第22話 現実


「どうです。初めて担当してみた感想は」

「何がお客様の為になるのか……一生懸命、話を聞いてみましたがまだわかりません」

「そうですね……今回は少し気をつけなければなりません。お客様の気持ちに寄り添い過ぎるのも危ない事です」


 ガラス越し、美しい庭園でレンタルロイドと話すお客様を眺める。


「死別の喪失感というのは恐ろしい物です。特にあの方はご両親と恋人を相次いで亡くすという事態に……恐らく平常心を保ててはいないでしょう。無意識に禁忌タブーを犯す可能性があります」

「恋人とよく似たロイドを作る可能性……ですか? 」

「今日、選んだレンタルロイドの近似性は40%程でしたが、オーダーは危険かもしれません。それに……」

「それに……? 」

「人は不安な時、弱っている時に適切な判断が出来ない事があります。数年経ってから……後悔するかもしれません。今、オーダーロイドという責任を負うのは難しいでしょう」

「え……? でもお客様はオーダーロイドを強く希望されていました。どうすれば……」


 水野さんがブラインドを閉める。


「お客様が戻られます。先の事は次回までに考えておきましょう」


 庭園から戻るお客様を迎えに行く。


 心がそんな場合じゃなくても、仕事は待ってくれない。私のカウンセリングデビューは思わぬ状況の中やってきた。


 この2年で、ご両親と恋人を相次いで亡くされたというそのお客様は、表面的には穏やかで誠実そうな男性に見える。


 悲しみを克服出来ていない……水野さんはなぜ、そう感じたんだろう。


「気持ちを引きずってはなりません。悲しい顔をしている担当者が幸せを運んでくれるとは、誰も思えないでしょう」


 お客様が帰られた後も考える私に、水野さんの一言。


 接客の時に出るあの優しい微笑みを水野さんは普段まったくしない。凍りついた真顔とのギャップ……どうしたらそんな風に気持ちを入れ替えられるんだろう。


 その間もロイドショップにはパートナーを求める人が多く訪れ、忙しいままに時間が過ぎていく。


 隣の修理センターにいるはずの海斗、ここにいれば……まだ海斗を近くに感じられる。


 首元に触れる指輪の感触が、何とか私を保たせてくれていた。







「終業時刻を迎えました。今から5分後に施錠されます」


 このアナウンスで一日が終わる事にもすっかり慣れてしまった。


「笹山さん」


 帰り際、重い足取りでロッカーに向かう私は、水野さんに呼び止められる。


「はい……何でしょうか」

「着替えたら店内に戻ってください」

「店内……ですか? 」

「はい、例の件で話があります」


 例の件……と聞いて、胸が激しく鼓動する。周りにはまだスタッフがいる。聞けないけれどきっと……そう。


 はやる気持ちを落ち着かせながら着替えて店内に戻ると、難しい顔をした水野さんと内藤さんが私を待っていた。


「待たせて悪かった」

「いえ……それで海斗はどうなんですか? 」

「その前に、話せる場所に移りましょう」


 水野さんについて歩き始める。すぐにでも話を聞きたいのに時間を稼ぐような彼女の態度に、つい苛立ってしまう。


 庭園側の通路に入ってすぐ左の部屋……特殊なお客様をご案内すると言っていた部屋を開け、水野さんは私達を通した。


「海斗の身体内部をスキャンしてみた」


 レントゲン写真みたいな物を内藤さんが光にあてる。人間とは違う、四角い箱が沢山の線で繋がれている。


「人間の内臓と違って目視では異常を確認しづらいが、現在、様々な角度から写したもので断線や機械の故障を探している所だ」


 これが……海斗の体内。


「海斗はどうしてますか? 」

「眠ったままだ……」

「眠っている状態なんですか? 」

「モーターは動いているし、僅かに呼吸のような物がある」

「通常のロイドは呼吸をしませんから、海斗にとって呼吸をする事が生命の維持に必要なのか……それとも人間に見せる為のダミーかは分かっていません」


 それまで黙っていた水野さんが初めて口を開く。


「どうしたら海斗は目覚めるんですか? 何が原因で……」

「海斗は人間に似せて作られている。そこが通常のロイドと違って難しい所だ。時間が……かかるかもしれない」

「時間? 一体どれくらい……」

「一週間……いや、一ヶ月かかるかもしれない。原因さえ分かれば治せるはずだ。必ず治す」


 敵か味方か分からないこの人達を信じて……海斗を任せていいのかわからない、でも……海斗の父親がいない今、海斗を治せるのはこの人しかいない。


「せめて一度……海斗に会えませんか? お願いです、あれから姿を見ていなくて言葉だけじゃ不安なんです、お願いします! 」


 沈黙が部屋を包む。


「笹山さん……それはどうしても許可できません。あそこに入れる人間は内藤ただ一人だけ。かといって海斗をカプセルから出す事も危険でありカプセル自体を移動する事も出来ません。方法がないか考えましたが……今は出来ないとしか言えません」


