4-14. 究極の選択

「レヴィアです――――、ご無沙汰しておりますー。はい、はい。その節は大変にお世話になりまして……。いや、とんでもないです。それでですね。戦艦大和をお借りしたいんですが……。いや、そうじゃなくて主砲をですね……。え? まだ、テストしてない? うーん、それじゃ、テストかねて私の方で試し撃ちを……。はい、はい。分かりましたー!」

 電話を切ると、レヴィアは画面をパシパシと叩く。

「よしよし! エクサワット・レーザーでヒルドも木っ端みじんじゃ!」

 レヴィアは悪い顔をして、画面を戦艦大和のコントロールセンターへとつなげた。

 画面に浮かび上がる大和のステータス。そこには現在位置と周囲の状況、兵装の状況や機関の稼働具合、居住空間の各種管理状況などがびっしりと表示されている。

「えーっと、ヒルドはどこじゃ? むぅ……、このままじゃ狙えんのう。艦全体を90度右旋回じゃ!」

 そう言いながら、画面をパシパシと叩く。

 艦橋からの風景がゆっくりと動き出し、右手から真っ青な海王星がぽっかりと姿を現してきた。満天の星々を背景に浮かぶ紺碧の星、それはまるで宇宙に浮かぶオアシスのようだった。

「そして、主砲は……これか……。目標海王星!」

 レヴィアはパシパシと画面を叩く。

『ヴィーッ! ヴィーッ! 主砲、旋回します。総員退避してください!』

 警告が流れる。

「えーっと……、スタビライザーをオンにしてっと……、旋回!」

 レヴィアは画面をにらみながら叫んだ。大和の主砲は一基二千五百トン。これが三基一斉旋回すれば艦の姿勢も当然影響を免れない。スタビライザーは必須だった。

 ゆっくりと主砲が次々と旋回を始め、三基九門の砲塔が海王星をとらえる。

 それを確認したレヴィアは、横の画面にマニュアルを表示させながら発射準備を進めていく。

「えーっとなになに……。次はエネルギーを充填しろ? 充填しすぎると壊れるから注意……ね。ホイホイっと」

 レヴィアは画面のボタンを次々と押していく。

『充填装置初期化完了。核融合炉稼働率上昇。十秒後最大です』

 淡々と案内が流れる。

 レヴィアは計器の針をにらみ、動き出したのを確認すると叫んだ。

「よしっ! エネルギー充填開始! 大賢者! お主は照準を担当しろ!」

 レヴィアはヴィクトルの前に画面を開く。

「発射指示から着弾まで約十秒かかる。画面を操作して十秒先の位置に照準を合わせるんじゃ!」

 任された画面には隅の方に小さな光の点が動いている。これがヒルドの乗ったシャトルだろう。

 ヴィクトルは画面を動かし、拡大し、十秒後に中心の×印を通過する位置に合わせてみた。

「何とかできそうです。でも、ちょっと待ってください。これ、ルコアはどうなるんですか?」

「ルコアは再生させてやる」

 レヴィアは画面をパシパシと叩きながら答える。

「それは……、ルコアの魂がよみがえるってことですか?」

 レヴィアは答えなかった。

 無言でパシパシと画面を叩く。

『エネルギー充填80%。主砲安全装置解除。これから先発射プロセスは中止できません』

 システムメッセージが淡々とスピーカーから流れる。

「も、もしかして……、ルコアの魂は死んでしまうんですか?」

「ルコアには申し訳ないが、今は星を守る方が重要じゃ」

 レヴィアは冷たく言い放つ。

「ちょっと待ってください! ルコアを殺すってことですか!?」

「じゃぁどうするんじゃ? このまま破滅を選ぶのか? 言っとくが、我とルコアは千年来の友人じゃぞ! 最近会ったばかりのお主よりつらいわ!」

 レヴィアは涙を浮かべた目でヴィクトルをギロリとにらんだ。

 ヴィクトルは言葉を失い、ただ茫然として椅子の背にどさりともたれかかった。

『キュイィィ――――ン!』

 高周波音が響き始める。

『エネルギー充填100% 発射ボタンを押してください』

「早く押せ! 逃げられるぞ!」

 レヴィアは厳しい口調で言った。

「えっ……、ル、ルコア……」

 ヴィクトルは指先が震え、目の前がにじんで動けなくなった。

『エネルギー充填120% システムの許容量を超えます。速やかに発射してください』

「何やっとる! どけ! 我が押す!」

「だ、大丈夫です! 押します!」

 そう言うとヴィクトルは照準を設定しなおし、

「ル、ルコアぁ……」

 と、涙をポロポロとこぼしながらボタンを押した。

『ヴィヨッ――――!』

 奇妙な電子音が鳴り響く。そして、激しい閃光が大和を覆い、まばゆい光の筋が次々と海王星方向へと放たれていく。

『ボン!』

 直後、爆発音が響いた。

「ああっ! 主砲がぁ!!」

 レヴィアが叫ぶ。見ると前甲板の二基は無事発射できたものの、後ろ甲板の主砲が爆発して炎上してしまっている。

「もう撃てんぞ! お主が躊躇なんかしとるからじゃ!」

 怒るレヴィア。しかし、ヴィクトルはもう何も考えられなくなっていた。

 あの可愛くて美しいルコア、『主さま』と、にこやかに話しかけてくれた彼女を手にかけてしまったのだ。

 愛しい彼女、一緒に人生を歩みたいと初めて思った女性、それを自らの手で撃たねばならない不条理……。ヴィクトルは震える自分の手を見つめ、ただ涙をこぼした。

 レヴィアは大きく息をつくと、暗い顔をして言う。

「そろそろじゃ……」

 ヴィクトルは窓に駆け寄って海王星を眺めた。すると流れ星のような閃光が一瞬キラリと光り、直後、ポッと赤い点が浮かんだ。そのあと、海王星の表面に赤いラインが輝き……。やがて何もなかったようにまた紺碧の海王星へと戻って行く。


「撃墜……じゃ」

 レヴィアは目をつぶり、静かに言った。

「う、う、う……ルコアぁ……」

 ヴィクトルはひざからガックリと崩れ落ちる。

 ぐわぁぁぁぁ!

 ヴィクトルは頭を抱え、張り裂けんばかりの叫び声をあげて泣いた。

 『主さま』と、微笑みかけてくれた彼女はもういないのだ。ヴィクトルはかけがえのない者を失った悲しみに、自らが壊れるような衝動でグチャグチャになりながら泣き叫んだ……。

 うぉぅおぅおぅ……。


 レヴィアは海王星に手を合わせ、目をつぶってキュッと唇を噛む。


 しばらく部屋にはヴィクトルの嗚咽おえつが響いていた……。

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