102.父は決意し、我が子の魂を縛った
ミカエルが去り際に忠告したのは、幼子の心の傷だった。何か不安そうな言動をしたり、ひとつのことに固執する様子は注意しろ、と。
予言のようにカリスは不安定になった。絵を描かせるといいと聞いたアガレスが用意した紙に、カリスは夢中になって今回の騒動を描く。全体に暗い色が多かった。天使の顔を黒く塗り潰し、白い羽の上にバツ印を刻む。それから俺とカリスを繋ぐ線を描いて、何度も太く塗り続けた。
契約による繋がりを一度断たれた。その衝撃は引き受けたが、カリスは心細かったのだろう。その絵が気に入らないと描き直そうとする。もっと太く繋がりを描かないといけない、そんな強迫観念すら抱いていた。
「これは立派な絵だな。凄いぞ、カリス。ちゃんと俺とカリスが繋がってると分かる。天使に負けなかった証だ」
褒めて感情を上書きしてやる。それでも不安なのか、しっかりとしがみついた。食事も風呂も寝る時も、片時も離さない。ぴたりとくっついて過ごすのに、まだ怖いのだ。それは俺も同じだった。
隣の部屋にいたカリスが攫われた。手の届きそうな距離で、見える位置にいたはずなのに。その恐怖が、同じ部屋の中にいても消えない。瞬きした間に奪われるのではないか。怖がって泣くかも知れない。膝の上に座らせ、ひたすら触れ続けた。
この子が望むなら、天使と戦ってもいい。いくらでも屠ってやろう。だが血腥い光景を見せたくないのも本音だった。この子は明るい笑顔が似合う。
「僕ね、パパと一緒じゃないとやだ」
「俺もカリスと一緒がいいぞ」
不安そうに呟くから、肯定して笑った。この子の目に、俺はまだ綺麗に見えるだろうか。笑顔を向けると嬉しそうに笑い返す。その表情がいつか曇る日が来ることを恐れた。この醜い姿を、カリスが目にしないように。
怖いと泣いて離れていく未来は許容できない。大切に真綿に包んで守りたかった。今のカリスに刻まれた契約印は、束縛を強くしている。カリスの魂にも刻み、絶対に切れないよう強化した。この契約を無理やり断つなら、俺が受け止め切れずにカリスも巻き添えになる。以前はそれを懸念して手加減した。
絶対に手放せないと自覚すれば、ぬるい対応は選択肢から消える。俺の手からこの子を奪うなら、俺はカリスの魂を縛ったまま砕け散ろう。死なば諸共――他者が介入できる隙を残さねばよい。
「パパ大好き」
「俺もカリスが大好きで、愛してるぞ」
愛しい我が息子よ、覚悟いたせ。父はすでに決意し、そなたの魂を縛った。二度と離れることがないよう、カリスは俺が契約する最後の存在だ。次はない。ゆえに……最期まで一緒にいられるであろう。
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