名も無き忍びに転生した
マキシム
前編
私は飛び丸、転生者だ。前世は薬剤師(漢方薬)兼鍼灸師(鍼とお灸)として活動していたけど、飲酒運転に巻き込まれ形で亡くなった。ひょんな事から私は近江国甲賀郡に住む甲賀者として生を受けた。甲賀者は伊賀者とともに、忍びとして有名である。普段は農業をしたり、行商をしたりして各地の情報を探る一方、指令が下ると戦場やその後方へ出向き、工作活動に励んだ。手妻に優れると評され、忍術の流派の中でも薬の扱いに長けている。特に私は忍びの技術だけではなく漢方薬と鍼とお灸にも精通していたことから、棟梁である山中俊正(やまなかとしまさ)に重宝された。俺たち甲賀者が最初は六角氏、次に織田氏の順で仕え、第1次・第2次天正伊賀の乱では私たちは伊賀への道案内を担当することになった。さすがに私たち甲賀者も仲良くしている伊賀者がいたため、織田に敵対する者たちを除いて、懐柔したり、予め逃亡先を用意したりした。第2次天正伊賀の乱が起きた時、私たちは予め用意しておいた逃げ道で、伊賀者の生き残りたちの逃亡を手伝った。伊賀者たちは故郷を焼かれ、夫や女房や子供を殺した織田信長を憎んでいた
「飛び丸、俺たちはやれることはやった。」
「・・・・そうですね、棟梁。」
私たち忍びは人間として扱われず犬猫のようにこき使われた。私自身も正直、織田信長に良い感情を抱いていなかった。歴史ファンから見て信長の天下統一を夢見る者も少なからずいるだろう。かくゆう私もその一人だ。だが果たしてそうだろうか、信長のやり方はブラック企業顔負けの過重労働である。おまけに身内贔屓過ぎて、ついていけない家臣たちには追放を命じるなど、やはりワンマン経営過ぎるんだよな。そりゃぁ、謀反も起こしたくなるよ・・・・
「はぁ~、しんどい。」
私自身も戦国時代にきて数十年、長引く戦国時代にうんざりしているが、かと言って織田信長のやり方にもついていけない。そこで私は考えた、そう織田信忠だけでも救う事だ。織田信長は見殺しにするが、世継ぎである織田信忠さえ生きていれば、天下は織田家の下へ定まるというわけだ
「伊賀者たちに信長を討たせるか。」
伊賀者たちは織田信長を深く怨んでいる。織田信長の隙を伺い、暗殺するだろう。俺はそれを止めるつもりはない、忍だって人間なんだ。自分の身内や故郷を殺し、焼き討ちした奴に好感を抱く奴はいない。それかた1年が経ち、織田信長と織田信忠の両名が本能寺・妙覚寺に入った。そして明智光秀が謀反を画策しているという情報を手に入れた。私は棟梁、山中俊正にある相談をした
「棟梁、織田信長は伊賀者に討たせましょう。」
「・・・・飛び丸、自分がどれほど危険な事を分かって言っているのか?」
「もちろん、承知しております。伊賀者たちは信長への恨みを抱いております。あの者たちに恩を売っておいても損はありません。」
「・・・・それで織田家はどうなる。」
「はい、織田家は織田信忠に任せましょう。我らが信忠を京より連れ出し、本能寺を攻める明智光秀の仇を討たせるのです。」
「問題は伊賀者たちだ。了承するか?」
「私が説得してみます。」
私は甲賀郡に匿っている伊賀者たちに会いに行き、私は計画を打ち明けた。伊賀者たちは信長の仇を討つことに賛成だが、信忠も一緒に討つと言い始めた
「信長は憎い仇だが、その息子の信忠も仇の息子だ!」
「そうじゃそうじゃ!」
今にも信長・信忠親子を討たんと血気に逸っていたが私は止めようと説得を続けた
「まあ、待たれよ。おぬしらの里を襲ったのは織田信長とその息子の織田信雄だ。信忠は関わっていない。」
「じゃが・・・・・」
「よくお聞きになされ。お主たちは自分たちの立場が分かってござるか?今でこそ我ら甲賀者がお主たちを匿っているんだ。それに織田信長を討たせる役目も与えている。我等は好意で言っているんだ。それを無下にする気か?」
私がそう言うと、伊賀者たちは沈黙した。確かに自分たちは甲賀者の世話を受けている身である。ここで逆らえば、自分たちの身が危うくなる。伊賀者たちは涙を呑んで飛び丸の提案を受け入れた
「・・・・分かった。」
