第77話

 同区画は滅茶苦茶に荒れ果てていた。

原因の一つであるベースメンターは、進路上に立ち塞がるものを容赦なく踏みつぶして転がし、瞬く間に瓦礫の一部に変えてしまった。

物陰へ身を隠していたり、逃げ回っていたクルードの住民たちは、一時的とはいえ、周囲の安全を鋭く察知すると自然と集団を形成し始め、この場所では集団の中心にはヴィンセントの姿があった。

一人一人が指示を得て走り去っていき、つい先ほどマーケットで得たばかりの食料は、踏みつぶされて、塵や灰に塗れたもの関係なく発見され次第活用された。


『おおーい!!おおーーいっ!!!!』


まだまだ、騒乱が止まない方から、一人の娘が駆けてくる。

軽やかな足取りに、張りのある浅黒い肌、しなやかな四肢と細く滑らかな髪。

それは、ジーナだった。

彼女を知る者は彼女の無事を喜び、また同時に、彼女の体の心配をしたが、当の本人は額から滲み出る汗をそのままに集団を割って中央へと突き進んだ。


「ジーナ!さぁこれを」


中央手前で、彼女の仲間の女が、見つけたばかりの食料と、破裂した水道から掬い上げた水を手渡した。ジーナは何かを言いかけたが、まずはそれを受け取り、強靭な臓器に流し込んで糧とし、ヴィンセントの袖を両手で引いて言った。


「ヴィンセント!大変なんだ!ロジカが!」

「ロジカが?」


ジーナ、ヴィンセントに続き、その場に居合わせた者らも口々にロジカの名を唱えた。

『お世話』の取り決めが、この街の上層階級と交わされて以降、最も多くの物資を、クルードにもたらした彼女の名を知らない者は居なかったのだ。


集団と少し離れた場所で、別の集団の中央に居たエリスは、ロジカの名を耳にするとすぐにそちらへと向かった。後を追おうと目線を切るヨナ。彼の手が何者かによって捕らえられた。無意識化で何かを悟らせるような、冷えた手だった。


「レト」


ヨナが両手でそれを迎えると、レトは太陽のようにあたたかな微笑みを浮かべていた。

「違うわ、ヨナ。わたしは男に´いくな´なんて絶対に言わないわ。そうじゃなくて、こ・れ」

ヨナの手の間で、レトの手が何かを擦り付けるように動いた。

互いの手の隙間で生まれる異物感にヨナは咄嗟に手の向きを変えて、落とさないようにそれを受け取った。


「レト?これは」


「とても大切なモノ。あなたにあげる」


レトの手が離れてゆき、手の平には黄金の光を映す銀色の輪が乗っていた。

ヨナは咄嗟に真実を告げた。

 

「俺には相応しくない。俺は君たちの仲間を何人も、殺してしまった」


「そう、これはあなたのつみ、あなた達へのばつ。そして、わたしたちの復讐」


「復讐?」


ヨナは、銀色の輪から目線を持ち上げて思わずレトを見た。

向けられた刃のように鋭く、燃え盛るような瞳が一瞬見えた気がしたが、目の前の人物の表情は柔和で確かにレトその人であった。


「なんてね。わたしからヨナへ、ヨナからあの子へ・・・」


「君は、一体誰から?」


『ヨナぁッ!!おい!ヨナっ!!エリス行っちゃったぞ!!!』

ジーナは奇妙な事に、姿が見えていないはずのヨナが近くにいる事を知っていたようだった。


声のした方を見て、再び視線をレトへと戻す。一連の動作はまるで、無垢な子供だ。


「その内わかるわ。さあ行きなさい」


「ああ、わかった。わかったが。レト。あまり目立つ事は、その、しないでくれ」

「まぁ・・・」

「いってくる」


ヨナは踵を返して、歩を進めた。一度集団を抜けると、むせるような騒乱の臭いがそこかしこからした。

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