第7話 怒ってないですよ、もう、きっと
「そうだったわね。マリちゃんのお父さんが、うちの店に全員集合だって言って回ってた時には、
「あの時は、商店街のみなさんに、やさしくされて嬉しかったって、母は最期まで言ってましたよ……」
さくらがしのぶと、ふたりで揃って遠くを見つめている。
「さっ、さくらちゃん? しのぶさんも、そろそろ戻ってきてよぉ」
マリが、ふたりの間に割り込むようにして呼びかけるが、返事はなし。
さくらの目の前で、掌をひらひらさせながら、ふたりが我にかえるのを待ってみるけれど、返事は……、やはり、なし。
「さっ、さくらちゃん。今、
魔桜堂の外の様子に、マリだけが気づけたようだ。さくらの袖口を引いて、さくらの興味をひこうとしてみる。
「えっ? マリ姉、なにか言った?」
「はぁ……。やっと、こっちの世界に戻ってきてくれたぁ」
しかし、さくらの袖を引くために、自ら、さくらに近づいて行ったのだ。その
「お店の外で、さくらちゃんを呼んでる声がしてた。あれはたぶん、
「拳さんの声? なんだろ……。用があるなら入ってくればいいのに。ねぇ、マリ姉? あれ? なんだか顔が
「う、うん。なんでもないよぉ、大丈夫だよぉ」
少し遅れて我にかえったしのぶが、マリをからかうように話に加わる。
「きっと、拳さんは、マリちゃんのことが怖いのよぉ。さっき、
大柄の拳を、ほぼノックアウトした自分のことは、完全に棚に上げた話しぶりだ。
「さくらちゃぁん。しのぶさんが、あんなこと言ってるぅ」
「はいはい、そうですね。さっきのは、しのぶさんのグーのほうが強烈だったと思いますけど?」
「あらぁ、さくらちゃんはマリちゃんには、とぉぉぉっても優しいのね。そろそろ姉離れしなきゃダメだと、わたしは思うけどな?」
一部の単語を強調しながら、言葉の終わりはマリに向けられている。そして、その顔は
「だっ、だめぇ。まだまだ、わたしがさくらちゃんのお姉さんするのぉっ」
しのぶに対して、頬を膨らませて精一杯の反抗を試みるマリ。
「もぉ、しのぶさんも、マリ姉で遊ぶのを、そろそろやめてあげてくださいって」
さくらが、そう言いながら、カウンターから出てきた。店の入り口に近づいていく。
「拳さんたら、どうしたんだろ。勝手に入ってくればいいのに……」
ひとり呟きながら、魔桜堂のドアを開ける。その向こうでは大きな人影が、所在なさげに動いていた。
「どうしたの、拳さん? そんなとこで。いつもなら勝手に入ってくるのに。しのぶさんたちも怒ってないですよ、もう、きっと……」
「きっと……って、こらっ、さくら。最後のとこ、言葉を濁しただろ。あっ、それに、今、目もそらしたぞ」
「そう……だったですか?」
「こらこら、さくらぁ、とうとう惚けだしたな。お兄さんはそんなこと、今まで教えたことありませんよ」
「誰がお兄さんですか? そんなことより、なにか用事があったのと違いますか?」
「そうそう、そんなことより、さくらの店にお客さん……」
そこまで言った拳の顔色が、見る見るうちに蒼白へと変わっていく。
さくらが、拳の急激な様子の変化に戸惑っていると、背後に殺気を感じてしまった。さくらの華奢な肩がふるえる。続いて、地を這うような重くて低い声が聞こえてきた。
「そんなことよりってのはぁ、それこそどういうことなのかしらぁ? ねぇ、拳さん?」
いつの間にか、さくらの背後に腕組みをして仁王立つしのぶと、マリ。
咄嗟に、小柄なさくらを楯にするように、大柄な拳が隠れた。
「ちょっ、ちょっとぉ、拳さん。そうだっ、拳さん、この際だから、もう謝っちゃいましょ。一緒に謝ってあげますから……ねっ」
「さくらはホントに優しいなぁ。ねっ、しのぶさん? さくらもこう言ってくれていることだし、そろそろ……」
その威勢のなさは、まるで、迷子になった子犬が怯えているようだ。
「そろそろ、なんですってぇぇぇ」
「拳さぁぁぁん」
大きくて目つきの鋭い猟犬と、小さな小さな座敷犬のようなふたり。そのふたりの様子に、畏怖を抱いた拳は後ずさる。
「いやっ、あの、あとはさくらに任せるから。とにかく
拳は、それだけのことを早口で言うと、そそくさと魔桜堂を立ち去ろうとしている。
「ちょぉっと待ちなさい。拳さんはこっちよ」
「えっ、でも、俺、まだ仕事あるし……って、いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
拳の声と姿が、魔桜堂の奥に消えていく。
その様子を、呆然と見送るさくら。そこで、さくらが、ただひとこと、そして合掌。
「ごめんね、拳さん」
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