第5話 2年ぶりの我が家
なんか窮屈……そう感じて目を開けると胸の辺りに海斗の腕……なんだか抱き枕にされているみたい。
「ちょっと……海斗……」
動かそうとするけれど、寝入っているのか全然気づいてくれない。重いけど……起こしたくないな。
どうしよう……。
許されたスペースの中でせめて苦しくないように身体の向きを変えると、気持ち良さそうな寝顔が見えた。
あぁ……こんなに近くに海斗がいる、やっぱり……いいなぁ。
窮屈だけど、それさえも嬉しくなってきた私は、腕を回してぎゅっと身体を寄せる。
「はる……? 」
「おはよ」
「おはよ、早起きだね」
「だって苦しかったんだもん」
「ん? 体調悪い? 」
「違うよ、海斗がぐるぐる巻き付いてるから重いの」
「そっか」
離れてくれるかと思ったのに、海斗はニッと笑ってまたぎゅっとする。
「痛い痛いよ、海斗ってば! 」
「ごめん……でも嬉しい」
身体にかかっていた力が緩む。
「遥が隣にいるの、嬉しいからもうちょっとだけ」
今度は優しく抱き寄せ、髪を撫でてくれる海斗に、私も腕を回して背中に触れる。あの日、私を守ってくれた大きい背中を……こんな風に抱きしめられるなんて奇跡かもしれない。
しばらく抱き合っていた私達は、心地よくなってきて、また眠りについた。
「荷物片付いた? 」
「持ってきたのは片付けたけど、色々足りないな」
「そうだね、食器とかも置いてきちゃったし少し買わないと」
遅い朝食を済ませた私達は、持ってきたわずかな荷物を片付けていた。持ち帰りを許されたのは、それぞれキャリーケース一つ分だけ。
「買い物もだけどさ……その前に行かなきゃいけない所があるんじゃない? 」
「行かなきゃいけない所? 」
「みんなに会わなきゃ」
「うん……そうだね」
帰ってきたらまず、両親の所に行くのが普通なんだと思う……でも、この状態で海斗と初対面して……もし本当に海斗が叱られたりしたら、そう思うと私から行きたいとは言い出せないでいた。
「海斗」
「何? 」
「やっぱり私一人で行ってくるよ、家族にも、樹梨や夢瑠にも……謝らなきゃいけないのは私だから……」
「それはだめだよ。遥が俺の身体の事を一緒に考えてくれるのと同じように、俺も遥の事、一緒に考えるって決めたんだ。これからずっと一緒なんだから……その……ちゃんと家族にも、会わせてほしい」
海斗は私がドキッとするような言葉を、いつもさらっと言ってのけるけど……それがどういう意味か……分かってるのかな。
「一緒に怒られようって言ったでしょ」
海斗の笑顔に
懐かしい我が家までの道のりはあっという間だった。新しく街を走るシェアバイクが速かったのもあるし、緊張していたからというのもあるかもしれない。
「大丈夫? 」
「うん 」
普段は優しい両親だけど、こんな勝手な事をしていきなり帰ってきて……どんな反応をするか、さすがに想像もつかない。近くでバイクを停めて、変わらない三角の屋根に緊張を深めながら家の前まで歩いていく。
「お父……さん? 」
私の声に反応した、懐かしい後ろ姿が振り向く。
「遥……? 遥か!? 」
「ただいま、お父さん……」
「本当に遥なんだな!? 遅かったじゃないか待ってたんだぞ!! 君が海斗君か、話は聞いてるよ、連れて帰ってくれてありがとう。そうだ! 母さん呼んで来ないとな! ちょっと待ってなさい、母さん、母……わっっ!! 」
「ちょっとお父さん! 危ないってば」
慌てたお父さんは玄関で派手につまずきながら、お母さんを呼びに家に入っていってしまった。
「いいお父さんだね」
「うん……いつもあんなに慌てんぼなわけじゃないからね」
「わかってる。嬉しかったんだね」
なんて話していると玄関のドアが再び開く。
「遥、お帰り」
「た……ただいま」
お父さんと違っていつも通りすぎるお母さんの出迎えにちょっと面食らってしまう。まるで仕事から帰ってきただけみたい……。
「海斗君も一緒なのね。初めまして、遥の母です」
「初めまして。草野海斗と申します」
「そんなに緊張しないで、どうぞ上がって」
お母さんに続いて家に入る……街並みは変わってもここは変わってなくてほっとする。
帰ってきたんだ、本当に。
「そこに座って。今、お茶淹れるわね」
「ありがとうございます」
「遥、ちょっと」
「何? 」
海斗と一緒に座ろうとしたのに私だけキッチンに呼ばれる。
「海斗君は飲めないのよね? 」
「えっと……海斗は飲んだり食べたりするんだ。お茶も珈琲も紅茶も、何でも大丈夫」
「あら……手紙にロイドだって書いてなかった? 」
「そうなんだけど、私達と変わらない生活してるから」
「そうなの? 分かったわ、じゃあ、準備するわね」
「私やるよ? 」
「あら、観念したのかお父さんが降りてきたわ。海斗君と二人じゃ気まずいから、あっちで座ってなさい」
何だか慌ただしく、緊張している両親にまだ少し緊張しながらも普通に話せる事が嬉しい。
私が座り、お父さんとお茶を持ったお母さんが座り……とうとう話さなきゃいけない時が来た。沈黙が長くなるほど話しにくい。
