訳ありで再就職した先は異世界からの出向会社。その社名は……株式会社異世界。新入社員は辛いぜ!
さかき原枝都は(さかきはらえつは)
第1話 解雇 episode1
その日。珍しく仕事が早く片付いた。
帰りは終電に間に合えばいいと思っていたのがなんと、定時前に帰れる状態になった。
こんなことは年に数回。いや、一回あるかないかだろう。
こんな日は早々に退勤して、飲みに行く。
誰かを誘いたいところだが、周りはみんな残業確定のようだ。
今日のところはボッチ飲みに徹する。
そう意気込み、結局帰りの電車は終電になってしまった。
駅からマンションまでの道のりをほとんど泥酔状態でふらつきながら歩いていくと。いきなりこみ上げる吐き気。
我慢できずに隣にぼぅ―と突っ立っている電柱にめがけて散々飲み食いしたものをすべて吐き出した。
もう意識もほとんどぶっ飛んでいたから罪悪感も感じなかった。
そして重い頭を上げた時、通りの向こうに人の影を見た。
それはまるで妖精のような可愛らしい女の子の姿だった。
その子は何かを俺に話しかけていた。
しかし、意識もうろうとしていた俺は、その言葉を理解することも出来なかった。
そして一気に青い光の中に包まれ、気が付いたのは自分のマンションのベッドの上だった。
あれはいったい何だったんだろうか?
おぼろげながら、記憶の中にしまい込んだあの光景とあの少女。
そして俺に人生最大の災難が降り注いたのだ。
◆第1話 解雇 episode1
腹減ったぁ――!!
この橋の下で夜露をしのいでおよそ一週間になる。
人間すべてを捨てれば、何とか生きることだけは出来るようだ。
ようやく残飯を漁るのにも抵抗感がなくなってきた。
一目を避け、この橋の下ダンボールマイハウスに移住? いや逃避生活を余儀なくされた。
これでもつい一か月前までは某一部上場のシステム会社で開発主任として勤務していた。
もう一度言う彼女も……いた。
しかし俺が解雇となり、あの報道が全国版のニュースで報道されると、煙のごとく俺の前から消え去っていった。
――――将来を誓い合った仲なのに。
所詮そんなものだったのか。
いまだに残る彼女のあの肌の温もりを思い起こすたびに、悲壮感が俺を包み込んでいく。
名目上は懲戒解雇。俺には全く身に覚えのないことだ。
そもそも俺はあのプロジェクトには一切たずさわってはいなかった。だが、その責任がどういうことか俺に向けられたのだ。
大規模なシステム障害が発生した。
数年がかりで構築した次世代のシステム。金融、交通、医療。衣食住、人間が生きていくうえで必要不可欠な生活をサポートするAI搭載のライフネットワーク。
そのシステムが突如全く反応しなくなったのだ。生活に密着したシステムなだけに、このシステムダウンは社会に大きな打撃を与えた。
一時的に機動隊が出動するにまで至ってしまったほどだった。
原因を調査した会社は、その発生原因を一社員の故意による改ざんにより発生したと発表した。
根本的にシステムが不安定であったことを
このことが明るみに出れば当然会社は、上場廃止となり倒産の危機に直面する。
そしてあろうことか、その詰め腹をこの俺にすべて向けさせたのだ。
全国版のニュースに実名こそは出なかったが、関係各部署、協力会社内ではすぐに俺の名が増殖する強力なウイルスのごとく広まっていった。
こうなれば個人の保護など全くと言っていいほど皆無な状態になった。
報道陣は俺のマンションにまで立てこもり、外に出ることも出来ず、数日間ずっと室内で布団をかぶって脅えていた。
スマホの着信はずっと鳴りやまず。挙句の果てに壁に投げつけ破壊した。
このままでは精神崩壊してしまう。いやすでに精神は崩壊していたのかもしれない。
