99.その子はまさか?
下位の
勝手に手出しして捕まったなら、不要な天使ではないか。ゲーティアの悪魔達は序列がある。故に、頂点に立つバエルが彼らを上手く管理してきた。人間を堕落させることもあるが、それは神により見逃されている。そうでなければ、ゲーティアはとっくに滅びていただろう。
堕天使を頂点とするゲーティアは、人間贔屓が多い。いや、多かったと表現するのが正しいか。かつては人間に味方して神に異を唱えた者達だ。踊らされた気の毒な被害者、ミカエルはそう憐れむ。どんなに味方をしても、人間はすぐに裏切る。目を曇らせ、同族を殺し、享楽に溺れた。このような獣に肩入れしても、損をするのは彼らの方だった。
下位の天使は別だが、上位に位置する天使ほど知っている。本来、こうして美しい姿を誇り神に愛されたのは、ゲーティアにいる堕天使達なのだと。残った者は保身に走った醜い心根の持ち主ばかり。ミカエル自身もそれは自覚していた。
だからこそ、ゲーティアと事を構えた能天使が腹立たしかった。無視するわけにも行かず、白い羽を広げる。バサリと音を立てて、ゲーティアに向かい舞い降りた。アガレスと対峙せずに済むことを願いながら。
偶然にもアガレスではなく、バエルの気配を先に察知した。その部屋へ飛び込む。侵入を予期していたのか、バエルは落ち着いていた。
「久しぶりだ」
「ええ、数百年振りですか。お元気そうで何よりです」
先に口を開いたのはバエルで、答えるミカエルは穏やかな微笑みを浮かべた。かつての上司であるバエルは、醜い獣の姿を平然と晒す。天界一と謳われた熾天使が、今は焼け爛れた獣の皮膚を纏い、大きく裂けた口から牙を覗かせる。頭にはツノが生え、恐ろしい姿をしていた。
天使の証であった白い翼も失った彼に「元気そうだ」と声をかける白々しさを、ミカエルは苦々しく噛み締める。嫌味に聞こえなかっただろうか。他の階級にいる天使はともかく、熾天使に分類される最上位の天使4人はバエル達を嫌っていない。それどころか尊敬していた。
眉尻を下げて表情を和らげたミカエルは、バエルの変化に気づく。腕に誰かを抱いていた。大きさからして、子どもだろう。包みに向ける眼差しは柔らかく、優しかった。
「子ども、ですか?」
「そうだ。今回の騒動の原因は、俺の息子を能天使が攫ったことだ」
血の気の多いアガレスを呼ばずに対峙するバエルは、さらりと事件に触れた。天使を返せと言われることを承知の上で、手短に説明する。どうやら天使はすでにバラバラのようだ。ミカエルは状況を察して、話を逸らした。
「息子ですか? 母親は……」
「コキュートスに堕とした。養子だ」
最下層に堕とされる母親から生まれた幼子を、バエルは慈しんでいる。これほど愛情を注ぐ存在を傷つけられたなら、能天使の奪還は無理だと諦めた。
「わかりました。能天使達は諦めましょう。お詫びに、その子へ祝福を」
「不要だ。もう悪魔の子だぞ」
裂けた口角をにやりと大きく持ち上げる。このままその子を食べると言われても納得できそうな顔で、そっと顔だけ見せてくれた。すやすやと眠る幼子は、銀髪が美しいが全体に細い。母親から取り上げたなら、この子が置かれた状況は過酷だったのだと知れた。そうでなければ、バエルが母親と引き離すはずがない。
「可愛い子ですね、……え?」
幼子から感じられるのは、確かに魔力だ。魔皇帝バエルと繋がる契約も確認できた。それと同時に漂う微かな残り香のような力は……。
「そうだ」
子どもの出自に気づいたミカエルへ、バエルは短く肯定を口にした。
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