捕縛 前

 術師を殺し廻って、一年が経とうとしていた。

 各辺境地で私欲をほしいままにしていた奴らを殲滅させて、王都に侵入したのが二ヶ月前。奴らは王都でも当然、同様の態度をとっていた。

 昼は飲食店に押しかけてはタダ飯を食らって、夕方は装飾点に出向いては高価な品物をふんだくり、夜の出回りの時は、若い女の子を見つけたらすぐさま襲い、おとこであれば、虫の居所次第で、殺すなり金を奪ったりしてた。

 当然、そんな悪行を見ていれば、嫌でも殺意が湧くわけで。

 そして、この一年で刀剣魔術師という組織の枠組みについても詳しくなった。

 奴らは術式の刻まれた刀剣の数しか存在できない。元からある術式に、新しいそれが追加されるのはごくまれ。そして、今の術式の総数は164振。

 私が昨日までに殺した術師の総数は――138人

 明日、対策のために城にすべての術師が集められるという。

 それが、本当に最後だ。

「――やっと、おわる。おわらせられるよ……」

 外観が薄気味悪くて、誰も近づこうとしない空き屋敷の、木製の堅い床に蹲って、包丁を――あのとき、お母さんからもらった包丁を胸に抱き寄せる。

「ごめんね……もう少し、だから、っ。もう少し、それでっ、おわるから……みんな、待ってて……。そうしたら、私も、そっちに行くから……っ!」

 すべて終わらせて、あのクズな国王をぶっ殺して、私も死ぬ。

 それが、あの村の皆にできる、最後の恩返し。

 そして、私にとっての、最高の敵討ちなんだ。


 その日は、ぐっすりと体を休めて、万全の状態にした。ごはんは最後に残った、お手製の干し肉が四切れ。それでも、三週間ぶりに食べた栄養が、体に染み渡るのを感じた。

 そして、夜。

「――今日で、終わりにしなきゃ、いつまでも残る」

 城の門の前、私はそこにたたずんでいた。門番らしい奴は、すでに横で呼吸せずに眠っている。

「みんな、いくよ」

 右手に持った、所々が錆び付いた包丁を右手で握りしめた。

「――覚悟しろ、クソ野郎」

 目の前にある、私の5倍の高さはある門を蹴破り、侵入する。

 と、そこで頭上の気配に気づいた。

「……ほう、きたか。失敗作め」

 声につられ、頭を上げてその人影を見る。

 禿げ上がった頭、しわくちゃにしょぼくれた顔。そして、しわの深さのせいか、空洞に見える、目の部分。

 一目でわかる、私欲に塗れている気配――間違いない。

 こいつが、私の両親の敵。

 フェン・”ヴェルグリッド”・アンナヘリン。

「――初めまして、で、いいのよね。クズ野郎」

「……うむ、相違ない」

 悠々として、私を見る吐瀉物――フェン。

「――私のこと、あんたの部下から聞いてるんでしょ?」

「……ふん」

 無言で肯定の意を示す奴を見上げながら、私は続ける。

「……私は、今までに138人の術師を殺してきた」

「……ほう? それで?」

「いまから、残った26人、そして、あんた。最後に私」

 膝を曲げて、力をためる。

「みんなしんでぇ、おわりだよぉ!」

 床を思い切り踏んで、クソ野郎に飛びかかっていく。

 一直線に首にめがけて飛びかかった。

 だけど、その先にあるはずの首には。

「――っ!?」

『Gyaaaaaa!!』

 代わりに、闇色の獣の牙で止められていた。

 数瞬の後、獣に噛まれた包丁ごと地面に向かった投げつけられる。

 ただの投げ飛ばしだから、こともなく受け身をとって着地する。

「くっそぅ、なにぃ?「トクリュイエだな?」

 ふと。

 私の周囲に24人の気配がした。

 ――まさか、嵌められた?

「貴様のしてきたことは、看過できん」

 生じた気配の中で、私の真っ正面にいる男が、私に語りかける。

「よって、この私、ナタージャ・ルージュの名に於いて」

 月明かりでうっすらと見える、渋い顔つき。

「貴様を、捕縛する」

 自然体で構える彼の右手で妖しく光る、日本刀。

 折れず、曲がらず、しなやかなそれは、玉鋼という『ニッポン』独特の素材のせいで、詛力とよく混ざるから、総じて強力な術式が生まれることが多い。

「――開け、すべての能力を統べる術よ」

 その開呪と同時、刀身から夕暮れ色の光が零れて、目の前の術師の体を包んでいく。

 そして、同時に、残滓が輝きながら、彼が私に肉薄した。

「んえぇ?!」

 不意に現れた危機に、怒りの枷が外れてるはずの私が、普通の口調で驚いてしまった。

 これほどの、強敵がいたなんて――っ!

「せやっ!」

「ちぃっ!」

 下からの切り上げで強襲してくる彼の刃先を、包丁でずらそうとする。

 だけど。

「――っおもいぃっ?!」

 その一撃は、私の全力に匹敵するほどの重さで、ずらして反撃を入れるなんて考えはすぐに唾棄した。

「くぅあああぁっ!」

 すぐに全身に力を入れて、刀を受け止めることに意識を集中する。

 一瞬のせめぎ合いの後、二つの刃は互いを削りながら止まった。

「――ほう、刀の一撃を受け止めるか。なかなかの業物だな」

「みんなのぶんのぉ、うらみぃ、つらみがぁ、あるからねぇ……!」

 軽口で返すけど、正直言って今が全開のだ。これ以上は上がらない……!

きちきちと鍔競り合いをしていた。次に動いたのは――

「はあぁっ!」

「ぬうんっ!」

 またしても同時のタイミングだった。

 私が体を地面すれすれまで反らして、その勢いであごを蹴飛ばそうとして。

 奴は、力任せに振り上げを続けようとした。

 考えて行動した私と、愚直に行動した術師。その思考の隙が。

「うぅわわわぁっ!?」

 私を、宙へとかち上げさせた。

 普段受ける方向とは、真逆にかかる重力が、徐々に弱まり、一瞬の無重力状態を作った。と同時、月明かりが私を煌々と照らす。

「そりゃああっしのテリトリーさ! 開け、儚く照らす月光の術よ!」

 下にいる、どこかタヌキくさい術師がそう告げると同時、私の体に得も言えない倦怠感がかかった。

「うぅ??!」

 まるで、何日も寝ずに神経をすり減らす作業をずっと続けているかのような、気怠さ。

 そこで生じた隙を、見逃すような奴ではない。

「覚悟ぉっ!」

 一直線に私に向かってかける、黄昏色に輝く術師。

 自由落下で体が満足に動かせない上、謎の倦怠感のせいで動きは私のイメージの通りに動かない。

 このまま、為す術もなく切られる――

「――ぅぅぅううあああああああああっ!」

 心身を振るわして、それでも握っていた包丁を軌道上に沿わせる。

 ギャギギィン!

 一度の打ち合いで鳴ったとは思えないようなかち合う音が響き渡った。その衝撃で私は後ろに弾かれ、月光から外れる。

「げぇっ、そりゃあまずいっ!」

 胡散臭い声が、さっき術式を発動した術師のものと気づくと同時、体に自由が戻る。

 月光を浴びている対象の、弱体化がタヌキの術式なのかな。

「あら? そこはわたしの得意よ! やれ、『攻闇陰獣ダークサーペント』!」

 壁で受け身をとると同時、背後から獣のうなり声が聞こえた。

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