話そうと意を決したその時。
「この度は、自分のせいで遥さんを巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」
「ごめんなさい」
私より先に勢い良く謝る海斗に、慌てて私も頭を下げる。
「遥から手紙である程度の事は聞いたわ。遥はあなた自身の意思で海斗君についていったのよね」
「うん、自分で決めたの」
「それなら……私達は何も言わないわ。遥は大切な娘だけれど、一人前の大人として本人の意思を尊重すると決めているの。だから海斗君が謝ることじゃないわ、気にしないで」
「……ありがとうございます」
「何があったのか、どうして帰ってこられたのかはちゃんと聞きたいけれど、その前に……お父さん? 」
「あ、あぁ……」
「緊張している場合じゃないでしょう? 娘達がちゃんと話そうとしてるんだから、このぐらいお父さんからちゃんと話してくれないと」
「そうだな……海斗君、申し訳ない。色々と突然の事で戸惑ってしまって、情けない姿を見せたね。まずは、遥と君が無事に帰ってこられて何よりだよ。とても大きな事に巻き込まれたようだね」
「すみません。改めてお話しさせてください。僕は遥さんと仕事の関係で知り合い、以前から友人としてお付き合いさせて頂いていました。遥さんは大切な存在でしたが……僕は……」
海斗の言葉が止まり、視線が下に落ちる。
「僕は……あるハプニングで自分が人間でないと知りました。父親だと思っていた人間が僕を造ったそうです。二年前、その事で僕と父親は捜査機関に連行され……国外退去処分を受けました」
苦しそうな海斗の後を、私が引き継いで話し出す。
「処分を受けた海斗はね、私に別れを言いに来てくれたんだけど……どうしても離れたくなかった私がわがままを言って。それで二年間……海斗の伯父さんが暮らす南の島で一緒に暮らしていたの。私のわがままで、居場所も、無事も伝えずに心配かけて本当にごめんなさい」
もう一度、頭を下げる。今度こそちゃんと、自分の言葉で謝ることができた。
「手紙をもらうまでは心配したよ。無事かどうかさえ……何もわからなかったからね。今回の事はやむを得ないと思っているが、遥……私達は家族だ。今度からは事が大きくなる前にまず、私達に相談しなさい」
「はい」
「それで、これからはこの街に居られるの? 」
「うん。まだ制限はあるけど駅の近くに部屋を用意してもらってそこで暮らすことになった」
「そう、よかった……」
「じゃあ、遥はそこで海斗君と暮らすんだな……この家にはもう」
「そんな当たり前の事聞かないのよ、お父さん」
「あの、その事なんですが……」
海斗はもう一度、何かを決意したように姿勢を正す。ここから先は海斗が何を言おうとしているのかわからない……一体、何を言うつもりなんだろう。
「遥さんは僕を救ってくれた大切な人です。これから先もずっと一緒にいたいと考えています。本来なら、結婚という形で同居すべきだとは思うのですが、僕自身……身体の事が原因で戸籍さえも安定していません。すぐには難しいですが、そのつもりで今後も遥さんと同居する事をお許し頂けないでしょうか」
私には何にも言わなかった……結婚とかその先について考えているなんて聞いていない。
「そこまで堂々と言われたら……私達から言えることはないな、母さん」
「そうね、二人が一緒に居たいと思うのならそうしなさい。今の時代、結婚だけが家族の形じゃないんだし、無理にしなくてもいいじゃない」
「ありがとうございます」
出逢った頃の海斗は……くりっとした眼で甘えてくる、弟のような印象だった。それなのに今、私の隣にいる海斗は……別人の様に両親と話をしている。
ずっと側にいたのにいつの間に、こんなに大人になったんだろう。
「とうとうこの日が来たな、母さん。二人ともいつの間にか大人になって」
「お父さん」
「あぁ、分かってるよ」
「また改めてみんなでご飯でも食べましょ、海斗君は何が好きなの? 」
「えっと……なんでも食べます」
「お肉好きだよね、ハンバーグとか」
「そうなの? 遥もハンバーグ好きだったわよね」
さっきまでの緊張が少しずつほどけて、和やかな家族の会話が戻ってきた。
良かった……色々と。
お父さんとお母さんにまた会えてちゃんと話せて。そして、海斗の事を怖がらずに受け入れてもらえて。
「いい家族だね」
帰り道、隣を歩く海斗がほっとしたような声で呟く。
「うん……本当に」
心の広い、優しい両親の元に産まれたことを今日ほどありがたいと思った事はない。一緒にいた頃はそれすら当たり前の、わがまま娘だったのだから。
「遥はお父さんとお母さんと3人で暮らしていたの? 」
「ん? あと兄貴もいるよ。3歳上の」
「じゃあ今日は会えなかったんだね」
「うん」
海斗が私の手を自然にさらう。
こんな風に少しずつ、二人でいることが当たり前になっていくのかもしれない。
それが私の幸せの形。
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