 それ以上何も言えなかった。


 結局、眠ったままの海斗を目覚めさせる方法もなく……治るまで会う事も出来ない。新しい事は何も分からないまま、更に重くなった足取りで、家に帰る。


 頭がぼーっとして何も考えられない、考えたくない。身体も重い……海斗に会いたい。ずっとその気持ちだけがグルグルする。


「ハルちゃん! 」


 部屋の前で、夢瑠と兄貴が待っていた。


「何があった」


 せっかく来てくれたのに、答えるのも億劫な自分が嫌になる。


「とりあえず上がって」


 一人の部屋に帰らなくて済んでよかった。夢瑠と兄貴を部屋に上げながらそんな事を思う。


「あいつは? 何度連絡しても返事がない。何があったんだ」


 お茶を淹れている間も兄貴はうるさい。


「ハルちゃん……? 」

「海斗……倒れたの」

「倒れたって……いつ、なんでだよ」

「昨日の夜、帰ったら倒れて動かなかった。原因はわからないけど修理センターに運んで治してもらうことになった。少し……時間がかかるみたい」

「時間? どのくらいだよ、ちゃんと治るんだろうな」

「そんなの分かんないよ! 」

「和……落ち着いてよ」


 矢継ぎ早に聞いてくる兄貴を夢瑠が止めてくれる。


「お前、大丈夫か? 」

「大丈夫。はい、どうぞ」


 二人分のお茶をテーブルに置いて、自分も座る。


「どうしようもないから……」


 どうしようもない……自分で言ったその言葉が、心の奥に重く響く気がした。夢瑠も兄貴も黙ってしまった。


「家、帰れよ。こんな所に一人でいたらどうにかなるぞ」

「大丈夫だから。仕事行くのも遠くなるし」

「大丈夫な訳ないだろ、そんな顔して」

「親にまで心配かけたくない」

「お前、まだそんな事言って……」

「わかった……」

「夢瑠……? 」

「カイ君、ロイドなんでしょ? 」


 夢瑠の言葉で、あのレントゲンを思い出す。海斗は間違いなく……ロイドだった。


 頷くと、夢瑠は微笑んで私の手を握ってくれる。


「ロイドなら、人間と違ってちゃんと直るから大丈夫だよ。ちょっと待ってればきっとニコニコ帰ってくるもんね。ここにいて待っててあげなきゃ、そうだよね? 」

「夢瑠……」

「お父さんとお母さんにも、まだしばらくは言わないでおこう」

「夢瑠、それは……」

「心配かけるだけでしょ、騒ぎ広げてどうするの? 和も冷静になって」

「でも……」

「ご飯食べに行くんでしょ? ねぇ、ハルちゃんも一緒に行かない? そのために来たの。いつも二人だとつまんないから」

「つ、つまんないって何だよ」


 夢瑠の、大きな優しさに救われた。


 海斗が倒れた事、その時側にいてあげられなかった事……そして海斗が本当にロイドだった事も、ショックだった。


 でも……ロイドなら直せる。


 夢瑠の言葉で少し、気持ちが落ち着いた私は兄貴と夢瑠と食事に出掛けた。隣に海斗が居ない辛さ……海斗が帰ってくるまでちゃんと耐えられるかな。


「ハルちゃん? 」

「ん? 」

「夢瑠ね、ハルちゃんの大丈夫を信じてる」

「ありがとう、夢瑠」

「でもね、きっと大丈夫じゃない日もあるから、その時は連絡して? ね? 」

「うん……」

「お兄ちゃんポイってして飛んでくるから」


 笑ってくれる夢瑠。


 樹梨亜も煌雅さんも、水野さんでさえも痛々しそうに見える私を前に気を遣ってくれた。


 でもこんな時……平気だよって笑い飛ばしてくれる……夢瑠の大きさが何だかお母さんみたいで……今はきっとその方が落ち着く。


「ありがとう、ちょっとの間だもんね。待ってみる」


 最後はそう言って、私も少し笑顔が出来た……そんな気がした。


 明日から、海斗のいない毎日が始まる。


 帰った後、一人の部屋で鏡に写る自分の顔を見つめる。


 “強くなりなさい”


 うろたえていた私は、海斗が倒れた後の事をよく覚えていない。でも、駆けつけた水野さんが私に言ったその言葉だけは、今でも覚えている。


 強くなる……海斗は必ず帰ってくる。

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