115.アモンはアガレスが好きなんだね

 翌日、ぎこちない挨拶をするパパとアガレスを見ながら、僕は蜜柑を齧る。外側の皮は剥いて食べるんだって。皆知ってるのかな。僕は皮ばかり食べてたから、実も食べられるって初めて知ったの。


 パパが口に入れた蜜柑をもぐもぐする。頭の上の会話が気になって、パパとアガレスの顔をきょろきょろと見た。でも大人の話だから邪魔はしないよ。


 今日の僕は茶色い動物の服だけど、熊じゃないの。耳が三角で立派な尻尾があるんだよ。背中に線が入ってて、お洋服とセットの縫いぐるみは丸かった。これ、何だろう。


「では休暇をいただきます」


「そうしてくれ。本当に悪かった」


 パパが謝ったの。理由が知りたくて袖を引くと、気付かずにパパがアガレスの邪魔をしたと話してくれた。ちゃんと謝れるパパを僕は好きだよ。部屋に呼ばれたアモンは、もじもじしながら目を逸らした。時々、こっちを見るけど……もしかして!


「アモン、僕を抱っこして」


 不思議そうな顔のアモンに抱っこされる。パパは軽くなって変な顔をしてた。今日も赤い服のアモンの耳に唇を近づけ、そっと聞いた。


「パパを好きなの?」


「ち、違います! 敬愛はしておりますが」


 けいあい? 分かんないや。パパを見ていたんじゃないとしたら、隣にいるのはアガレスだ。


「じゃあ、アガレスが好きなんだね」


 にっこり笑う。大好きだから見ちゃうんだよ。僕もよくパパを見てるから分かる。好きな人って、ずっと見ていたいし一緒にいたいの。パパはアモンにあげられないけど、アガレスはどうなんだろ。


 振り返ると、青ざめた顔のアガレスがいて……僕とアモンがじっと見つめたら、じわじわと赤くなった。口の中で「幸福な未来が見えた」とか呟いて、手の先まで真っ赤になる。お熱があるなら大変!


「パパ、アガレスが大変そう」


「そうだな。おいで」


 アモンからパパに抱っこを交代する。空中でパパに手を伸ばして、アモンが後ろから脇を支えてくれた。飛び移ると「リス、とうとい」とアモンが呟く。この大きな尻尾がある動物のカッコ、リスなの? 丸い縫いぐるみは「胡桃」という木の実みたい。


「カリス、よく聞いてくれ。アガレスは具合悪いからお休みを取る。その間、外へ出かけるからアモンも護衛……守る人でついて行く。分かるか?」


「うん、わかる」


 アガレスは強いけど、具合が悪い間はアモンが代わりに戦うんだね。


「しばらくカリスを守る人が足りないから、お部屋で仕事をして過ごすがいいか?」


「平気だよ。僕はお絵描きもお勉強もあるし。アガレスは早く良くなってね」


「……はい」


 すぐに返事をしなかったけど、アモンに突かれて慌てて答えてる。ぼうっとして僕の声が聞こえないほど具合悪いのかな。心配になっちゃう。


「アモン、アガレスをお願いね」


 守ってねと伝えたら、なぜか二人とも真っ赤になっちゃった。もしかしてアガレスの具合悪いの、アモンに移ったのかも! パパが合図して、慌てて二人は部屋から出た。プルソンが来るまでクレヨンで絵を描いて待つ。


 先に来たのはマルバスだった。パパのお仕事のお手伝いをしてくれるの。僕はまた絵の続きを描く。


「何描いてるんすか? あ、この色はアガレス様とアモン?」


 まだ描きかけの絵を覗いたマルバスは首を傾げる。それから絵を指差した。


「どうして顔が赤いんっすか」


「それはね……むぐっ」


「体調不良で休暇を取らせたんだ、わかるな? だ」


 パパとマルバスは大人の話をしたみたいで、僕はパパが口を押さえた形で大人しくしていた。いくつになったら、僕も大人の話に入れるのかな?

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