45.俺が選んだ息子だ、予言は関係ない
眠ったカリスの目元を手で覆い、さらに深い眠りへと誘う。簡単には目覚めぬように深くした。
「カリス様は純粋過ぎますね」
心配そうに呟いたのはアガレスだ。その冷酷さで右に出る者はいないと言われる悪魔が、表情を曇らせた。幼子だからではなく、カリスだからだ。この子はするりと人の心に入り込む。気難しいと言われる悪魔であっても。
普段は無愛想なマルバスは、決して笑顔など見せなかった。アモンは人を引き裂いて悲鳴を聞くのが好きだ。どちらも序列が高い悪魔らしく、残忍な性質を持つ。にもかかわらず、アガレス同様にカリスに甘い。この子を中心に、ゲーティアが変わっていくのかも知れない。
「予言の子はカリス様なのでしょうか」
「俺が選んだ息子だ、予言は関係ない」
かつて罪を犯して堕とされたゲーティア――ここに集う悪魔で序列の番号を持つ者は、元は神の末席に名を連ねていた。その罪が解かれる鍵のことを指しているのだ。
「この子は俺が拾った。哀れで愛おしい幼子でよいではないか」
余計な重荷を背負わせたくないし、苦しめたくもない。
「そうですね。余計なことを申し上げました。本日はセーレにお会いになったとか。喜んで自慢しておりましたよ」
プレゼントを受け取って貰えた。そう口にしては、羨ましがる周囲へ得意げに胸を反らす。その様を思い出し、アガレスの口元が緩む。自然と俺の表情も和らいだ。カリスが視界に入るだけで、表情が柔らかくなるのがわかる。
顔を上げた先にいる悪魔は、冷酷さの象徴のような出立ちだった。耳まで裂けた狼の口は鋭い牙が並び、人の顔を模しているだけに恐ろしい。人狼のように全身を覆う毛は黒く濁り、お世辞にも人には見えなかった。だがカリスは彼を「猫ちゃん」と呼んだ。恐れる様子なく、狼の混じった悪魔に手を伸ばす。
心眼は物を心に映す能力だった。澄み渡った心ならば美しく反射し、穢れた心は澱んで世界を歪める。持ち主により映された世界は、見た通りに変化すると言われてきた。心眼能力を持つ者が稀有であるため、実際のところは分からない。伝説や神話に近い、曖昧な言い伝えだった。
醜く引き攣れ歪んだ指を伸ばし、カリスの銀髪を撫でる。さらりと指から滑り落ちる髪は、出会った頃はごわごわと固く汚れていた。洗うほどに艶を増し、柔らかくなる。手触りのいい銀髪をもう一度掬った。
「誰にも渡さぬ、奪わせぬ。それが神に背く行為だとしても、後悔はない」
「同様の誓いを私めも……カリス様はゲーティアの宝です」
膝を突いてカリスの髪の一房に口付けたアガレスが誓いを口の中で述べる。契約とは違う響きが終わると、カリスの体に僅かに魔力を流した。ほわりと光ってすぐに消える。
食後の甘味に頬を緩め、文字を覚えて喜び、名を大切そうに抱き締める。与えた絵本や貰ったリボンを大切に保管し、宝物だと誇る愛しい子ども。慈しみ愛して、幸せを教え込んでやろう。髪の先から爪先まで、もう要らないと言われるほどに満たしてみたい。
「しっかり眠れ。我が子よ」
カリスと呼びかけるたびに嬉しそうに頬を緩める幼子の微笑みを思い浮かべ、俺はまだ軽いカリスの額にキスを落とした。
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