「よし、決まりだ。」
そして運命の日がきた。織田信長は本能寺、織田信忠は妙覚寺に泊まり、明智光秀は京に向けて進軍した。道中で出くわした百姓たちを口封じのために殺害し、京を目指した
「よし、明智が本能寺を襲ったら、お主たちも本能寺に入れ。」
「おう。」
私たち甲賀者は伊賀者たちとともに打ち合わせを行い、伊賀者は織田信長を暗殺、私たち甲賀者は織田信忠を救出し京を脱出し、安土への警備を行うことで合意した。そして明智軍が明朝、京に入り陣を構えた
「敵は本能寺にあり。」
先陣の明智秀満率いる一軍が本能寺に到着した
「かかれええええええ!」
明智秀満率いる軍が本能寺に突入した。突然の明智軍の襲撃に織田家家臣たちは不意を突かれながらも必死で戦った
「上様!」
その頃、信長は既に起きていて、突然の鬨の声と鉄砲音に警戒を始めた
「敵は誰じゃ。」
「水色桔梗の旗、明智日向守かと!」
「光秀か、是非もなし!」
信長は女子供を逃がし、本能寺に火をつけるよう家臣に命じ、自らは弓矢を持ち、厩へ向かった。そこへ明智の兵がやってきて、弓矢で応戦し、森成利らが刀で切り伏せた。信長たちは厩へ向かったが、既に明智秀満らに抑えられていた
「織田信長公、主君明智光秀の命により、御首(みしるし)頂戴仕る!」
「はあ!キンカン風情にやる首などないわ!」
信長が啖呵を切った瞬間、明智の兵がなだれ込んできた。森成利らは必死で主君を守り、奮戦した。信長は明智の兵から槍を奪い、抵抗を続けた
「弥助、そちは信忠にこのことを伝えよ。」
「ハハッ!」
元奴隷の黒人の弥助は、明智の兵を薙ぎ倒しながら、信忠のいる妙覚寺へと向かった。そのころ妙覚寺では信忠は明智の謀反を知った。知らせたのは他ならぬ飛び丸ら甲賀者である
「何!父上が!」
「城介様(織田信忠)、本能寺は既に明智に包囲されております。城介様だけでも京を離れ、安土へと逃げのびてくだされ!」
「父を見捨てて、余だけが逃げるというのか!」
「城介様、どうか!」
「いや、父上を助けに参る!」
「左様ですか・・・・御免!」
「うっ!」
私たちは信忠を気絶させ、信忠に仕える側近らとともに京を脱出することにした
「まて、ワシも行くぞ!」
そこへ織田信長の末弟である織田長益が付いてきた。こいつ、信忠に切腹させて自分は切腹せずに逃げたということで評判が悪い。信長と似た者同士というべきか、やはり兄弟だなと思った。その道中で弥助と出くわした
「ノブタダサマハ!」
「城介様は我等とともに安土へ向かうところだ。」
「ソレヲキイテアンシンシタ。デハコレデ。」
弥助がそう言うと、本能寺のある方向へ向かった。私たちは信忠と信忠の側近らと共に京を出て、安土へ向かうのであった。そのころ本能寺では信長らは必死で抵抗していたが、一発の銃弾は信長の肩に当たった
「ぐっ!」
「上様!」
信長は持っていた槍を落とし、森成利らに抱えられながら、本能寺の奥へと避難した
「逃がすな!追えええええええ!」
逃がすまいと明智の兵らが追いかけたが、織田の家臣らが立ち止まり、必死の抵抗を見せた。厩の方では弥助が駆け付け、明智の兵らを薙ぎ倒していった
「相手は1人だ!矢を討ちかけよ!」
弓兵が矢を撃ち、弥助に当たった。弥助はうめき声を上げたが、構わず暴れ続けた。すると鉄砲隊が弥助に向けて発砲した。弥助の体には無数の銃弾が浴びせられたが、それでも暴れ続けた
「こやつ化け物か!」
「ウオオオオオオオオ!」
弥助は咆哮を上げながら、明智の兵を薙ぎ倒したが、多勢に無勢、無数の槍に貫かれ・・・・
「ファーザーーーーーー!」
弥助はそう叫び、そのまま力尽きたのである。信長らは本堂へと足を運んだ瞬間、白い煙が発生し、鉄砲の銃声が聞こえた
「ぐあ!」
「ぐっ!」
そこへ突然、敵が現れ、鉄砲を放ち、森成利ら織田の家臣を銃殺していった。そして煙が晴れると、そこには鉄砲を構えた忍び装束の集団が信長の下に現れた
「うぬらは何者じゃ。」
「我等は伊賀の残党成り、織田信長、伊賀の者たちの恨み、ここで晴らす!」
そういうと忍びたちは別の鉄砲を構え、信長に向けて発砲した
「ぐふっ!」
