4-15. 大都会東京

「お主、そんなにルコアが大切か?」

 レヴィアは腕を組んで淡々と聞いた。

 ヴィクトルは放心状態で静かに首を振る。

 そして、静かに口を開いた。

「失って初めて……知りました。僕は彼女無しでは……もう生きていく自信がないです……」

 そう言ってヴィクトルはまたポトリと涙をこぼした。

「彼女のために人生をなげうつ覚悟はあるか?」

「えっ? それはどういう……?」

 ヴィクトルはレヴィアの言葉の意図をはかりかね、キョトンとした顔で聞く。

「一人だけ……、ルコアを復活できるお方がおる……」

「えっ!? ……。あっ! ヴィーナ……様?」

「そうじゃ。女神様なら……可能じゃろう。じゃが……本来そんな願いなど許されん。何を言われるか……」

「えっ! えっ! なんでもします! 彼女を! ルコアを復活させてください!」

 ヴィクトルは飛び上がってレヴィアにすがりついた。

「なんでも?」

「たとえこの命を失っても、彼女を復活させたいです!」

 レヴィアは、大きく息をつくと、

「お主がそこまで入れあげるとはのう……」

 そう言ってヴィクトルをじっと見つめた。

 ヴィクトルは眉間にしわを寄せ、真っ赤な目でレヴィアを見つめる。

 レヴィアにとって女神は高位の存在。業務外の願い事を直談判するなどあってはならないことだった。

 レヴィアはしばらく目をつぶり……、意を決すると言った。

「では……、聞いてみよう」

「ありがとうございます!」

 ヴィクトルはレヴィアに抱き着いた。まだ若く甘酸っぱい香りに包まれる。

「おいこら! やめろ! 離れろ! ルコアに言うぞ!」

 ヴィクトルは慌てて離れ、赤くなって照れた。

 レヴィアはジト目でヴィクトルをにらむと、iPhoneを取り出し、じーっと画面を見つめる。そして大きく息をつくと、電話をかけた。

「レヴィアです――――、ご無沙汰しておりますー。はい、はい。その節は大変にお世話になりまして……。いや、とんでもないです。それでですね、一つお願いがございまして……」

 そう話しながら向こうの方へと行ってしまう。

 ヴィクトルはジリジリとしながらレヴィアの様子を見ていた。

 話し終わると神妙な顔をしてレヴィアが戻ってくる。

「な、なんですって!?」

 待ちきれないヴィクトル。

「まずは話を聞きたいそうなので、田町へ行くぞ」

「田町?」

「この宇宙をつかさどる最高機関があるところじゃ。このiPhone買ったのもそこじゃ」

「iPhoneの星ですね?」

「その星はスティーブ・ジョブズという天才を出した星なんじゃ。行くぞ!」

 レヴィアはそう言うとヴィクトルの手を取って空間を跳んだ。


       ◇


 気づくと、石畳の街並みが見える……。

「あれ? 王都ですか?」

「まずは手土産を買わんと……。戦艦大和もぶっ壊しちゃったしのう……、ふぅ……」

 レヴィアは暗い顔をして言う。

「え? 大和のオーナーなんですか?」

「オーナーはシアン様。ヴィーナ様と同じオフィスにおられるようじゃ。さっき笑い声が聞こえとった」

 そう言いながらレヴィアはケーキ屋のドアを開けた。

 店内には、綺麗に彩られたショートケーキや焼き菓子が棚に丁寧に並べられている。

 レヴィアはそれらを真剣に見ながらうなる。

「手土産がそんなに重要なんですか?」

 ヴィクトルが聞くと、

「お主、手土産をなめとるな? この手土産が当たるかどうかですべてが決まるんじゃ」

「えっ!?」

「間違えたらルコアは生き返らんぞ!」

「そ、そこまで!?」

「あっちの星になくて、それでも奇抜な味じゃなくて、高級で、口に合うもの……。どれか分かるか?」

 ヴィクトルは固まってしまった。

「大賢者も勉強せねばならんことがたくさん残っとるな」

 レヴィアはそう言って笑った。


 結局、いちじくのレアチーズケーキと、桃のタルトを選び、田町へと跳んだ。


        ◇


 ヴィクトルが目を開けると、そこはコンクリートジャングルだった。立ち並ぶ高層ビル、大通りをビュンビュンと走り過ぎていくトラックにタクシーにバス。そしてビルの間には真っ赤な東京タワーがそびえていた。

「えぇぇ!?」

 初めて見る大都会東京にヴィクトルは思わず大声を上げた。


 はっはっは!

 レヴィアはその様子をおかしそうに笑うと、

「いいか、大賢者。この星には魔法が無いのじゃ。本来魔法が無くてもここまでの事はできるんじゃ」

 そう言ってドヤ顔でヴィクトルを見た。

「これは……、とんでもない事ですね……」

 ヴィクトルはゆっくりと首を振りながら感嘆した。

「うちの星もこのくらい栄えて欲しいものじゃが……」

 レヴィアはため息をついた。

「この国にも王様はいるんですか?」

「おるよ、この先に皇居という宮殿があってな、そこにお住まいじゃ」

「ではその方がこの国を統治されている?」

「いや、この星ではどこでもそうじゃが、王様は君臨すれども統治せず。政治は国民が選んだ人がやるんじゃ」

「えっ!? そんなことができるんですか?」

「大賢者ですらそういう発想にいたらないことが、うちの星の問題なんじゃな」

 そう言ってレヴィアは肩をすくめ、ヴィクトルはうつむいた。

「とはいえ、この星の発展ももう終わりじゃ」

 レヴィアは目を閉じて大きく息をつく。

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