第95話

束の間の凪だった。


ハイウェイに設置されている通行禁止を示す標識の光が、規則正しく車内に飛び込んできてエリスの後姿を照らしていた。彼女は、街に響き渡る音楽に合わせて鼻歌を口ずさんでいるようだった。


「エリス・・・」

「ねえヨナ、綺麗だね?」


振り返らず、彼女はそう言った。

いつもは灰色の街が炎に照らされてゆらゆらと揺れているのが見えていた。割れたガラスは光を反射して、まるで星のような煌めきを放っている。目まぐるしく流れていくガードレールはいつも同じ場所だけが白く輝いて見えて歪み一つ見当たらない。


「ああ」


やがて、新たな合流地点へと差し掛かる。偶然にも、そこで鉢合わせした車両には平和贈呈局員が何人か乗っていた。


「伏せろ!」

「!!!」


エクスプロイターの閃光がいくつも瞬いて、エリスの目の前で炸裂した。激しい警報と悲鳴が鳴り響く。


「エリス!無事か!?」

「わたしは大丈夫・・・でも」


エリスがそっと体を翻す、すると、車体のドアに当たる部分に大きな穴が開いていた。長くは持たない。メルロックフェイカーが唸りを上げて、それに伴いエリスも小さな悲鳴を上げる。背後から浴びせられる銃弾の雨が弾けて車内に降り注ぐ、流線型のボディは所々溶かされながらもアーチ状の坂をぐんぐん上っていく。背後からこちらに向かって飛んできていたエクスプロイターの花火が段々と少なくなりそれはやがて無くなった。安心した刹那、二人はお互いに終焉を感じた。


進行方向上で、眩い警告灯が一列に並んで道を完全に封鎖しているのが見えたのだ。


「・・・!」


ヨナは必死に抜け道を探した。時間は限られている、加えて、スピードを緩めるわけにもいかない。だが、そんなものはどこにも見当たらなかった!

気が付けば、シフトレバーを握る手に小さな手が重ねられていた。温かく、傷だらけで、指が何本か欠損した小さな手だ。その手の持ち主は、まだ無様に生き永らえようとするヨナを優しくたしなめるように首を横に振った。その瞬間、彼の目的は終わりを迎えたのだ。 


メルロックフェイカーは、右に一度大きく膨らむと、そのままの勢いでハイウェイのガードレールに突っ込み、落下した。

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