夜と共に (※えっち注意)(場合によってはlily)
春嵐
第1話
わるくない月だった。肴に酒を呑むにはちょうどいい。
「ほら。酒だけ呑んでるとからだこわすよ」
彼女が、何か食べるものを持ってくる。
漬物。カルパッチョ風の何か。焼鳥。ぜんぶ、自分が作って冷蔵庫に入れておいたやつ。
「んん。おいしい」
彼女が、焼鳥を食べる。
「旨いか。それはよかった」
「漬物も出しちゃったけど、大丈夫?」
「食えれば大丈夫だろ」
彼女が、いる。それを、なんとなく確かめたくなった。
手を伸ばす。
それに気付いた彼女が、手に焼鳥をセッティングしてくれた。
「どうぞどうぞ」
違うんだけどな。
とりあえず、渡された焼鳥を食べて。酒を呑む。
わるくない月だった。
ひとりで生きて、ひとりで仕事をこなしてきた。昔の記憶は、あまりない。側頭部に銃創があって、それのせいらしい。いつどこで撃たれたのかも、覚えていなかった。仕事に支障がなければ。あまり気にもならない。
月を見ると、わるいやつらの居所がわかる。それを頼りに、わるいやつらを捕まえる。そういう仕事。月に1回は、ホスピタルで調査。
今日は、調査の日だった。
結果は、異状なし。もっとも、側頭部の傷なんて二の次。実際のところは、月を見るとわるいやつらの居所がわかる能力の、解析。
「よし。だいじょぶ。何も問題ないね」
問題があるのは、彼女のほうだった。データ取っているよく分かんねえ機械に繋がれている間、暇だからという理由でセックスを仕掛けてくる。断る理由はないが、何もデータ取ってる間にやることでもねえだろといつも思う。
「おっと、おっとっと」
彼女が、自分の下から出てきたものを綺麗に指で掬い取る。そして舐める。
「手を洗えよ」
「もったいないでしょ?」
なにが。
「ほら。ね」
下にまた絡みついてくる。
自分の下半身事情については、自分より彼女のほうがよく分かっていた。自分でも、どこをどうするとできるようになるのか、分からない。
「はあ」
「まあまあ。任せなさいって」
彼女は、回数に応じたやさしさを見せる。2回目以降は、歯を立てず、撫でるように。
そうやっているうちに、データ取得が終わったらしい。
起き上がる。眠っていた。いつ寝たのかも分からない。そして、いつも少しだけ落ち着く。彼女の匂いが残っているから、だろうか。
そのまま、仕事だった。
わるいやつらを捕まえていく。わるいやつらは、ほとんど人ではない。仲間内では狐と呼ばれているが、なぜそう呼ばれているかも自分は知らない。というより、知ろうとしていない。理由など、どうでもよかった。単純に、日々を過ごす。そのためだけの仕事。
そして、帰れば彼女がいる。自分の作った料理を、勝手につまんで食べている。そういう日々。
そういう日々が。
続くと思っていた。
彼女が、死んだ。
といっても、仕事の中の処理なので、死んだ姿を見たわけでもない。ニュースで、病院で事故が発生しひとり死亡。それだけ。
その日から、彼女が、家に戻らなくなった。死んだのだということが、なんとなく、かろうじて、それで理解できる。死んだから、彼女は戻ってこない。
それでも、料理は多めに作ってしまう。彼女がつまめるように、小分けにして冷蔵庫に入れてしまう。
頭の銃創が、少しずつ熱を持ってきた。いたいわけではない。つらさもない。ただ、熱をもつ。よく分からない何かが、燃えているみたいだった。だからといって、何かをするわけでもない。ホスピタルには行かなくなった。仕事だけをこなす。それだけの日々。
わるくない月だった。肴に酒を呑むにはちょうどいい。
「さて。酒だけ呑んでるとからだこわすかな」
自分で、何か食べるものを持ってくる。
漬物。カルパッチョ風の何か。焼鳥。ぜんぶ、自分が作って冷蔵庫に入れておいたやつ。
「んん。おいしい」
焼鳥を食べる。
一緒に食べてくれる相手はいない。会話してくれる彼女も。もういない。
「漬物も出しちゃうか」
彼女が、いる。それを、なんとなく確かめたくなった。
手を伸ばす。
誰もいない。何もない。
行き場を失った手は、焼鳥を掴んだ。
違うんだけどな。
とりあえず、掴んだ焼鳥を食べて。酒を呑む。
わるくない月だった。
ただ、彼女がいない。
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