4-11. 魂の故郷

 ベシッ!


 頬を叩かれてヴィクトルは目を覚ました……、が、何も見えない。

 真っ暗だったのだ。

「う?」

 ゆっくりと起き上がり、明かりの魔法をつける。

 そこは洞窟の中だった。冷たく湿ったゴツゴツとした岩の上に寝ていたらしく、身体の節々が痛い。

「起きたか大賢者! いくぞ!」

 見下ろすと、ヒヨコサイズの龍がピョコピョコ動いていた。

 ヴィクトルは両手でそっとレヴィアを抱き上げると、聞いた。

「ここが海王星ですか?」

「まだじゃ、気が早いのう。ここは地球のコアじゃよ」

「コア?」

「見てもらった方が早い。あっちじゃ」

 レヴィアは洞窟の先を指さした。


 岩が凸凹として歩きにくい洞窟内をしばらく進んでいくと、甘く華やかな香りが漂ってきた。それは疲れ切った心を癒してくれる優しい香りだった。

 さらに進むと、洞窟の先から明かりが差し込んでいるのが見えてくる。

 ようやくヴィクトルは、ここの事を知っていることに気がついた。それこそ生まれる前から良く知っている。しかし……、なぜ知ってるのか、ここが何なのかが分からない。あまりにも奇妙な話で冷や汗がじわっと湧いてくる。


「どうした? 大賢者」

 レヴィアはニヤッと笑って聞いた。

「僕……、ここ、知ってる気がするんですよ……」

 ヴィクトルは恐る恐る言った。

「当たり前じゃ、お主は生まれる前から、そして今この瞬間もずっとここにいるんじゃから」

 ドヤ顔のレヴィア。

「ずっとここに……?」

 何を言われているのか分からず、首をひねりながらヴィクトルは足を速めた。そして、明るい出口にまでたどり着く。ヴィクトルはバッとのぞき込んだが、そこはまぶしい光の洪水だった。

「うわっ!」


 思わず腕で目を覆ったが、徐々に目が慣れてくるとその全容が明らかになってくる。

 それを見てヴィクトルは驚いた。なんと眼下にきらめく巨大な花が咲いていたのだ。

 洞窟の先に開けていた巨大な体育館程の広間、そこには床を埋め尽くすような大きな一輪の花があった。正確には、光る珠のついた塔が中央にめしべのように立っていて、周りに花びらのような光り輝く巨大なテント状のシートが展開された構造物である。無数の煌めきに覆われた花びらは荘厳で神秘的な美しさを放っていた。


「うわぁ……」

 ヴィクトルはその神聖な輝きに思わず見とれる。そして、その瞬間、それが何かを思い出した。この輝きは全て人々の喜怒哀楽の発露……、この花は全人類の魂の故郷だったのだ。全ての人の魂はここで生まれ、ここで煌めき、そして、死んでしばらくすると消えて命のプールへと還っていく。つまりヴィクトルの魂もずっとここにあったのだ。

 ヴィクトルはその煌めきにくぎ付けとなって、静かに涙を流しながら立ち尽くす。この煌めきの一つ一つが誰かの命の営み、輝く命のエネルギー……、この輝きこそが人間であり、この花こそがこの星の全てだったのだ。


「すごく……綺麗……ですね……」

 ヴィクトルがつぶやくと、レヴィアは、

「これがこの星のコア、マインドカーネルじゃ。この花をもっと強く、煌びやかに輝かせることが我の仕事なんじゃ」

 そう言って愛おしそうに煌めきを眺めた。


       ◇


「僕の魂はこれですかね?」

 床に降りて花びらの下に潜り込み、ヴィクトルは黄色く光る点を指さした。それはヴィクトルの呼吸に合わせて強くなったり弱くなったりしている。

「そうじゃな。お主の光もずいぶんと元気になったのう。アマンドゥスの時は青くて今にも消えそうじゃったぞ」

「え!? 見てたんですか?」

「お主の事は若いころからチェックしとったが、仕事のし過ぎで心が死んどったわ」

 ヴィクトルはうつむいて、改めて仕事中毒だった自分の前世を反省した。今世では必ずやスローライフを勝ち取らねばならない。そして、そこにはルコアが居て欲しい。

「ル、ルコアはどれですか?」

 ヴィクトルが聞くと、レヴィアはため息をついて言った。

「そこの黒く消えとるところじゃ……」

「えっ!?」

 ヴィクトルの光点の近くにある黒く消えた点……。ヴィクトルは思わず息をのんだ。

「ヒルドに乗っ取られて仮死状態にあるだけじゃと思うが……」

 ヴィクトルは居ても立っても居られなくなり、

「は、早く海王星へ行きましょう!」

 と、叫んだ。

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