信長の体に無数の弾丸が貫かれ、そのまま倒れた。そして一人の伊賀者がとどめを刺そうとしていた
「御覚悟。」
ブスッという音を出しながら、信長の首を脇差で刺し殺し、辺りは血だまりになった
「やった、やったぞ!信長を討ち取ったぞ!」
そういうと、信長の御首を取り、伊賀者たちは火薬の入った無数の焙烙に火をつけ、投げ捨てた。導火線に火がつき、爆発した。明智の兵らは突然の爆発に驚愕したが、既に火をつけられており探すに探せなかったのである。こうして本能寺の変は幕を下ろしたのである
本能寺が火に包まれた翌日、私たちは安土へ到着した。信忠も途中で目を覚まし、本能寺の顛末を知ると、涙を流し、父である信長に謝罪し、仇を討つ決意をする。突然の信忠の帰還と、信長が討死したことを知った安土城留守居の者たちは驚愕したが、信忠が仇討ちをすることで、動き出した
「謀反人、明智光秀を討つ!」
信忠の号令の下、近畿一帯にいる織田家親族や家臣らに檄を飛ばし、明智討伐の兵をあげた。そこへ織田信雄・織田信孝・丹羽長秀・池田恒興・細川藤孝・細川忠興・筒井順慶・中川清秀・高山右近らが明智討伐の兵をあげた
そのころ明智光秀は信長の首が見つからないことと、織田信忠を逃がした事で非常に焦っていた。朝廷に掛け合ったが、無視され、光秀は窮地に陥っていた
「くそ!こんなはずでは・・・・」
そこへ伝令が明智光秀の下へ駆けつけた
「申し上げます!細川藤孝らが明智討伐の兵を上げられました!中川清秀・高山右近・筒井順慶らも同じように!」
「殿、いかがいたしますか!」
「まて、我等は今、京を抑えている。奴らとて易々と都には攻めてこれまい。」
光秀は京、及び朝廷を人質に取り、自分たちが官軍であることを世間に思わせるのである。主君に謀反を起こした時点で官軍とほざいているが、大義は信忠にあり、朝廷も謀反人の味方をするよりも、仇討ちを行う信忠に味方をした。明智光秀の下へ吉田兼見が尋ねた
「明智殿、貴殿にお願いしたき儀がござる。」
「何でしょうか?」
「明智殿、ここは判官義経殿に倣い、西国へ落ち延びられては?」
かつて源義経が源頼朝と仲違いし、兵を挙げたが味方するものがおらず、逆に敵対する者たちが現れ、義経は都を火の海にするわけにもいかず、西国へと落ち延びたのである。都の人々は義経を【義士】と褒め称え、頼朝贔屓の九条兼実も義経の行いを高く評価した。光秀に義経と同じように都落ちをするよう告げたのである
「某に判官殿と同じようにせよと言うことか?」
「左様、勝負は時の運、貴殿が西国へ落ち延びられれば、都の人々も光秀殿を【義士】と褒め称えましょうぞ。もしこのまま都にお留まりなさるのであらば、御身のためにもなりませぬぞ。」
兼見は遠回しに早く都から出ていけと行っているようなものである。光秀の返事は・・・・
「某は判官殿と違いまする。我等は一兵たりとも、賊より、この都を守護奉る。」
「そうか、ではお好き成されよ。」
兼見は明智光秀と別れた後に、心の中で毒をはいた
「ふん、所詮は謀反人よ。義経に遠く及ばぬは。」
兼見から報告を受けた朝廷は明智光秀の官位を剥奪の上、逆賊とした。そして密勅を出し、明智の目を盗み、織田信忠の下へ届けられた。正親町天皇と誠仁親王は密かに御所を出て、吉野へと落ち延びていた。警備の兵はいたが誰1人帝と親王の顔を知らないため、見過ごしたのである。帝と親王が落ち延びられたことを知らずに明智光秀は都に留まっていた。そして信忠の陣営に朝廷からの密勅が届いた
「何と帝は親王様は都を落ち延びられ、吉野におられるとのことだ。それに明智を討伐せよとのことだ。」
「若殿、これは好機にございます。もはや天子様と親王様が都を落ち延びられた以上、明智は孤立無援にございます!」
「うむ、全軍に命じよ!帝と親王様は吉野におられる。我等は勅命に従い、逆賊、明智光秀を討つ!」
「「「「「ははっ!」」」」」
勅命により織田軍は正式に官軍となり、都へ攻め寄せた。勅命が出された事を知った明智光秀は御所へ向かったが、既に帝と親王はいなかった
「くっ!こうなれば都共々、討ち死にしてくれるわ!」
