士気を下げさようと試みた。
「ぐわっ」
「また出たぞ!」
「敵だ!敵がこっちにいる!」
「くそっ!また消えた!」
「探せ!また襲って・・ぎゃっ?!」
秋月兵は、細い道を少数になっている所を次々と襲われる。大声を出して味方を集めると、もうそこにはいない。
山中の地理を完璧に把握し、突然現れては暴れ回り、直ぐに視界から居なくなる了意の部隊は、暗い山中では必殺の部隊と化していた。
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