Calm at Sea

涼木ライラック

第1話

夕方、病院から叔母が亡くなったという連絡が入った。

葬式の関係があるらしく、速やかに病院に来てもらって手続きをしてほしい、と電話口で言われた。もう何年も連絡を取っていなかったが、まさか亡くなるとは。まだ還暦にもなっていない筈だ。渡来凪は、大学生にして自分が正真正銘天涯孤独になったのだ。叔母に迷惑を掛けないようにと、自立した奨学金生活を選んでいたのは凪本人の判断だ。しかし、叔母の体調が悪かったことは予想していなかった。

(叔母さん、具合悪かったのか……たまには連絡を取ればよかったな)

苦い感情を感じながら、凪は今日これから向かいますと伝えた。


病院は、凪の最寄り駅から電車でほんの三十分ほどの都内だ。

(こんな近いところに居たのに、おれは全然会いに来なかったんだな)

凪は明日から数日予定をキャンセルする旨、各所へ連絡を入れながら電車に揺られる。

小さくても葬儀を執り行い、遺品も整理しなくてはならない。

しばらく忙しくなりそうだな、と凪はぼんやり思った。

(こんなこと、親父と母さんの死んだ時以来じゃないかな)

凪の父と母は、凪が高校2年のとき交通事故で亡くなった。スマホの余所見運転の車が交差点で突っ込んできたのだ。相手の運転手も亡くなったが、凪の両親も助からなかった。凪を塾に送り届けた後、二人で買い物をしてすぐ帰ると言っていたのに、再び凪と相対した場所は病院の霊安所だった。そのとき、葬儀を執り行ったのが叔母であった。

(葬儀のあと、うちへ来いって何度も言ってくれたのに、結局連絡取らなかったしなぁ)

叔母は凪の祖父母と暮らしていたが、凪が小学生のころに祖父母が相次いで老衰で亡くなってからは疎遠になっていた。親類を頼ればよかったのかもしれないが、凪が遠慮した結果がこれである。

病院へはほどなく到着した。

凪が手続きをしていると、「渡来さん、ですか」と知らない若い女性が声を掛けてきた。

「え? あ、はい。どなたですか」

凪が顔を上げて彼女を見ても、見覚えがない。叔母の知り合いだろうか。

「舞乃さんにお世話になっていた、行元といいます」

「行元さん、ですか」

凪が復唱する。行元。聞いたことのない苗字だった。叔母とどんな関係なのだろう。

「行元渚といいます。このたびはお悔み申し上げます」

「はい、あの、いままだちょっと取り込んでいるので、内輪の葬儀が終わったらお話させていただいていいですか」

「あっ、はい。すみませんこんなときに。また改めて……」

渚はおとなしく凪のいうように退いていったので、いったん凪は眼前のことに集中した。

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