手元にロープがあれば間違いなくぶら下がっていただろう。
外に待機する報道人の隙をつき、深夜俺はこっそりとマンションから抜け出した。
そのあとはありったけの金を引き出し、マン喫やカプセルホテルを転々とした。
ついに金も底をつき、この橋の下にたどり着いたという訳だ。
「腹減ったなぁ。まだ時間少し早ぇけど、あの店の残飯漁りにでも行くか」
呟くように独り言を言い、重い腰をけだるくあげ立ち上がると、橋の上から「おーい」と声がした。
聞き覚えのある声だ。
こういう生活して知ることがあった。
何も束縛されないように見えるこの生活にも、しっかりとしたルールと言うものが存在している。
そう、縄張りと言うものだ。
そのルールを教えてくれた人。今、橋の上から俺を呼んだ人だ。
年齢はおよそ四十歳くらい。この生活をもう五年以上は営んでいるようだ。
名? いやみんな本名と言うものはすでに捨てている。
彼のことを皆は『弦さん』と呼んでいる。なんでも昔は世界を渡り歩くほどのバイオリニストだったらしい。
だから弓にちなんで『弦さん』と言われているようだ。
俺の事は「
なんのことは無い。本名が
「ハッサン。いい酒手に入ったんだどうだい、一緒にやんねぇか?」
「おっ! いいですねぇ。ごちになります」
「おお、そうか。じゃぁ一緒に飲むべぇ」
どこでどうやって手に入れたのかは分からないが、未開封の一升瓶、日本酒のようだ。それを大事に抱えながら俺の前に座り、封を開けようとしているところを俺は止めた。
「弦さん、こうなったら、つまみ欲しくないですか?」
「ああ、いいねぇ。そうさなぁ、これにあうつまみだったらあそこがいいか」
弦さんはニコリと笑い、一升瓶を段ボールの陰に隠し置いて、よっコラショと掛け声を出しながら立ち上がった。
そしてひょいひょいと指でついてこいと俺を誘う。
俺らが行きついた先は、この町の商店街から少し外れた干物屋だった。
古びた感じの店構えは長年この地で営んでいることを明かしている。弦さんは迷わず裏に回り、戸をノックした。
すると、割烹着を来た年配の女性が顔を出した。
その人を見て弦さんは「今日はありますかねぇ」と言う。
そうするとその女性は「ちょっとまってて」と言い奥に戻り、新聞紙にくるんだ干物を弦さんに手渡した。
「ありがとうな。いつも」
「いいってことよ。お互い様だからね」
と親しげに会話をして、その店を後にした。
もらったものは多分廃棄になるものだと思うが、ごみ箱を漁るのではなく、直接もらい受けたのにはいささか驚いた。
「お知り合い何ですか?」
「いやなんて言うか。長い付き合いだからなぁ。ま、持ちつもたれずといったところだな」
「そうなんですか」とただ俺は返した。
それ以上の詮索は無用だ。
「さっ、早く帰ってこいつを肴に今日はのむべぇ!」
「そうですね」
と、その時俺の視界にえらい美人。金髪の長い髪を束ねた女性の姿をとらえた。
いささか細身の体にこれまた見るからに突き出た胸を重そうに……いやいや。見事なものをお持ちのようでと言いたくなるほどの大きさのバストを揺らしながら、歩くその姿を茫然として見ていた。
そして、その後ろに。
な、なんだあれは? 見たことのない異界の野獣が彼女に襲い掛かろうとしていた。
とっさに新聞紙にくるまった干物をその野獣に投げつけると。ぎろりとその目は俺をにらみつけた。
それから数秒もしない間に俺の視界は真っ暗な世界に閉ざされた。
異常な生臭さが全身にまとう感覚が最後にした。
ああ、酒。飲みたかったなぁ。
意識が遠のく前にそんなことを俺は考えていた。
まったく俺は最近ついていねぇ――――よ!!
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