52.この棚の商品を全部買おう

 お絵描きの道具があるお店は、大きな通りからすぐだった。たくさんの人がいるのに、パパが通ると道が開くの。右と左に避けるんだよ! すごい!!


 僕ね、右と左を覚えたんだ。前は殴られる回数が多い左側と、蹴られた時にお腹を庇う方の右手だった。でもパパとご飯を食べるようになって、変わったの。右手はスプーンを持つ方で、左はパパに抱っこされる時にしがみ付く方。パパも右の手にスプーンやフォークを持つんだよ。僕と一緒だね。


 僕はお絵描きの道具が入った箱を抱っこして、その僕をパパが抱っこする。お店に入ると、お耳が生えた男の子が寄ってきた。僕よりお兄さんだけど、まだ子どもみたい。パパが声をかけたら、奥の方へ案内してくれた。


「絵を描く道具を頼む」


「こちらへどうぞ」


 どうぞの先は左手の側、壁にいろんな色が飾られていた。一枚の大きな絵みたい。向かいの左手の方から赤が始まって、右の方へ黒があるの。赤、オレンジ、黄色、緑、青、紫、ピンク……茶色や黒もあった。こんなに色があるの? 下の棚にもキラキラした色がある。これは知ってる。灰色みたいなキラキラは、パパのツノの色だから銀。黄色がキラキラしたのは、金なの。それ以外にもキラキラした赤や青もある。


「どの色が欲しい?」


「……うんとね、この無くなった色」


 色の名前も全部知らないから、僕は抱っこしてきた箱を見せた。パパが受け取って箱を開け、店のお兄さんに見せる。あの耳は丸いね。振り返った尻尾も丸かった。色は茶色かな。黒っぽい気もする。


「揃えてくれ」


「かしこまりました」


 お兄ちゃんが同じ色の鉛筆を入れ替えてくれる。それから別の箱を持ってきた。


「こちらも追加の色でいかがですか?」


 覗くと僕が持ってない色が入ってる。いっぱい、いっぱい並んでた。どきどきしてパパを振り返ると、笑顔で頷いてくれる。


「これももらおうか」


 箱を二つ一緒に袋に入れてもらう。嬉しくて抱き締めた僕の耳に、とんでもない言葉が聞こえた。


「あれと、これ……いや、この棚の商品を全部買おう。城に届けてくれ」


「全部?」


「全部だ。いっぱい絵を描いてくれ」


 全部だと、左側から右側までだよね。でもこのお店、他の人も来るんじゃないかな。パパが全部買ったら、僕みたいに絵を描く人が困らない?


「安心しろ、店はすぐにまた仕入れて並べる」


 仕入れは、お店に並べる物を買ってくることだって。作ってる人から買って並べて、皆が遠くまで行かなくても買えるようにするのがお店のお仕事。じゃあ、買っても困らないんだね。


「ああ、誰も困らない」


「わかった。ありがとう、パパ。僕、パパの絵をいっぱい描くね」


「楽しみだ」


 微笑んだパパは今日も綺麗。お店のお兄さんは驚いた顔をした後、僕に小さな袋をくれた。たくさん買ったおまけだよ。お礼を言ってお店を出る。パパに促されて開けたら、可愛い鈴が入っていた。紐を持って揺らすと、ちりんちりんと音がする。


「綺麗な音だね」


「ああ、いい物を貰ったな」


「うん!」


 お買い物は終わったけど、パパはお城の方へ戻らない。そのまま別のお店に行くみたいだった。甘い匂いがするお店の前で立ち止まる。


「折角だ。買っていくか」


 平べったい板の上に、何か絵が描いてある。これ何だろう?

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