1-3 少年たちの憧憬

 頭は重く。刀身は軽く。刃はつけずに形だけ整える。そうして土から組み上げたうちの片方を、ケイに向かって放った。


「へへ、ちょうどいい感じだ」

「そりゃ同じの何百本も作らされてたらそうもなるよ」


 余った土をバスケットの内側に吸い戻しながら答える。二人で剣の稽古をするときは、魔術練習も兼ねて鍛造術式で土剣を組み上げるのが定例となっていた。硬化を重ねれば木剣よりもよほど頑丈で、壊してもまた組み直せばいいし、なにより実践用のそれに似せて重さも調節できる。


 とはいっても、俺程度の腕だとちゃんと土質を選ばないとケイの豪腕に耐えられるものは作れない。それに、魔力を通しやすいよう普段から手近に置いていじっているものが望ましい――魔力浸透の難度は術者と対象の近接性、つまり身近さに強く依存するから――こともあって、使い終わった土をリユースすることも大事だ。


 ケイは何度か土剣を振ってみて、納得いったように両手で握る。俺も同様に構えて距離をとった。月獣相手の剣術は一刀を両手で振るうものが多い。それは人間以上の膂力を持つ獣と対峙するにあたって身につけられた知恵だ。獣の硬い皮膚を切り裂き、致命傷を与える――与えるための傷を創る。


「それじゃあルールはいつもどおり。直接的な魔術なし、禁じ手なし。あとはなんでもあり。いいな?」


 俺たちの間には一つのルールがあった。兄さんには本気を見せない。基礎練習だけ見てもらって、本命は二人きりの立ち会いで試す。最初は兄の鼻をあかしたかったケイの決めたルールだったが、今では俺も従っていた。いつまでもお荷物だとは思われたくなかったから。


「お手柔らかに」


 首を縦に振ると同時に、ケイの方から凄まじい熱が放たれる。そう、この領の戦士とはすなわち魔術師でもある。皮膚では魔術的炎を弾くほどの魔力抵抗も、一つ切り傷を作ってやればそこから綻ぶ。切っ先から炎を放つも、食い込んだ刃からさらなる刃を生み出すも自由自在。


 ゆえにこそ、剣士は一撃を尊ぶ。


 焼入れされた刃が懐に飛び込んでくるのを、土剣を合わせて反らす。足裏から強烈な爆炎を放ち、反作用で推進するケイが身体ごと押し込もうとする剣を受けるため、あえて俺は自分を念動で吊って積量を軽くしてやることで間合いの外へと逃れ出た。


「また靴ダメにしてる。誰がそれ直すと思ってるの」


 おまえだよ、という答えより先に身体が来た。今度は予想できる。体重と推進力の乗った重たい一撃を受けるため、俺は訓練場の土と同一化を図る。身体に一本芯を通すように、踏ん張った足から力が地面へと流れるようにアンカーを打って――受け止める。


 ケイは生粋の炎術師パイロマンサーだ。炎術師は純粋な破壊力の申し子。その視線はさながら炎の舌のように敵をなめ、燃え殻にする。空間認識能力にも長けたケイなら、中空を爆破して短時間なら翔ぶ・・ことさえ叶うだろう。


 弾いてケイの身体を大きく揺らす。好機と見て取って、刀身に当てた右手から小刀を二本割り出し、少し短くなった剣身の上を滑らせるようにして視線誘導で射出する。狙いは上体の起き上がる位置だ。


 届くかと思った瞬間、蜃気楼のように視界が揺らいだ。直後、爆炎で土煙が上がる。俺の魔力でコーティングした小刀は折れずとも、見えないものを念動で操ることはできない。ロストした二振りから集中を切る間もなく、足刀が飛んでくる。


 上段の蹴り、コマのように回って深い突き込み。どちらもほうほうの体で受けるも、加速のついた身体の後を追うのは自殺行為だ。再び受け止めねば勝ちはない。

 粉塵の向こうで影が揺らめく。次こそはカウンターで差し切ってみせると集中した脳が、身体が、なめらかな魔術行使で自分の体を固定する。


 けれど――直後、煙を割ってまず飛び込んできたのは小刀だった。先刻自分が撃ち出した刃が意識の外から俺自身を刺しに来る。


「足、止めっからそんなことになるんだよ」


 固定してしまった身体では大きく体勢を立て直すこともできない。残るは払うか、躱すか。どちらにしても身体は流れ、次なる本命の飛び込みは受け止められない。


 ピタリ、と土剣が腰から崩れ落ちたオレの頭部に当てられる。唐竹割りの一刀の向こうに、ケイの切れ長の瞳が会心の笑みに歪むのが見えた。


「一本目、オレの勝ち」

「最後のアレ何? 蹴ったの?」

「いや撃った。魔術でケツに火ぃつけて」

「前まであんな事できなかったのにな」

「おまえな、正確な魔術は自分の専売特許だと思ってんのか? あんくらいオレにだってできんだよ」


 もちろん一発勝負だったけどな、と胸を張る自分よりも大柄な少年に、俺は尊敬の念を抱かざるを得ない。いくら彼の集中力が凄まじいものだとはいえ、落ちる小刀の柄を捉えて射出するためには当然日々――俺達の見えないところで――訓練を重ねたことだろう。彼が言って見せるほどにかんたんなことでは決してない。


 ケイはまだ尻餅をついたままのオレにまっすぐ手を伸ばす。彼のひたむきな努力とそれによって萌芽しつつある才能――それらすべてがまぶしく、俺はその手を取れずにいた。


「ケイはすごいな。もうほんとにひとりで戦えるんじゃない?」

「ああ、オレはすごいぜ。すぐ教官からも一本取れるようになって輪番に参加してもいいって言ってもらえるようになる」


 彼は明るく笑う。そしてあらためて俺の手を握り、一気に引き上げた。


「でもおまえもすげーよ。この剣だってそうだし、小刀もそうだ。おまえの作ったやつじゃなきゃあんな即興でぶっ飛ばそうだなんて思うかよ、壊れないように加減する暇なんてなかった」


 年相応の表情でケイは笑い、俺が自分の足で立てるのを確認するとまた数歩距離をとった。


「んじゃ二本目な。次はそっちから来いよ」


 手招く親友のもとへ翔ぶため、俺は足に力を込める。浮いた身体を念動で支え、太陽を背にし――

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