君は何が見たい?

なゆうき

不思議な『モノ』

 僕は今不思議な『モノ』と対峙していた。


 それは人型をしているが人ではなく、全体的にぼやけてゆらゆらと揺らめいている。顔であろう部分には黒いもやがかかっており口だけが見えるような状態である。僕はそのような『モノ』と今真正面から向き合っている。


 今から数分前、日中は秋口に入ろうかという残暑が厳しく眩暈がする程の暑さで辟易とするようだったが、日が暮れると幾分過ごしやすくなり読みかけの本でも読もうかなと考えている時だった。


 開けている窓のカーテンは風に揺らめき、外では虫の鳴き声も聞こえており、その揺らめきや鳴き声に誘われる形で窓の外へ目を向けていた。


 それまでは優しく揺らめいていたカーテンがブワッと強い風に押し込まれるように舞い上がった。それに引っ張られるように強い風が部屋一面に入り込み僕は一瞬目を閉じた。


 一瞬ののち目を開けると僕の目前には不思議な『モノ』が揺らめいていたのだ。


――ッ! 僕は声を出す事も出来ず目を大きく見開き立ち尽くしていた。頭は混乱を極め、どんな言葉を発すればよいのかすら分からなかった。


――な、なんなんだ?


 思考が遅れる。今まで体験した事がない事態の発生に論理的な答えを見出す事が出来ずに、ただただ茫然としていると不意にその不思議な『モノ』は音声を発した。



「すみませんねぇ……いきなりでびっくりされてますでしょ?」


 それは拍子抜けのする程、その外観からは想像もつかない穏やかな喋り口だった。その言葉を聞いた時僕の頭は徐々に混乱を抜け出そうとしていた。


 それほどまでに気の抜けるような音声だった。頭の中で一瞬にして複雑に絡み合った糸がほぐれていくような感覚であった。糸がほぐれていくと同時に冷静な疑問が浮かんでくる。


――これは現実なのか? この不思議な『モノ』の存在はなんであるのか? なぜ僕も元に現れたのか?


「あの……、やはりびっくりされてますよね?」


 再び不思議な『モノ』が僕に問いかける。思考に埋められ行動に出ない僕に対する催促といってもよいだろう。浮かんできた疑問が僕をこの不思議な『モノ』に対する興味へと転換させてくる。


「あ、はい。正直びっくりしています。あなたは一体何なのでしょうか?」


 不思議な『モノ』は目鼻に黒い靄がかかっている為口しか見えないが、ホッとしたような雰囲気を見えている口元だけで作り、実際安堵の息をついたように見えた。


「あぁ、良かった。ちゃんと見えてらっしゃるんですね……あたくし、もしかしたらあなた様には見えてないのかと思ってしまいましたよ。それにしては、びっくりしているような表情をするものだから、どっちからなのかなぁって思ったりもして、でもこんなに黙っているからやはり実は見えてないんではないかなぁと思ったり……」


 ……意外によく喋る。そして初めに感じていたように外観とは不釣り合いな喋り方で。


「あ、あの。貴方もびっくりしているのかもしれませんが、僕も貴方がちゃんと見えていてびっくりもしています……だから貴方は何なのでしょうか?」


 よく喋る不思議な『モノ』に対して僕の方も質問を繰り返していた。


「――! 失礼致しました! あたくしの方こそ混乱していますよね。これはこれは失礼致しました。で、質問は何だったでしょうか?」 

「……だから、貴方は何なのか? そう聞いているんです」


 僕は段々この不思議な『モノ』に慣れてきたのか、よく喋るその様に若干のイラつきを覚えていた。


「あぁ、そうそう! あたくしの事ですよね? まぁいきなり出てきてこんな感じですものね、気になりますよねあたくしの事。んーなんというかあたくし……不思議ですよね? 不思議ポイント結構ありますものね。そうですねぇ、まず目とか鼻とか見えませんものね。これ気になるでしょう? なんて言うんですかね、これ。黒い靄? これが結構不思議だと思うんですよねー。ほら、他にも――」

「あっ! あのっ! 不思議ポイントはいいんですよ! 僕だって見てれば思いますから、というかむしろ不思議なところしかないですし! 僕が聞いているのはあなたが何なのか?って事です!」


 もう既にイラつきが表に出てしまっている。僕は元来穏やかな性格で対立を嫌う。ここまで感情を露わにする事はあまりない。この不思議な『モノ』の第一印象でかなり混乱させられて、それからのこのギャップで冷静さを失っている感はあった。


「あー、申し訳ございません! 怒らせてしまいましたね。よくあるんですよ、あたくし。この間なんてですね――」

「んっゔんん!」

「あ、失礼致しました。あたくしが何なのか? それですね。あたくしはただの通りすがりです。あたくしこんな見た目でしょう? よく空をふらふらーってしているんですよ。ゆらゆらしてますでしょ? だからふらふらするのにちょうどよいんですよ。」


 不思議な『モノ』は体を揺らめかせながら得意げに話しているが、話の要点はついていない。これは長い戦いになりそうだ……。


「その通りすがりのあなたがなぜ僕の所へ?」

「それですね! あたくしいつもいつもふらふらしているのでとても暇をしているのです。だから目についた人の所へお邪魔する事がよくあるんです。あなた様を選んだ事に深い意味なんてないんですよ。あなた様の質問に対しての答えとしたら『たまたま』ですかねぇ」

「たまたまですか……それで、僕の所へ来て何をするつもりですか? まさかただ来て話をするだけとか?」

「いやいやいやー、話をするだけとか! そんな事はあるわけないじゃないですかー! あたくし暇をしていますが話をするだけとか、そこまで暇ではありませんし……」


 何故か不思議な『モノ』は暇人扱いされた事に若干の憤りを見せながら手と思われる揺らめている部分を顔と思われる部分の前で振っていた。


「実はですね……あたくしすごい能力を持っているんですよ!」

「すごい能力?」


 もはや僕はこの不思議な『モノ』を受け入れてしまい普通に会話をしてしまっている。


「えぇ、自分で言うのもお恥ずかしいんですが、凄いんです。あなた様が見たいものを見せる事が出来るんですよ! びっくりしましたでしょ? 何でもですよ? 未来の世界でも、過去の世界でも。はたまた天空の世界でも、深海の世界でも。そうですねぇ神話の神々の世界なんてのもいいですねぇ。凄くないですか? あたくしの能力!」

「えぇっ! それは凄い能力ですね、正直ちょっとみくびっていました。何でもですかぁ、それは凄い……」

「でしょう? あたくしのちょっとした自慢なんですよ! まあちょっとではないんですがね! それで暇なもんですからあなた様をあなた様の見たい世界へお連れさせて頂こうかなと、そう思っている所存でございます。いかかでしょうか?」


 夢か現実か判別はつかないが凄いと思った。まさかこんな出で立ちをしいてるこの不思議な『モノ』がこんな能力を持っているなんて。それに僕に使ってくれる能力は――不思議な『モノ』にしてみれば暇つぶしの一環なのであろうが――僕としては貴重な経験になりそうだ。


――僕は何が見てみたいだろうか? 


 自分自身に問いかけ、色々と見たい世界を頭に思い浮かべる。そして少しの間の後、僕はこれだとい世界を手繰り寄せた。思い立ってみればこれしかないなというべきものであった。僕はこの所ずっと気にかけている事があったのだ。不思議な『モノ』をまっすぐ見つめがら、僕の見たい世界を言った。


「僕が見たい世界は……『僕の彼女の心の内』です」

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