第6話 時間が、ほんの少しだけ止まった
「魔法って、そんな……。現実にこんなことって……」
マリの母親、
「お母さんも見たでしょ。ホントに魔法なんだよぉ。わたし、あんなの初めて見たぁ。
ただ、驚いてばかりの美代子とは違い、小さなマリは好奇心で瞳を輝かせながらも、興奮気味にかわいらしく笑っている。
「ねぇ、ねぇ、志乃さん? ほかにはどんな魔法が使えるのぉ? あっ、もしかして、さくらちゃんもホントに魔法が使えるのかなぁ?」
マリが、カウンターを乗り越える勢いで、志乃に質問を続けている。
その隣で、黙り込んだままの美代子に向かい、志乃が静かに話し始めた。
「美代子さんも、わたしのこと、おかしいって思いますよね? やっぱり、恐ろしいって思いますか? こんな能力なんてなければよかったんですけど……。それなら、ずっとこの商店街で暮らしていけたのに……」
最後の言葉は、この緊迫した空気の中に消え入るようだった。
「ちょ、ちょっと、志乃ちゃん? なに言ってるのよ。どうして、いきなりこの商店街からいなくなる、みたいな話になるの?」
慌てた美代子の声が大きくなる。
それまで、さくらとはしゃいでいたマリは、自分の母親のその大きな声に、驚き緊張し静かになってしまった。
「お母さぁん、さくらちゃんたち、どこかに行っちゃうのぉ?」
マリが、さくらと繋いでいた手に力を込めて、ふたりの母親の顔を見上げて呟く。
「マリは心配しなくても大丈夫よ。もちろん、さくらちゃんもね」
美代子はそう言って、小さなふたりの頭を撫でてくれた。
そして。
「……いいこと? 志乃ちゃん? あなたが本当に魔法使いだったとしましょう。でも、そのことを理由にして、ここから出て行けなんていう人は、この商店街には誰一人としていないのよ」
そこまで話して、美代子が小さなふたりを抱き寄せる。
「さくらちゃんたちは、ずっとこの商店街にいていいの。これからも、マリと仲良くしてくれるかな? お姉ちゃんて呼んであげてくれるかしら?」
「はい……」
小さなマリに手を繋がれていたさくらが、微かに頷いて返事をした。しかし、こころなしか震えている。
その様子に、マリだけが気づいたようだ。自分よりも、もっと小さなさくらを抱きしめながら、耳元で囁く。
「大丈夫だよぉ。さくらちゃんは、ずっとわたしが守ってあげるからね。魔法使いだって大丈夫だよぉ……」
「うん、そうだね。よく言った。さすがにわたしの娘だ」
マリの小さな囁きを聞いていた美代子が、ふたりを、また抱きしめた。
「お母さん、苦しいよぉ。そんなに強く、ギュッてされたら……」
「あらぁ、ごめん、ごめん。……そうしたら、マリはさくらちゃんと、お母さんのお使いを頼まれてくれる?」
そう言いながら、美代子さんが、魔桜堂のカウンターで何かを書いている。その書き終えた一枚の紙をマリに渡した。
「これをお父さんに渡してきてくれる? お母さんからのお願い! って言ってね」
「うん、わかったぁ。それだけでいいのぉ?」
「そうねぇ、そのお手紙を渡すときに、お父さんのシャツの裾を掴んで、マリからもお願い♡ って言うと……お父さん、がんばっちゃうと思うわよ」
「うん、わかったぁ。マリからもお願い♡……だね。さくらちゃん、行こうよ」
小さなマリが、さくらの手を引いて、魔桜堂を出て行くのを見送ってから、美代子が改めて、カウンター越しに話しかけた。
「それからね、志乃ちゃん?」
「はい……?」
美代子のあまりの勢いに押されるようにして、志乃が、カウンターの奥にあとずさる。
「今日の夜、ここが終わったら、さくら亭に集合よ」
「はい。……でも、どうして?」
「志乃ちゃんも、たまには息抜きしなさい。働きすぎてるから、ネガティブな考えしかでてこないのよ。さくら亭でおとなの付き合い、するわよ。……はぁ、志乃ちゃんが魔法使いかぁ。わたしも小さいころは憧れたわぁ」
「美代子さん、ありがとう……」
それだけ言うのが精一杯のようで、そのあとの言葉が、志乃の口からでてこない。
「志乃ちゃんが弱気になってたら、さくらちゃんはどうなるの? あなたの能力を、あの子は受け継いでるって言ってたでしょう。そうしたら、魔法の正しい使い方を、あなたがしっかりと教えていかないといけないのよ。それは……、志乃ちゃんにしかできないことじゃないの?」
美代子は、そう言いながらやさしく微笑んでいる。
そこに、小さなマリがさくらを連れて、魔桜堂に戻ってきた。
「お母さん、ただいまぁ。お使い終わったよぉ」
「あらっ、マリ、ありがとうね。マリからもお願い♡ って、お父さんに言った? それでどうだった?」
「うん、お父さんがねぇ、任せとけって
「そう、それはよかったわ。お母さんは、そろそろお店に戻るけど、マリはまだ、さくらちゃんと遊ぶのよね? あまり遅くならないうちに帰ってきなさいよ。それから、志乃ちゃん? 今夜は待ってるわよ」
「はい、でも……」
「さくらちゃんも連れてきなさい。マリがよろこんで面倒みるわよ。ねっ?」
「うん、任せて、お母さん」
その夜、さくら亭には、商店街の住人が全員集まっていた。
それは、美代子とご主人が、商店街中に声をかけて回った結果だった。
魔桜堂を閉め、さくらを連れてさくら亭にやってくると、ふたりを見つけた美代子が、手を振って迎えてくれた。美代子が、マリを呼んでさくらを任せると、隣に座った志乃に優しい声で話しかけた。
「志乃ちゃんとさくらちゃんの魔法のことは、今ここにいる全員に話したわ。これからは、この商店街で隠れるようにして生活しなくていいんだからね。あなたは、これから、もっとさくらちゃんのためにも笑ってなさい。わたしたちの中でも、あなたはまだ、若くてかわいい部類に入ってるんだからね」
続けて。
「うちの旦那に最初に話した時には、さすがに驚いてたけどね。でも、その魔法の力の
さくら亭にいた商店街の住人全員から、志乃と美代子に視線を向けられた。
しかし、それは、とてもやさしい笑顔だった。
今までのさくらたちが受けてきた、周囲の反応とはまったく違うものだった。
「この商店街のみなさんは、わたしがこんな能力を持っていること、気味悪いって思わないのでしょうか? さくらだって、そんな不気味な
志乃の言葉に、さくら亭にいた人たちの時間が、ほんの少しだけ止まった。
「今まで、この商店街に魔法が使える人っていなかったから、不思議だって感じても、怖いって考える人がいても、それは仕方のないことだと思うわよ。でも、これからは、この商店街に魔法使いがいるってことが日常になるの。あなたたち、ふたりに対して、そんなことで偏見を持っていたら、ここが楽しい商店街にならないでしょう?」
美代子は、自分の目で見たから信じられると言いきった。
「その魔法の力は、志乃ちゃん? あなたの個性よ。とてもうらやましいことだわ」
やさしい笑みを絶やすことなく、美代子がそう続けた。
そして、商店街の住人たちだって、実際に目の当たりにすれば、すぐに理解こそされても、気味悪がる人はいないと。ここはそんな人たちばかりなのだと。
マリの一家の力添えがきっかけで、さくらたち親子は、この商店街にさらに受け入れられていった。
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