7.光と希望を与える名を

 テーブルの上には餌も何もない。昨日残したから? 抱っこされて、椅子に運ばれた。座ると柔らかな布が敷いてある。撫でると気持ちよくて、中がふわふわしてる。バエルが椅子の前に膝を突いた。


「契約者殿、我が名はバエルだ。呼んでみよ」


「ばぇる?」


「そうだ。そなたにも同じように名を与えよう。だがその前に必要なことがある」


 名前って、僕にくれるの? 名前があると呼んでもらえる。僕、名前が欲しい。何かいるなら、我慢する! こくんと頷いた。


「首に契約印がある、これは仮のものだ」


 けいやくいん? つんと指先で首の下を突かれ、覗いたら絵みたいなのが見えた。全部は見えないけど。頑張って首を引っ張ったりしてたら、ガラスに似た丸いのを出された。そこには子どもがいて、僕が動くと一緒に動いた。


「鏡ならばよく見えるであろう?」


 鏡は自分で自分が見える道具なんだって。じゃあ、ここにいるのは僕なのかも。バエルの綺麗な銀のツノと同じ色の髪が嬉しい。見終わったら、鏡は消えちゃった。


「名を与えると同時に、この契約を本契約に切り替える。故に、そなたは望みをひとつ選ばねばならん」


 昨日も聞いた。ひとつだけ叶えてくれる。ひとつは難しい。僕はたくさん欲しがる醜い悪い子だから。何を望んだら一緒にいてくれる? 困って指を口に入れた。


 ちゅっと音をさせてしまい、慌てた。これをやると叩かれるの。怖くなって小さくなる。そんな僕をバエルは悲しそうな顔で見た後、立ち上がった。置いてかれると思って、裾を掴んでしまう。殴ってもいいから、ここにいて。


「どこにも行かぬ」


 抱っこされて、椅子に座ったバエルが僕を膝の上に乗せた。夜にとろんを食べた時と同じ横向きで、バエルの顔がよく見える。嬉しくなった。綺麗なこの人は僕を殴ったりしないんだね。


「願いをすべて口にしてみろ」


 今度はびっくりするようなことを言われた。全部って、全部? 僕は口を開きかけては閉じてを繰り返す。お願いはしたいけど、嫌われたら怖い。


「全部だぞ」


 強く言われて、顎を引いて俯いた状態でバエルに視線を向ける。唇を舐めて濡らして、迷いながら声に出した。


「僕を嫌いにならない? 痛いのも我慢するから、抱っこして。ずっと一緒にいたい……ひとりはやだ」


 そこで涙が邪魔をする。ひっくと呼吸がおかしくなって、涙でバエルが見えなくて、怖くなった。震えながらバエルの服を掴む。何も言ってくれないと怖い。ごめんなさい。小さな声で謝った途端、大きな手が僕を引き寄せた。


 顔がバエルの服に当たって、温かい。背中も包むみたいに、いっぱい体がくっついた。ほぅと息が漏れて、体から力が抜ける。バエル、僕はずっと一緒がいい。もう一度言おうとしたら、先に言われた。


「よかろう、そなたの望みは魔皇帝バエルが聞き届けた。我が契約者カリスに光と希望を与え、常に共に歩もう」


 首の下にある印に、バエルが触れて縁をなぞる。光った文字が僕の体に吸い込まれた。きょとんとした僕に、バエルは優しく繰り返した。


「ずっと一緒だ、そなたの名はカリスでどうだ?」


 カリス? 綺麗な響きを僕にくれるの? それを呼んで、一緒だって! 僕はバエルと一緒にいられる。願いをひとつ、それがいい。一緒がいいよ、バエル。頷いた僕の頭をバエルは優しく撫でた。

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