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その日は朝から雨が降っていて、午後からは風もかなり強くなっていた。
果たして。
電話が鳴る。それを取った
「ホットレスキュー!」
「!」
その場にいた全員が、弾かれたようにアラートパッドを飛び出す。雨に濡れようが気にしてる場合じゃない。一番最初にエプロンに停まっている機にたどり着いたのは、やはり
「遅ぇよ、春日!」今江二曹の一喝。
「すみません!」息を切らせて、私は自分の席につく。やはり体力的には男性にはかなわないが、一分一秒を争うレスキューでは、そのハンデに甘えるわけにはいかないのだ。
だけど……実は今江二曹は私よりも一つ年下。それでも自衛隊でのキャリアは彼の方が長いし階級も一つ上なので、彼はいつも私を名字で呼び捨てにしている。正直、生意気だと思うことも無いわけじゃないけど……しかたない。
右エンジン、続いて左エンジンが始動する。機器のチェックも終了。
『アスコット01(捜索機のコールサイン)、コマツタワー、ウインド 113 アット 10。クリアー フォー テイクオフ、ランウェイ24(風向 113 、風速10ノット。滑走路24からの離陸を許可する)』
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レスキューを要請してきたのは、輪島の漁船だった。輪島沖で操業中、誤って乗員の一人が海に転落したらしい。救命胴衣を付けてはいるものの、波が激しくて近づくことすらできない。そうこうしているうちに海流と波に流されて、見えなくなってしまったという。
七月のこの時期なら海水温は十分高いが、天候が悪すぎる。波も高いし雨は体温を下げる効果があるので、おぼれていなかったとしても生存可能なのは数時間と考えた方がいい。
とにかく機体が揺れる。視界も悪い。漁船は発見したが今回のレスキュー対象じゃない。ようやく捜索エリアに到達。だが……海面上にそれらしい姿は何も見えない。機体下部の捜索レーダーを使っても、それと思しきエコーはない。伝家の宝刀、TIE を下ろしてみる。
……ダメだ。これだけ波が高いと、海面がかなり隠れてしまう。それに、広大な海で一人の人間の姿を探すのは、体育館の中で一粒の砂を探すようなものだ。
機長の今江三佐は、半径2キロメートルの円を描きながらじわじわと捜索エリアをずらしていく。だけど……どうしても見つからない。
捜索から一時間ほどが経った。
「そろそろ
「ああ……残念だが、RTB(Return to Base:基地への帰投)しなきゃならないな」
辛そうに機長の末広三佐が言った、その時。
……!?
TIE の画面の中に、チラリと何かが見えたような気がした。
「機長!」思わず私は声を上げる。「
「春日、何か見つかったのか?」末広三佐が私を振り返る。
「分かりません。ですが……もう少し近づかないと……」
「了解」
末広三佐は私の指示に従ってくれた。私はそのままTIEの画面に釘付けになる。
1分……2分……
「まだ見つからねえのか? ビンゴになっちまうぞ?」今江二曹の声。私は思わず怒鳴る。
「うるさい! 集中してんだ! 静かにしろ!」
「!」
姿は見えなくても、ヘッドフォン越しに今江二曹が息を飲んだ気配が伝わる。それ以上彼も何も言おうとしなくなった。私は再び画面に集中する。
……やっぱりだ。ノイズかと思ったホットスポットが、波に見え隠れしながらも、だんだん大きくなってくる。
「
「「了解!」」小島二尉と今江二曹が応える。
「いたぁ!」先に声を上げたのは、小島二尉だった。「いました! 白い救命胴衣を来た人が浮かんでます!」
「!」
キャビン内の空気が一気に高揚する。末広三佐が機体をぐい、と傾ける。私からも見えた。確かに白い救命胴衣を来た人らしい姿が、海面上に浮かんでいた。項垂れていて、意識があるのかどうか分からないが……
ああっ! 顔を上げた! 生きてる! 意識もあるんだ!
「よっしゃ!」末広三佐だった。「みんな、確認したな? サバイバーは意識がある! 春日、ヒーロー(救難ヘリのコールサイン)に報告しろ!」
「了解!」喜び勇んで私は無線のスイッチを入れる。「ヒーロー01、アスコット01」
『アスコット01、ゴー アヘッド(どうぞ)』間髪を入れず、ヘリから応答が返る。
「サバイバーを確認!
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