光秀率いる明智軍は戦闘体制に入った。そこへ明智討伐軍が都に入り、両者は激突した。都に住む人々は戦火に巻き込まれながらも、必死で都から脱出していた。都の地形を生かして戦った明智軍だが、数の上で有利な明智討伐軍によって、散り散りになり明智軍は総崩れとなった
「殿、敵の数が多く、四方を囲まれております!」
「うむ、やむを得ん。都に火をかけよ。ワシも都と共に自害する!」
「殿・・・・・ははっ!」
明智軍は都に火をかけようとしたが、ある集団によって阻まれた
「くっ!何者だ。」
「甲賀。」
現れたのは飛び丸率いる甲賀者たちである。彼等は都に入り、明智の動向を探っていた。そこへ都を焼き討ちしようとした一団を見つけたのである
「こやつらを殺せ!」
明智の兵らが斬りこもうとしたが、飛び丸たちは煙玉と飛び道具を使い、反撃した。不意を突かれた明智の兵らは混乱し、次々と討ち取られていくのであった。そのころ光秀は、とある公家屋敷に入り、自害の準備をしていた
「我が人生、悔いなし。」
そう言い終わった後、介錯をする武士に告げると自害しようとしたが、そこへ邪魔が入った。介錯をする明智の武士の首に手裏剣が刺さり、息絶えた
「・・・・何者だ。」
「伊賀の者だ。」
そこに現れたのは伊賀者だった。明智光秀はなぜ自分の前に伊賀者が現れたのかわけが分からなかった
「明智日向守、貴様の御首をいただく。」
「何だと!」
「我等に信長の仇を討つ機会を与えてくれた。その恩返しのために貴様を討つ!」
「お、おのれえええええ!」
光秀は刀を抜き、反撃しようとしたが、多勢に無勢、飛び道具を投げ、全て急所に刺さった
「ぐふっ!」
光秀は急所を突かれた事で、その場で息絶えた。伊賀者たちは明智光秀の御首を討ち取り、甲賀者たちの前に現れた
「ご苦労だったな。」
「これで借りを返したぞ。」
そう言った後、伊賀者たちは消え去った。私は明智の御首を信忠の下へ届けた
「・・・・ご苦労。」
「ははっ!」
信忠は明智の御首を本能寺跡に首塚を作り、晒し首にした。信長を慕う僧侶たちによってお経を唱えられた。信忠は父の仇を討てたこと、そして都の修繕に追われたのである。信忠から褒美をいただいた後、甲賀へ帰った。まさか私たちが信長殺害の真の下手人であることも知らずに・・・・
「信長も自業自得な最期を迎えたな・・・・」
そのころ中国では秀吉は毛利と和睦し、姫路に向かっていたが、途中で織田信忠が生存した事や明智光秀が討たれた情報が入ってきた。2つの報を聞いた秀吉は弟の羽柴秀長と参謀の黒田官兵衛と会談を行った
「小一郎、官兵衛、どうする?」
「こうなれば祝賀を述べましょう。我等も細川殿を通じて、城介様に弁明しましょう。」
「うむ。」
「それで殿、いかがなされるのですか?」
「天下の事か?」
「ええ、信忠様が御存命の場合、このまま織田家の家臣として働くか、天下を狙うか、2つの1つです。」
「決まってるだろ、信忠様がおわす限り、ワシは織田の家臣として働くわ。」
「左様にございますか。」
「光秀の二の舞は御免じゃて。」
「・・・御意。」
秀吉は天下を夢見たが、信忠は生きていることで天下取りの野心を引っ込めた。そして伊賀越えをしている徳川家康一行にも知らせが届いた
「何!光秀が討たれたと!」
「はい!信忠様率いる明智討伐軍によって、明智光秀は討たれましてございます!」
「うむ、我らはこれからどうするか。」
「殿、信長公は本能寺にて亡くなりましたが、信忠様が御存命である以上、我等は同盟を続けるか、織田と手を切り独立するか、2つに1つにございます。」
「たわけ者、織田家とはこれからも同盟を続ける。信忠殿が存命であれば、織田家は信忠殿の下で一つになる。」
「御意。」
「まずは三河に帰るのが先決じゃ。」
「「「「「ははっ!」」」」」
家康は三河に到着した後に、祝賀の使者を出し、これからも織田・徳川の同盟は続ける事を誓った。信忠も徒に敵を増やしたくない想いか、同盟の継続を続けるのであった
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